過去と自分と
聰はあか里が乗った車が見えなくなってから、家の玄関へと向かった。誰もいないようなので、鍵が開いているかどうかを確認する。
―――ガチャガチャ―――
「…開いてないな。さて、どうするか…」
帰ってくるまで周辺を散策でもするかと考え始めた聰だったが、はたと思い出した。
「確か、こういう時は植木鉢を探せって言ってたような…?」
聰が以前、家の鍵が開かない時はと教えられたのが、植木鉢を探せということだった。見ると、玄関の横に植木鉢が飾ってあったので、持ち上げてみた。
「…無いのかよ。まぁこんなわかりやすいとこにあっても困るか…」
余りにもベタな考えだったかもしれない。こんな定番過ぎて泥棒も避けて通りそうな場所に隠すなんて、余りにも警戒心が薄いと言わざるを得ない。ならば、他を探そうと思い植木鉢を戻そうとした。
「ん?あれ?」
何かが見えた気がして戻そうとした植木鉢の底を下から覗いてみると、テープで貼り付けられた鍵があった。
「え、マジか」
まさかと思いつつ、鍵を取り玄関に差し込んで回してみる。すると、ガチャリと音が鳴り、ドアが開いた。
「あらー、良かったけど、これは…」
聰の家族はベタベタのベタだったようだ。これは防犯意識の改革が必要かもしれないなと、ヒヤリとした。しかし、同時に収穫もあったと言える。
元の家とは違うにも関わらず、隠し場所は記憶で言われた場所だった。虚ろな共通点というロープを綱渡りして渡っているような気分だった聰は鍵の場所一つだけのことだが、少しだけ不安な気持ちが薄れた気がした。どこの世界にいても家族は家族なのだ。そんなことを考えながら聰は家へと入って行った。
玄関に入ると、下駄箱の上に書置きがあった。達筆な文字が整然と紙の上に並んでいる。この字には覚えがあった。祖父の字だ。朝は家にいなかったので、聰が出掛けた後に一度帰って来ていたらしい。
昔、祖父から習字を習いなさいとよく言われていたことを思い出した。とうとう習うことは無かったが、今思えば祖父の言う通りにしておけば、とても喜んでくれたに違いない。
「…じいちゃんの文字懐かしいな…。っと、内容内容…」
懐かしい文字に思わず物思いにふけそうになる。書置きには両親と祖父母は今夜は遅くなると書いてあった。
「マジか。ゆっくりアルバム見れるのは良いけど、ご飯どうするかな…。
この辺にご飯食べられるところあったか…?」
食事の心配はあるものの、せっかく家に一人なのだ。まだちゃんと家の中を見て回っていないし、アルバムを探しつつ探検でもしてみようと思った。なんだか童心に帰ったような気分になってワクワクし始める。
「まずは、自分の部屋を探してみるか」
―――ガラッ―――
聰は部屋の押し入れを探ってみることにする。この世界の自分がどういう整理の仕方をしているのかはわからないが、過去の思い出はだいたい押し入れに仕舞ってあるものだ。
その時、聰はハッと気付いた。
「この世界の俺、どこにいるんだ…?」
ここに帰ってきてからというもの元の世界との違いに混乱するばかりで、根本的なことに考えが至らなかった。今のところ遭遇してはいないが、この瞬間同じ世界のどこかで存在をしているのだろうか。
もし、ここで自分に会うことがあったならどんな顔をして会えば良いのだろう。元々の居場所を奪うように収まっている自分に対して敵意をぶつけてくるだろうか、それとも奇異なモノを見る様な目を向けるだろうか。
そのどちらだったとしても、考えるだけで背筋が寒くなる思いがした。
「…やめよう」
これ以上考えても仕方がないと聰はアルバムを探すことに集中しようと頭を切り替える。
押し入れには色んな物が詰まっていた。昔集めていた漫画や、一時期ハマっていたカードゲームのデッキに、好きなアーティストのCDなど思い出に耽るには十分といった材料たちだ。
「うわぁ、懐かしいな…。実家にあるやつと同じだ」
どれもこれも元の世界で聰が集めていた物と同じだ。世界は違っても創作物は変わらないらしい。
「不思議なもんだなぁ…。あれ?この漫画…」
ふと、聰が目を止める。それは10巻程度で完結しているスポーツ系の漫画だ。世間的にヒットしたものでは無いが、何となく好きで集めたものだった。
「…これ!」
聰は思い出した。クラスの友人たちと好きな漫画の話をしていた時に聰が挙げたのがこの漫画だったのだが、知名度が無い漫画だったため、友人は誰も知らず少し寂しい思いをしたものだ。
しかし、その後で珍しく綿谷が話し掛けてきた。何の話だろうと思えば、聰が挙げた漫画に興味があるという。嬉しくなった聰は綿谷に漫画を貸すことにしたのだった。後日面白かったと言って返してくれたのを覚えている。
「…綿谷は間違いなく女の子だった」
自分に言い聞かせるように呟く聰。改めて卒業アルバムを探し始めることにした。押し入れの物を次から次に引っ張り出す。その間にも思い出の品が続々と登場するが、それには目もくれずアルバムだけを目当てに探し続けた。
「あった…!」
さっき未歩の喫茶店で見たものと同じものだ。再び、開いてみることにする。今度は最初のページを飛ばし、一気にクラスのポートレートを読み始めた。そして、綿谷を確認するが、やはり見たこともない男性だ。
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