超えない五線譜(score)四


婚約者や家族は私がピアノを弾き始めた事をとても喜んでくれた。

演奏練習をしても婚約者のバイオリンはもう私を攻撃してこなかったわ。


むしろ、いなくなった彼の代わりのバイオリンが早く聴きたいくらいだった。



しっかり練習し私も自信が出てきて円満な状態で無事に式当日が来た。



結婚式に彼は来なかった。

もちろん奥様も。



私は夫となる人と歩き、誓い、皆に「ありがとう」と笑顔を向けた。

不思議と苦しくはなかったわ。


だって、私は間違いを犯してない。

だから堂々と胸を張れる。

そういう自信があったから。


そうして、あの曲の演奏をする時間がやって来た。


司会者には私が一人で作曲したのだと発表をしてもらい、私は演奏した。


ーここで少し遊ぶ。


ー肩の力を抜いて。


ーここはバイオリンの脇役。


ーここは君が主役。


彼のアドバイスがすうっと浮かんできては溶け、とても落ち着いて演奏できた。


とても好評だったわ。

私の、秘密のたくさんたくさん詰まった一曲。



ハネムーンで海外にいる演奏仲間のコンサートを見て回り、私は「そうだわ」とようやく気付いた。


もう結婚したんだから私が優位。

夫が結婚前に別の女性と関係を持って他所に子供がいると発覚したら、私は問答無用で世間的にも被害者。


結婚した事を最大限に活かしていこう。


私は前に進む気持ちを固めたわ。


小さなコンサートから徐々に活動を復帰させていき、私はピアニストに戻っていった。


子供は作らない。

夫とは身体の関係を持たない。

いつか私があなたをもう一度信頼できるまで。



結婚後にそう伝えたら夫はとても何か言いたそうだったわ。

だけど、待ってくれると言った。

私が嫌なら子供がいなくても良いと。



それから数年は以前のように仕事が忙しく、私と夫はすれ違う距離感のまま。

ある時夫が日本のプロオーケストラと音楽大学の講師へとなった時に、初めて長く一緒にいる事となった。


それが、良かったのか悪かったのか。


長く一緒にいると、全然だめだったわ。


そしてほとほと限界だったのでしょう、あの人にはやはり子供がいるのだと打ち明けてきたわ。


曲を作ってくれた彼がいて、自分はその子を愛しているのにほとんど会えないのだと悲しそうに言っていた。


私への愛とは違うとも。


私は手が出せないくらいの愛。

あの女性と子供は触れたい愛。

そう言っていた。



…そうだったの。


それだけだったわ。

それからは早かった。


別居して、離婚をするのが自然なくらいにどんどん楽になっていったわ。


私は子供を作らなかったから、元夫とは以後関わっていない。


新聞であなたと写真に写ってるのを見て

「そっくりね」

と思ったのは確かだけどね。

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