第6話 ユニコーンを探して

 ギロリとワーウルフが睨みつけてくる。しかし俺如きに怒ることすら誇りが許さなかったのか、ワーウルフの男はニヤリと笑った。



「バカが。俺と争うつもりか? レムナント人の靴は舐められて、俺の靴は舐められないとでもいうのか? 俺にさえついてくれば、復讐の機会を得ることができる。その女も好きにしていい。どうせ窮屈な生き方をしているんだろう? 来い。俺と。最高に楽しい、男の生き方というものを教えてやろう」


「アシュレイ。目を閉じていろ」



 一歩足を前に出しながら、俺は言った。



 これは殺すなと、心の中で思ったからだ。



 手加減をする気が、欠片も起きない。負ける気も、欠片も起きなかった。相手の実力は、パッと立ち姿を見れば大体わかる。

 外したことは一度もない。



「ううん。見てる」



 後ろでアシュレイが言った。目は向けなかった。肩上に剣を置きながら、俺は聞いていた。



「それが、助けてもらう人間の、覚悟だと思うから」



 口元だけで、笑った。



「くっくっく。はあああああああああああ!!」



 ワーウルフの男が、自分の身体を抱くようにして手を回す。すると、服がビリビリと破け、顔の形が変わっていく。



 ワーウルフの最終手段。獣化ビーストモードか。



「刀を捨て、証である髪の色も捨て、国さえも捨てた。そんなお前が、何を支えにこの俺の前に立つというのか!!」


「支えはあるさ」


「あ?」


 

 俺は肩に置いていた剣を、足元まで下げた。



「女が見てる前じゃ、負けられないだろ?」


「ほざけ――!!」



 男が目を見開く。俺が持っていた剣を、満月に向けて放ったからだ。



 旋回する剣を、男が見上げる。視線を下ろした時、俺はその場にはいなかった。



 背後。男が手を振るう。振り切った時、男が飛んでいく。



 壮烈な音とともに、木の葉が舞った。俺の手には、曲がってはいけない方向に曲がった、ワーウルフの小指が握られていた。根元からは血が零れている。ワーウルフの男の顔面は、大木にぶち当たっていた。



 指取りを堪えられる人間はそういない。仮に堪えられても、反射的に身体は引かれた方向に回ってしまう。その力を利用して投げに転じる。



 神との契約を禁じ手としているが故に、力がない。力がないから相手の力を逆用する。これが、八津刃やつはの、戦い方だ。



「よかったな、お前」



 ずるずると崩れ落ちていくワーウルフに向けて、俺は言った。


 旋回する刀剣の音が、夜の下、響いていた。



「仮に今、この子が目を閉じていたならば、お前は今頃死んでいた」



 落ちてきた剣をつかんで振るう。そしてそれを、鞘へとしまった。



 アシュレイを見た。心なしか、顔が赤い気がする。何事か、声をかけようとして、やめた。



 アシュレイの後ろから、護衛の連中が駆けてくるのが見えたからだ。ラグレイは途中でこっちへと呼び戻したはずだが、まあこの騒ぎで、気が付いたのかもしれない。少なからず、聴力や嗅覚が上昇する神と契約している人間がいても、おかしくはない。


 

 俺はアシュレイに何も言わず、ただ背を向け、指を二本立てた。そしてそのまま、夜の闇へと、姿を消した。



 ◇◇◇◇



「くあ……っ」



 自身が経営する冒険者ギルドの椅子に腰かけながら、俺は欠伸を零した。



 あれから一週間。


 

 アシュレイを襲おうとしていた野盗の連中は、衛兵の手によって全員御用になったらしい。



 あれ以降アシュレイはここには来ていない。俺が知らないどこぞの相手と、結婚したのか、いい関係になって、ここには来るなと釘を刺されたのか。



 まあ俺には関係のないことだ。俺にはもう、そういう感情は、枯れ果ててしまって消え失せている。どこを探しても、見当たらないのだ。



 コンコン。



 扉が叩かれる。



「開いてるよ」



 言うと、扉が開かれる。明るい日差しを押しのけて、現れたのは――


 

