第2話回復に向けて
11月に入り、ようやく布団から出ることが出来るようになり、家の中なら休み休み、動けるようになりました。
この時点で主人の母は、自分の家に帰りました。
この時の私は、外では主人の肩を借り、2才児よりもゆっくりゆっくり歩く、老人のような状態でした。
でも体力を回復させるため、週末の度に主人の肩を借り、必死に外を歩くようにしていました。
家の中では、掃除をしては1時間横になり、洗濯をしては30分横になり、少しずつ活動時間を長くしながらリハビリだと思って最低限の家事をすることに専念していました。
子供達は、突然寝たきりになった母親の姿に最初は戸惑っていました。
「何でお母さん寝てるの?」
「起きられないのよ」
「何で?」
「ちょっと、疲れがたまったみたいで。ごめんね。」
「一緒にあそぼー」
「ごめん。起き上がれないのよ。」
「じゃあ、一緒に寝ていい?」
「いいよー。お話は出来るからね。」
そんなやり取りが続きました。
精神状態は不思議と安定していたので、会話は負担にはなりませんでした。
ただ、子供の事を何もしてあげられない。
これは、結構辛かったです。
でも、子供は有り難い事に直ぐにこの状況に慣れてくれて、お世話はお婆ちゃん、お話はお母さん、と使い分けをしてくれました。
少しずつ歩けるようになり、年末には肩を借りずにゆっくりですが歩けるまでに回復しました。
そして、2022年1月には、会社と連絡をとり復職に向けたトレーニングに入ろうか、と話が出来るところまできました。
ようやく復職出来る。
そのことに、とても安堵しました。
この時点で、休職して4ヶ月。
心療内科の先生は、会社を首になるかもしれないからと、早く復職するようとても強く勧められました。
一般的に、求職期間が3ヶ月を超えると復職が難しくなる会社がとても多いそうです。
幸いなことに、私の勤める会社はサポートが充実しており休職期間については問題なかったのですが、通院の度に一日も早く復職しなきゃ、と先生に言われるのが、かなり辛かったです。
先生は、この状況で退職に追い込まれた患者さんを数多く診てきたようです。
会社の制度を主治医に正しく認識してもらうことの重要性を、考えさせられました。
そして、復職トレーニングを始めようとしていた2月、一家全員コロナに感染してしまいました。
子供の通う小学校で感染者が続出していたので、恐らく子供からの感染だったと思います。
幸い、全員症状は軽症で、自宅療養で乗り切りました。
ところが、発症して10日後、微熱も引いて一安心と思っていた所に、これまで経験したことのない酷い倦怠感に襲われ、またまた寝たきりになってしまいました。
原因は不明。
恐らく、コロナ後遺症でしょう、と言われましたが確定診断は出来ません。治療方法もありません。
強い倦怠感と37.4度くらいの微熱が、4月中旬まで続きました。
これは、精神的にかなり堪えました。
せっかく回復してきたのに。
しかも、治療法もなく、ただ漢方薬と解熱剤を飲んで休むことしか出来ないなんて……。
幸い、会社は理解を示してくれて、休職延長に応じてくれました。本当にこんなに迷惑を掛けまくりで、首になっても文句は言えないと覚悟してましたが、これはとても有り難かったです。
上司も嘱託医も、コロナ後遺症が落ち着くまでしっかり休むようにと言ってくれました。
そして、またまた落ちた体力回復に努め、ようやく4月下旬に会社を訪問し、ではトレーニングを始めよう!としたその時…。
5月のGW明けに子供の風邪をもらってしまい、またしても逆戻り。微熱が引かず、今度は酷い頭痛にも悩まされるようになりました。
一体、いつになったらこの倦怠感の連鎖から抜け出せるのか。微熱はいつになったら引いてくれるのか……。
不安と、焦燥感と、罪悪感とで、押し潰されそうになり、この時が一番精神的に追い込まれました。
とにかく、自分のせいではない、と自分に言い聞かせ、できる限りリハビリに努め、仕事に復帰した時を想定してPCのタイピングをするなどして、気持ちを切り替えようと頑張りましたが、思うように身体は回復してくれず。
