禁軍へ(其の六)

 岳賦がくふ孟雋もうしゅんを振り返り、


孟雋もうしゅん殿には申し訳ないが此度の仕合はいったんなかったこととし、俺自身が改めて孟焔もうえん殿に腕試しを挑みたい。耀輝ようきの力量を熟知する俺が納得すれば、国師殿にも孟焔もうえん殿の辞退を受け容れられよう。そのため、改めて御貴殿の闘技場を借り受けたいのだが、よろしいか?」


 孟雋もうしゅんは我が子を咎めるように一瞥し、渋々肯いた。


「やむを得ぬでござろうな」


孟焔もうえん殿に否はなかろう」


「閣下御自らお相手願えるとは光栄の至り。ぜひ、そのように」


「よし、決まった」と、岳賦がくふは手を打って、「任命書のこともあるし、俺としてはいますぐにも手合わせ願いたいのだが」


 孟焔もうえん孟雋もうしゅんもさすがに思いがけぬ申し出であったらしく、顔を見合わせ、口を揃えた。


「「いま、すぐでござるか?」」


 岳賦がくふは肯き、


「任命書には期限があるゆえな。悠長に構えてはおられぬ」


「だが、両陣営から立会人を出すのがしきたりでござろう」


 孟雋もうしゅんが困惑していると、岳賦は小さく笑い、


「なに、孟雋もうしゅん殿が立ち会うてくだされば十分。正式な仕合ではないのだからな」


「しかし、しきたりなれば……」


 そう言って渋る孟雋もうしゅんを強引に説き伏せ、岳賦がくふは二人を連れて闘技場へ向かった。


 孟雋もうしゅん耀よう王より下賜されたというその施設は、皇嵩こうすうたちから聞いていた通りの立派なもので、岳賦がくふも、


「さすがは孟雋もうしゅん殿。これを見れば、王様からの信頼がいかに大きかったかわかるというもの。山賊上がりの俺などには、到底太刀打ちできぬ」


 と、一人肯き、納得するのであった。


「しかし、もはや時代は変わり申した」孟雋もうしゅんは暗い顔で首を振った。「皇宮を仕切るは腹黒い官僚ばかり、清廉の士に居場所はない。あやつらを黙らせられるのは、やはり圧倒的な実力を誇る岳賦がくふ殿しかおられぬ。その岳賦がくふ殿が倅を救ってくださるなら、これほどありがたいことはない」


「いやさ、孟雋もうしゅん殿。壁に耳ありと申す、あまり辛辣な言葉はお控えになるがよい。それに、孟焔もうえん殿を救えるかどうかは、本人次第。場合によっては孟焔もうえん殿の意思を受け容れることにもなろう。孟雋もうしゅん殿にはそのおつもりで」


 孟雋もうしゅんは不満を顕わにしたが、岳賦がくふ孟焔もうえんを認めなければそうなるし、耀輝ようきを倒した孟焔もうえんといえども、岳賦がくふが相手では分が悪い。


 食い下がるどころか、一瞬で勝負がつく可能性もあった。


 さすがに心穏やかでいられぬ孟雋もうしゅんは、つとめて平静を装い、緊張しているらしい孟焔もうえんに念を押した。


「わかっておるな、えんよ。ここで岳賦がくふ殿に認められねば、われらに明日はない。心してかかるのだぞ」


「はい」


「まずは、その緊張を解け。力の発揮できぬまま退場するのではシャレにならん」


 とはいえ、相手は齊の二天と呼ばれた岳賦がくふである。


 少なくとも、蛮龍を素手で倒した鳳凱ほうがいに勝るとも劣らぬ武人であり、あきらかに格の違う相手であった。


 耀輝ようきを相手にした時のように開き直るのは難しい。


 そんな孟焔もうえんの本音を知ってか知らずか、岳賦がくふは先にさっさと闘技場の武舞台へ上がり、穏やかな表情で孟焔もうえんの所作を観察していた。


(この仕合で一族の命運が決まる)


 そう思えば、緊張するなと言うほうが無理であろう。


 岳賦がくふにも、孟焔もうえんがあきらかに固くなっているのが見て取れた。


――さて、どうしたものか。やはり唐突にすぎたか?


 このような精神状態では、十分に実力を発揮するのは難しいであろう。


 だが、それもまた実力のうちといえる。


 相手によって心構えがころころ変わるようでは、武人としていかにも未熟であった。


(相手に萎縮し実力を発揮できぬなら、それもまた実力であろう)


 孟焔もうえんが真の強者であるなら、拳を交えるうちに自らを御するはず。


 できぬなら、しょせんそこまでの男。

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夢幻大陸戦史 令狐冲三 @houshyo

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