 背中に風呂敷で包んだ大荷物を背負った、アシュレイ=ソーンだった。



「どうも、ルーさん」



 言って、扉が閉じられる。俺は何と言っていいものかわからず、しばし迷ってから、口を開いた。



「何だよ。その大荷物は」


「え? 逃げてきちゃった」


「あのなぁ」


「あー嘘嘘。ちゃんと言ってから、逃げてきたから」


「どう言って、逃げ来てたんだよ」


「ルーさんに弟子入りしますって」



 頭を掻いた。

 見りゃわかると思うが、ここは、採算度外視の辺鄙な店だ。

 人を養えるような力はない。度量もない。



「大丈夫大丈夫。ボク絶対才能あるから。自信あるんだー」


「何をもってそう断言できるんだよ」


「だってボク、見つけたよ? ルーさんがいないって言ってたもの」


「何だよそれは」


「ユニコーン」


「……」


「ルーさんが見つけられなかった神獣を見つけられたってことは、すっごい才能があるってことじゃない?」



 茶化して言っているが、その顔は赤かった。


 目を上向ける。


 ダメだ、とは言い難かった。

 その言葉は、この笑顔を黒に染める、ということなのだろう。



 しかし、それでもピシャリと言ってのけるのが、大人というものであるのは間違いない。



 ……。



「ユニコーンってのは、どんな形してた?」



 アゴ肘ついた手で口元を隠しながら、目を背ける。


  

 断るその前に、聞いておきたかった。愛を司る神獣は、どんな姿をしているのか。

 

 俺が冥途に落ちた時の、土産話ぐらいにはなるだろう。



「え? それはね――」


「それは?」



 言うや、アシュレイが手をパタパタと振ってくる。両手で口元に囲いを作り、口だけをゴニョゴニョと動かした。


 密やかに、誰にも聞かれぬように、俺にだけ答えを教えようと、言うのだろうか?



 俺は半ば白けながらも、椅子を横に向け、耳を傾けた。



 ゆっくりと、アシュレイが近づいてくるのを感じる。



 そして――



 頬にコツンと、唇が当たる。



 振り返る。いや、振り返ろうとしたその前に、バタンと扉が開かれた。



「やはりここにいましたか、アシュレイ様!! 何ですかこの紙は!! こんなこと、許されるはずがないでしょう!?」



 扉を開けたのは、アシュレイの従者である、黒衣の女。見せつけるように紙の切れ端を持っていて、そこには『ルーさんに弟子入りしてきます』と、俺に告げた内容のままのことが、書かれていた。


 今一度見たアシュレイの顔には、『ヤバ』とト書きされている。


 色気もへったくれもないなと思う。



 ふと、俺の膝の上に、炎獣ポルポタが乗ってくる。俺はその頭を、軽く撫でた。撫でながら、天井を見上げる。



 ユニコーンのことを、考えていたのだ。

 形を尋ねて、キスが返ってくる。それはつまり、どういうことなのかと。



 あるいはそれが、ユニコーンを呼び出す儀式なのかもしれない。あるいはそれによって、ユニコーンが現れたのかもしれない。とはいえ――



「何が冒険者になるですか!! あなたが婚約なされようとしている方は、貴方のお父様の盟友の娘なのですよ!? おいそれと断れるわけがないでしょう!?」


「だからー、向こうもボクみたいな人お断りだって。女の子らしくないし、自分のことをボクボク言う人と向き合わせたら、逆にお父さんの迷惑になるんじゃないかなって、ボク思うんだよね」


「そんな口調は一日で直せます」


「直せないから言ってるの!! わからないかなー」



 ――こんなギャアギャアと騒がしいところで、ユニコーンなんて神秘的なものが、見つかるはずもない。



「ルー=ラルバ!! あなたからも何か言ってください!! さすがに道理がわからぬ年ではないでしょう!?」


「ルーさんだったらわかってくれるよね? ね?」



 二人から目を向けられる。


 向けられたアシュレイの顔を見た時、少しドキリとした。乾いた心に泉が沸く。その泉につられて、何かが現れるような気がした。


 だがすぐに、そんなバカなと、思う。


 現れようとしていた存在が、ゆっくりと尾を引いて消えていく。


 その尾が、ユニコーンの尻尾なのかもしれない。

 

 今ならつかめるんじゃないのかと、そう思った。


 手を伸ばす。


 だが俺は、その手を上向け、つかむことを放棄した。

 

 肩をすくめながら、斜に構えて、首を振る。



「やれやれ」



 上向けた手はもちろんカラだ。


 しかし不思議となもんで、手には何かが残っている。

 

 そんな気がした。


 

《 ユニコーンを探して 了》

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お前は大器晩成だからと追放された俺は、他国で冒険者ギルドを営む @matuokayozora

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