結局、6月初旬まで微熱が続いてしまいました。
休職期間中、散歩をし、読書をし、家事をして、ストレッチなどをする。
それ以外に私が始めた事が一つ、有りました。
とあるサイトで、二次創作の小説を投稿するようになりました。
最初は、只の読者の一人でした。
でも、暫く家に籠もり誰とも交流しておらず、ラインの返信も出来なくなってしまった時期がありました。
文章が、全く思い浮かばないのです。
対面では、話は出来る。
なのに、ラインという短い文章すら打てなくなった。
このことに、物凄い焦燥感に襲われました。
復帰したとき、メールが打てなかったらどうしよう…。
でも、元々交友関係が広い方でもないのでお試しラインに付き合わせる相手も思い浮かばない。
その時、二次創作なら自分にも書けるかも?と何の根拠もなくふと思い付き、書いてみました。
最初は、書くだけで非公開としており、公開するつもりもありませんでした。
私なんかの書いた文章を、読んでくれる人なんていないだろう。そう思っていました。
でも、シリーズを書き終えた時、やっぱり誰かに読んでほしい。
そんな気持ちに後押しされて、思い切って公開してみました。
すると、多くは無いですが、なんと読者がつきました。こんなつたない文章を、読んでくれる人がいる。しかも、とても良かったと、優しくコメントを寄せてくれる人までいる。
これは、この時の私にとって物凄い励みになり、それ以来毎週のように投稿するようになり、それは今でも続いています。
これまで、趣味らしい趣味を持っていなかった私の、初めての趣味でした。
閲覧数は3,000程なので大した事はないのですが、それでもそれだけの人の目にとまる。そして、毎回のようにコメントしてくれる人がいる。
世界が、広がったような気持ちになりました。
やはり、趣味がある、というのは生活の質を良くするのにとても大切なのだと、この年にしてようやく知りました。
ここまで、長々と書いておりますが、読んで頂き有難うございました。
小さい子供がいて働くお母さんは、今の時代本当に多くて、そしてその多くの人が、私が経験したような辛い思いや症状に悩まされていると思います。
そんな方々にどうしても伝えたいこと。
それは、出来るだけ早く専門医にかかることの重要性です。
何だかしんどいな。でも、仕方ないから我慢しよう。ではなく、専門医にかかって適切な対処法を教えてもらう。
中には、精神安定剤に抵抗感のある方もいらっしゃるかもしれません。
でも、軽度の症状の場合、処方されるのは依存性もない、安全な薬です。
睡眠導入剤も、今は依存性のない薬が沢山ありますし、軽めの薬を上手に組み合わせて併用することで、強い薬に頼らない治療法も沢山あります。
心療内科は、精神科とは少し違います。
内科的な病気がないのに、どうにも調子が悪い。
そんな方が気軽に受診できる病院です。
大抵の先生は、薬についてこちらの希望にも耳を傾けてくれます。
例えば、最初は軽い薬から始めていきなり強い薬は使いたくない、とか、依存性のない薬にしてほしい、とか。
精神安定剤にも色々な種類があるので、どれが合うのか、最初は試し試しになるかもしれません。
でも、自分に合う薬に出会えたら、とても症状は改善されます。
劇的に、一気に回復しなくても、必ず快方に向かいます。
一人で悩まず、自分さえ我慢すればと抱え込まず、どうか、専門医を頼って下さい。
仕事を休まなくても、軽症であれば仕事を続けながら治療も受けられます。
私のように、倒れてからでは遅すぎます。
私ももっと早く心療内科にかかっていれば、こんなに長く休職せずに済んだのにと、悔やんでも悔やみきれません。
もし、縁あってこの話を目にして頂けたなら、そしてもし体調に不調を感じておられるなら、一度検討してみて下さい。
誰かの目に留まり、その方の一助となれたならとても嬉しいです。
最後まで読んで頂き、有難うございました。
40代ワーママ、適応障害になりました えみ @porry
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