海岸ランデブー
ぶんぶん
第1話
モトクロスが好きだ。
荒々しい音をかき鳴らし、丘陵のある大地を跳ねる。
重苦しい重力から解き放たれ、浮遊する爽快感。
それはきっと、わたしを自由にしてくれるはずなんだ。
けど、そんな日はわたしには訪れない。生まれつき心臓が弱い身体。激しい運動はできない。もしそうでなくても。わたしにはもう、時間はないのだ。要は、死ぬってこと。心電図の音。遠くなる。酸素マスク。吸っても苦しい。
あぁ。パパとママが泣いてる。
ごめんね。先に逝きます。
わたし。幸せだったよ。
・・・ごめん。うそ。
ほんとはモトクロスやりたかった。
デコボコした地面を、思い切り駆け巡りたかった。
自由に、なりたかった。
視界がぼやける。
意識が遠のく。
さよなら、世界――。
********************
大地を疾走するモトクロスが一台、風を切る。荒々しい音をかき立てて、丘をジャンプする。
『キモチイイ!!これが、これがモトクロス!!想像以上だ。速い!楽しい!!風圧で顔が冷たい。でもそれを上回る高揚感!ワタシは全てのしがらみから解放されてる!要は、自由ってこと!!』
ブレーキがかかり、モトクロスはゆっくりスピードを落とす。誰かがこちらに呼びかけている。70代くらいのおじいさんだ。
『・・・ごめん、うそ。ううん。モトクロスが楽しいのは本当なんだけれど・・・』
わたしは自分の容姿を見る(?)。赤いボディ。細いダイヤ。むき出しのエンジン。要は・・・。
『わたしが、モトクロスバイクになっとるんかいっ!?』
********************
わたしは確かに死んだ。
全部が真っ白になって。何もかもが輝いて。
気がついたらモトクロスバイクになっていた。
わたしに乗ってるのは、三つ編みの長い白髪をヘルメットの下にしまった、おばあさん。どうやら、若い時にモトクロスのレーサーだったらしい。わたしはYouTubeの動画でしかモトクロスを知らないけれど。たぶん上手いんだと思う。急なカーブや丘陵を、器用に乗りこなす。とは言え、問題点が一つ。
「ばあさん!ばあさん!あぶねからやめれ!!」
「・・・おめぇさん。どこぞの人だが??」
「おめの夫だ!タケシだ!」
「・・・・・」
『タメが長い!早く旦那さんに返事したげて!』
「あぁ、タケシさん!こんばんわ!」
「こんばんはじゃなくて、こんにちはだぁ。それよりも、あぶねからバイクさ乗るの止めてけれって!」
「うんにゃ、ハナコが走りたがってるから!」
『ハナコってわたしのこと?わたしヨウコだよ』
・・・わたしに乗ってるこのおばあさんは物忘れがひどい。要は、ボケてるってこと。
「もうすぐ昼飯だから。どっかケガしてからじゃ遅ぇんだぞ!」
「いんや。ハナコの気が済むまで、おら乗るんだぁ。邪魔しねぇでけろ!」
「ばあさん!」
ブンブンと音を立てて、わたしはまた茶色い大地を走る。おじいさんには悪いが、わたしももう少し楽しみたい。そうだ。叶わぬ夢だったモトクロスを、わたしはやっと楽しめているのだ。
海のすぐ見えるコースを飛んだり跳ねたりする。潮風が吹いて来る。思えば海で泳いだこともなかったな。せいぜい足をひたすくらい。寄せては返す白い波が太陽に反射して眩しい。
ひとしきり走った後、おばあさんはわたしを停車させた。
「ハナコ。昼飯食ってくっから。ちっと待ってろよ。その後また走んべ」
『待ってるよ。おばあさん』
遠くで心配そうに見守っていた、おじいさん。色々と小言を言っているようだったが、おばあさんは笑顔だった。いいなぁ。恋も、してみたかったな。
カモメが二羽飛んでいる。つがいだろうか。羽ばたかずとも風に乗り。優雅に。
「待たせたね」
『待ってた』
「暇じゃっただろ?」
『ううん、海風が気持ちよかったから、大丈夫』
「ハナコも飯にすんべ」
おばあさんはわたしの給油口に、赤いポリ缶から油を注ぐ。
『そう言えばお腹空いてたかも。ガソリン美味しいな。ゼリー飲料みたいな味がする』
「いくんべ」
『うんうん、もっとモトクロスした・・・え?』
おばあさんは走り始めたわたしを、モトクロスのコースには向かわせなかった。
『え、ちょっと待って。おばあさん、わたしの車種じゃ、普通の道路は走れないよ!ウィンカーもナンバーも付いてないじゃん!』
「でもおめぇ、海入りたがってるべさ!」
『なんで分かるの?!』
「恋もしたがってるべさ!」
『やめて!口に出して言わないで!』
「でも悪ぃけんど、じいさんはやらね!他のいいオトコ見つけに行くんべ!」
『どうしてわたしの気持ち分かるの!?』
「モトクロスさむちゅーになってるかと思いきや、海とかじいさんとか見てるんだもの。言わなくてもわがるよぉ?そら、行くんべ!」
『待って。どっちにしてもわたしで公道走っちゃだめだから!』
「ひゃっはー!」
「ばあさん!!」
「ヒェっ」
道路に出る前におじいさんが止めてくれて良かった。
長い浜辺を横目に、わたしは走る。
おじいさんの軽トラの荷台に結わえられて。
運転席と助手席の老夫婦は幸せそうだ。
わたしも念願のモトクロスができた。
要は、満足ってこと。
・・・ううん。うそ。
ほんとうはやりたいこと、もっといっぱいあるんだ。
わたしは、生きたいんだ。
海岸ランデブー ぶんぶん @Akira_Shoji
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