化け狸の現代病
冗
化け狸の現代病
昔々のその昔、まだ人々のすぐ近くに物の怪が暮らしていたころのことです。
人間そっくりに化けることはできないものの、姿かたちをごまかす程度の目くらましの術なら使えるようになった、かけだしの化け狸がおりました。
この狸、面倒くさがりの甘いもの好きで、ちょくちょく村へ下りてきては、お祭りの祝いのお菓子やら、お供え物のおまんじゅうやらをくすねていくもので、村人たちはやれ困った狸だと頭を抱えておりました。昔のことですから、甘いお菓子はぜいたく品です。それを狸にとられてはかなわないというので、村人たちはわなを仕掛けたり犬に番をさせたり、工夫をするようになりました。
ある日、狸がいつものように村へ行ってみますと、お地蔵さまのお堂においしそうなおまんじゅうが供えてあります。しめた、とばかりに近づいたところ、お堂の裏手から、わんわんわんとほえたてて犬が何匹も走り出てきました。
さあ大変だ、あわてた狸はやみくもに逃げだします。しかしなんといっても相手の数が多い。あっという間に追いつめられ、追いつかれそうになりました。山へ逃げ込むのをあきらめて向きを変え、街道へ走り出た狸は、エイッと気合を込めて変化の術を使いました。あわてたのでなんだか奇妙な形ではあるものの、道ばたで一個の石に化け、なんとかその場をやり過ごします。犬たちはしばらく周囲をうろついて狸のにおいを探っていましたが、やがてあきらめて遠ざかっていきました。
ほっとしたのもつかの間、こんどは人の気配が近づいてきます。街道沿いで化けてしまったので、旅人が通りかかったのです。
二人連れの旅人は、狸の化けた石の前まで歩いてくると、ふと足を止めました。
「ほお、立派な石だな。地蔵かと思った」
「本当だ。仏の立ち姿みたいじゃないか」
あわてていたのにくわえて、お地蔵さまを見たばかりでしたから、どことなく似てしまったようです。早く行っちまってくれと願う狸の気も知らず、旅人たちはしきりに感心して狸を眺め、ちっとも動こうとしません。ぺこぺこのお腹が鳴りそうです。冷や汗に尻尾をぬらしてどぎまぎしていたら、なんと旅人二人、手を合わせて狸を拝み、小銭を二つとお弁当のおにぎりを置いて行きました。
散々走ってくたびれていた狸は、旅人が立ち去るが早いか、術も解かずにおにぎりにかぶりつきました。
そうして、これはしめたと考えました。うまいやり方を見つけたものです。これはもしかしたら、おまんじゅうにだってありつけるかもしれないぞ。
味をしめた狸は石の姿のまま道のわきに立ちつづけました。
石の前に小銭があるのを見た人は、ははあと勝手に納得して、みんなお供えをするようになりました。お金を置く人もいれば、食べ物を置く人もいます。立っているだけでおいしい物が手に入るのですから、こんなに楽なことはありません。
続けるうちにうわさが立って、旅の人だけでなく村人たちもお供えに来るようになりました。そうすると、お供えの食べ物がどんどんなくなることに気づく人が出始めました。なにせ、さっき供えた物が、ちょっと目を離すと消えているのです。これは仏さまがお召し上がりになったか、と、こういうことになりました。さらにうわさを聞いたお坊さんが
「それは飲まず食わずで修行なさった昔のえらい僧侶の霊が宿ってうんたらかんたら」
なんてそれらしいことを言ったもので、よけいにごちそうが集まるようになりました。
もう、普通の狸に戻って危ない目にあいながらご飯を探すなんて、ばかばかしくってやっていられません。やがて狸は元の姿に戻る方法も忘れてしまいました。
近頃はお菓子の種類も増えて、おまんじゅうやお団子のほかに、金平糖だのカステラだのとめずらしい物も集まります。おにぎりのほかに魚の干物や、天ぷらにありつけることもあります。
あんまりたくさんごちそうを食べて、しかも動かずにすむものですから、だんだんお腹が出てきました。村人たちにも、あれ石地蔵さんちょっと大きくなったんじゃないか、まるで狸の太鼓腹、なんて言われてしまって、さすがのものぐさ狸もこれはまずいと真剣に悩むようになりました。すこしは運動しなくては、正体がばれてしまいます。とはいえいまさら元の姿には戻れず、さて、どうしたものだろう。
それからというもの、夜な夜な山野をジョギングする石地蔵が見られたとか見られないとか。
化け狸の現代病 冗 @hara-joe
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