もう一人の自分


「なんでだ…。もしかして、これも違う世界だからってことなのか…?」


 落胆にも似た気持ちで、そのままポートレートを眺めていると、宇津保 聰の名前を見つけた。そこには自分の顔があるのだが、


「ん?あれ…?俺、こんな顔だっけ…?」


 自分が自分じゃないような妙な違和感を感じた。過去の自分の顔を見て出る感想と言えば若い、くらいなものだが、それだけでは無い何かがある気がした。


「まず、髪型が違うよな…?後は…目の上にホクロがある…。後はなんていうか…」


 アルバムの聰にはホクロがあるのだが、実際の聰にはホクロは無い。手術でもすれば消せるだろうが、聰には元から無い。それと、僅かな違いかもしれないが、アルバムの顔の方が柔らかい表情をしている気がした。

 単に若いからというわけではなく、生きてきた人生の差というか、年輪みたいなものが表情の違いとなって表れているのかもしれない。そしてこれが、肉親を失った者とそうでない者の違いなのかもしれないと聰は思った。


(同じ俺だけど、同じじゃないかもしれない…。だとすると、もう一人の俺は今どこに…?)


 当たり前のようにこの世界に収まっている自分がいるということは、そこからはじき出された自分がいるかもしれない。

 もしそうだとしたら気の毒な思いをさせることになる。命あるものはいつか消えゆく、なんていうのは当たり前の話だが、自分が関知しない間に肉親が亡くなってしまっている世界なんて考えたくもない。

 このまま行けば自分と同じ悲しみをもう一度自分に味合わせることになってしまうのではないだろうか。いや、実はもう既に味わっているかもしれない。元の世界に戻れるのならさっさと変わってやりたいと思った。


「綿谷に会わなくちゃ…」


 理由はわからないが、自分とあか里と未歩との記憶のすれ違いが元の世界へのカギになるように感じられた。明日は同級生の家を回る。その時は綿谷のことも確認してみようと思った。


―グゥゥウウゥゥ―


 難しいことを考えていたら腹が減ってきた。冷蔵庫でも探ってみようと1階に降りることにする。1階に降りて、ふと玄関に目をやると置きっぱなしにしていた書置きの下に何かがあることに気付いた。書置きを取ってみると、そこに5000円札が置いてある。

 これで好きなものを食べろということだろうか。しかし、その前に聰には気になることがあった。


「…これ、新渡戸稲造…だったっけ?」


 恐らく祖父が置いてくれたであろうお札は、旧札の5000円札だった。今から15年ほど前、聰が子供のころに変わったため、現物は余り見かけたことが無い。


「まさか、お札変わってないのか…?!」


 未歩の喫茶店では5000円札の持ち合わせがなく1000円札数枚で支払ったが、会計の時にそのことについて何か言われることはなかった。つまり、1000円札はこの世界でも同じものなのであろう。

 もし、新渡戸稲造以降のお札が無い世界だった場合、なかなかにややこしい状況になっていたかもしれない。


「あっぶねぇ…。大きい札持ってなくて良かった…。

とりあえず、有難く使わせて貰う…か?」


 聰は一応冷蔵庫を探ってみたが、目ぼしいものは見つからなかった。外に出てみると空はまだ明るく、日没までには時間がありそうだ。せっかくなので、周囲を改めてぶらつきながら食事が出来るところを探してみることにした。

 自宅から少し歩いてみた。昨日何も知らずに見た景色と、今見る景色とでは何かが違っている気がする。本当は何も変わらないはずなのに、自分がいた世界ではないとわかってしまってからは同じモノに見えても全てが違って見えた。


「なんか知らない場所を旅行してるみたいな気分になってきたな」


 前向きに考えれば観光地を自由に旅して回っているような気分だ。そもそも、聰はここに休養に帰ってきたのだから今の状況もそれほど悪くないように思えてきた。無事に元の世界へ帰ることが出来ればの話だが…。


「今は考えても仕方ないか…。とりあえず飯だ飯」


 とは言うものの、しばらく歩いているが、食堂らしきものは一向に見当たらない。元の世界でも周りにはローカルなスーパーが一店舗あるくらいで、コンビニ一つない。

 食事が出来るところとなるとトンネルを越えた先にしかなかったのだ。田舎暮らしの辛いところである。


「参ったなー。車の運転も出来ないし、どうしたもんか…」


 最悪、そのスーパーで適当なものを買うしかないかと考え始めていたところに、目に入る建物があった。掲げてある看板には《えそらめし》と書いてある。


「…えそらめし?…なんだ?こんなところあったっけ?」


 昨日周囲を歩いた時には気付かなかったが、どうやら食堂のようだ。周囲には他に食事が出来そうな場所は見当たらなかったので、ここに入ることにした。

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