超えない五線譜(score)五
たった一週間だった。
それだけで、私は彼にもう恋していた。
元夫と離れて数十年。
彼が亡くなったと聞いて、今ようやく気付いたのよ。
あなたが私のピアノ教室に来てくれた時には驚いた。
そして、彼があなたの発表会には必ず来てくれていたのがすごく嬉しかった。
そして悲しくもあったわ。
変わってなかったから。
そして本当に血が繋がってないのがわかっているのに大事にしている、それがわかったから。
お互いに身軽となった今に話しかけても、きっと彼はあの時と同じ態度。
私と彼は、そういう縁だったのね。
見える範囲に、届く範囲にいるけれど決して音が混ざってはいけない五線譜(score)なの。
一線だったら私が飛び越えたかもしれない。
でもどんどん線が増えていって私は飛び越え方がわからなかった。
彼も、こちらに来てはいけないよ、と発表会で目が合った時に微笑んで逸らしてたわ。
お互いに結婚で失敗してるんだもの。
あまりにも色々あったから、その辛かった頃を思い出す相手なんてわざわざ選ばない方が良い。
それが彼のさりげない優しさで、私が無意識に好きだったところなのね。
…あなたの両親は不器用で遠回りだけど、愛し合ってる。それは本当よ。
喧嘩をしても結局離れられない二人だから大丈夫よ。
なんたって振り回された私が言うんですからね。
…私と彼が意地にならなければ。
あなたのご両親へも、自分達にも。
自分の本音を言えて完璧に方向転換出来るくらいに器用だったら、
もっと何か違ったかもしれないわ。
だけど、きっとそうだったらあなたは生まれてないでしょうね。
私と元夫が上手くいかなかったからこそ、元夫は触れたい女性へ歩いていったんだもの。
あなたのお兄さんがどうしてあのおじさんを自分の父親より信頼してたのか、私がどうしてあなたにだけこの曲を教えたのか。
ここにいるのか。
それは、そういうわけなの。
だからあなたにとっての
「よくわからないけど優しかった、変なおじさん」
のお別れに行ってあげてね。
先生からのお願い。
私は、今日は行けないから。
…
それが、彼との約束だから。
次のレッスンで、あの曲を弾きましょう。
私のピアノ教室を選んでくれてありがとう。
いってらっしゃい。
END.
【短編完結】超えない五線譜(score) るぅるぅです。 @luuluu
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