もし、それが罪というなら。
雲野古葉子
云わなくてもよい。云う必要も無い。
ながく罪悪感を抱いてきた。だれに、なんの?
バレてはいけない。絶対に知られてはいけない。
秘密を抱えているのは苦しい。
半世紀生きた(生きられた、生きながらえた)記念にすべてを吐露しようかと考えた。その間際に友人が死んだ。40の若さで。
死に瀕した枕辺で彼女は云った。私の手を握って。
かつて大柄でふくよかだった彼女の身体。今はか細く儚かった。
彼女は私の手を引き(かそけき力で)じぶんの口元に私の耳を寄せた。
「秘密をみんなに話すつもりなの。話さない方がいい。話す必要も無い」
彼女が私の何を知っていると云うのだろう。むしろ親しくしていたのは彼女の姉であり、彼女自身はさほど私のことをよく知らないはずだった。
姉の方だとて、私のすべてを知っていたわけではない。
そして、半世紀生きてきた記念にすべて打ち明けようと思っていたこと。彼女に伝えた記憶は無かった。死の間際、テレパシーのような力でそれを彼女は察知したのだろうか。死に際の友人の言葉を私は本気には取らなかった。しかし、期日が迫るにつれ、それは彼女の遺言だと思うようになった。(私の誕生日の一ヶ月前に彼女は鬼籍に入った)
半世紀生きて。秘密を漏らすことはなかった。
60年、70年生きたら。
そのときはまたそこで考えればよい。
罪とはいったいなんなのだ。
私のしでかしたことは罪だったのか。
それは苦い思い出だろうか。
それ以上に、思春期の学校、子どもを生んでからのママ友付き合い、職場や趣味の人間関係。そういったものの方がはるかに苦く、重い。気分が悪い。
虚飾や嘘や誤魔化しや取るに足らない駆け引きや。
そうしたものに彩られたあの日々は、よほど甘美でいまも胸を締め付ける。
青春だった。
生きていることが役に立つと感じた瞬間だった。
生きてる呼吸しているだけで自分はいいのだと信じ切れる日々だった。
生きてきたうちでいちばん死から遠い日々だった。
その日々を超えた。そう感じられる50の初夏である。
もし、それが罪というなら。 雲野古葉子 @applestripe113
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