食堂での発見
―ガラガラッ―
木製の引き戸を開き、店内に入った。
「いらっしゃ~い」
そう言って店主らしき男性はけだるそうに迎え入れてくれたが、その言葉とは裏腹にカウンターで新聞を読みながら煙草をふかしているというスタイルだ。聰は少しためらったが、もう入ってしまったからには仕方ないと覚悟を決め、窓際の座敷へと座った。
店主は何も言わず、水とおしぼりを持ってきて「これ、メニューね」と指し示してから再びカウンターで新聞を読み始めた。
店内は昔ながらの食堂といった雰囲気でメニューのお札がところ狭しと、いたるところに貼られている。店主が示したメニューを見ると、基本的には和食をメインとしたお店の様だった。
(どうかと思ったけど、案外こういうところのご飯が美味かったりするんだよな…)
聰はメニューに目を落とした。お腹が空いているからか、どれも魅力的な物に見えて悩ましい。こうなってしまうとメニューという大海原に漂流する船のようなもので、取っ掛かりがなければドツボのようにそこから抜け出せなくなってしまうものだ。同行者がいればまた別の話だが、今は聰一人。自分で決めねばならない。それがまた聰を漂流させる要因になっている。
「お客さん悩んでんの?」
意外にも店主が話し掛けてきた。聰は思わぬところから声が掛かったものだから多少面食らいながらも
「あ、はい、そうなんですよ。どれも美味しそうで…」
と、答えた。
「そうだろそうだろ!うちのはどれも美味いって評判なんだよ」
聰の答えに店主は気を良くしたようで、さっきまでの態度とは打って変わり人懐っこい笑みを浮かべている。これは大海原を抜け出すチャンスかもしれないと見て聰は質問をしてみた。
「あの、ここで一番人気のメニューってありますか?」
人気のメニューと聞いたのにはわけがある。おすすめのメニューは?なんて聞いたら、うちはどれもオススメだよ!とヘソを曲げられかねない。
店主が言うようにどれも美味しいメニューだったとしても、気まずさでメシが不味くなる。初めてきた店でそれは避けたかった。
「人気?そうだねぇ…」
聰は店主が考え込むのを見て期待を膨らませる。なにせ腹が減っているのだからフラフラと漂ってばかりではいられない。答えが何であれ取り付く島は欲しかった。
「どれも人気だね!」
「そ、そうですか」
聰はリアクションこそしなかったが、心の中では思いっきりズッコケていた。陸地が見えたと喜んでいたら、それはただの岩だったというような思いだ。
「あ、でも、一番出るのは唐揚げ定食かな?」
「それください!」
聰は店主が言い終えるかどうかというところですかさず答えた。大海原に浮き輪を投げ込んで貰った気分だ。あるんじゃないか!と、聰は思った。
「はいよ、唐揚げ定食ね」
そう言うと、店主は調理場に引っ込んでいった。
「ふぅ、やれやれ…。でもまぁ、唐揚げは好きだし、ちょうど良かったかな」
ひと仕事終えた気分になりスマホをいじろうとしたのだが、ポケットの違和感に気付いた。
「あれ…?無い」
どうやら家に忘れてきてしまったようだ。ここまでの道中は周りの景色を見るのに夢中だったため、今まで気づかなかったらしい。
「参ったなぁ」
聰は仕方なく店内の観察を始めた。相変わらず目に入ってくるのはメニューの札が主だが、本棚があることに気付いた。週刊誌や漫画雑誌が読みっぱなしといった状態で雑然と置いてある。
何気なく手に取った雑誌の表紙には旬のグラビアアイドルだろうか、眩しいほど笑顔をこちらに向けてポーズを決めている。聰は仕事の忙しさのせいでそういうことにはトンと疎く、誰が写っているのかもわからない。
サッと表紙をめくり、パラパラと読み進めていく。内容は電車内の中吊り広告で目をするような最近の政治、経済、芸能、スポーツ、社会事件などだ。
しかし、とくに目を引くようなモノはない。パラレルワールドについての記事なんてのがあれば、すぐにでも読みたいところだが、都合よくそんなものは載っていなかった。
「残念」
興味を無くしたので本を戻そうとすると、視線の先に漫画のコミック本が転がっていることに気付いた。なんだろうと手に取ってみると、驚いた。あのスポーツの漫画である。
「おぉ、マジかよ。集めてる人いたんだ…」
世間的にヒットしたものではないので、他人が持っているものを見ることは初めてだった。しかもそれが、たまたま入った食堂にあったことにも驚きだった。さっき実家で見つけた時は読まなかったが、せっかくなので食事が来る間に読んでみようと1巻だけ持って席に戻った。
(おぉ、そうそう。こんな感じだったな)
話の筋は何となく覚えているものの、ところどころで記憶とは違っていた。その違いを見つけるのも久しぶりに読む漫画の楽しみの一つでもあるかもしれない。そう言えば、今自分が体験している異世界の違いを見つけるツアーにも通じるものがあるな、と聰は思った。
「お待ち遠様!唐揚げ定食ね!」
取り留めもなくそんなことを考えている内に食事が運ばれてきた。
「おぉ、美味そう〜」
それを見て聰の腹はクライマックスを迎えるかのように音をグゥグゥと鳴らす。わかったわかったと、聰が腹ごしらえをしようとしていたら、また店主が話し掛けてきた。
「お客さん、その漫画読んでたのかい?良い話だよねぇ」
「あ、はい、そう思います。俺も好きで持ってるんですよ」
「そうなの?そりゃ奇遇だね!」
店主は少し嬉しそうだ。同じ漫画が好きな仲間を見つけたという感覚なのかもしれない。
「ホントですね。友達にも好きな奴いなかったですから」
「そうかそうか。まぁゆっくりして行ってよ」
店主は再びカウンターで新聞を読み始めた。誰にもお決まりの席と言うものがある。店主の場合、カウンターが定位置なのだろう。聰は気を取り直して食事を始めた。
「あ…美味い!」
お腹が空いているからということもあるが、絶妙な味加減にサクサクの触感、これぞ唐揚げというような納得感がある。唐揚げ好きの聰も大満足の出来栄えだ。
店主はゆっくりしていってと言ってくれたが、ドンドンと箸が進んでしまい、その言葉は聞けそうにもなかった。あっという間に平らげてしまったからだ。
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