壁サーの俺が考えた、最強のアンソロを作るからお前も寄稿しろ
はに丸
壁サーの俺が考えた、最強のアンソロを作るからお前も寄稿しろ
「なあ、
ある
ここは、
問題は、この――いや名前などどうでも良いので全て
この
「は? 道家アンソロ? 道家系で集まって共同研究するのか?」
ふくふくと太っている乙がめんどくさそうに言った。この道家系というものを平たく言えば、
とりあえず、道を研究しているグループだから、道家である。ただ、みんな好き勝手解釈をして発展しているため、それぞれの主張は原型を留めていない。
うんちくはさておき、甲が、ち、ち、ち、と人さし指を左右に振る。かっこつけているつもりか、腰に手を当てている。お笑い芸人かよ。
「違う。俺もお前も一応道家じゃん? でもジャンル違うだろ。俺、
「ああ、そうだな。お前、大手ジャンル壁サークルだよなあ」
乙は羨ましそうな顔で、甲の笑顔を見る。甲はいわゆる細マッチョで服のセンスも良く、眉や髭も整えたいわゆるイケメンである。イケメンで大手ジャンルの壁サー。それに比べて乙は小太りで髭も薄いく男らしさがあまりない。そして、誕生日席である。島中ではなく誕席ではあるが、壁サーとの差は大きい。
「まあ、お前だって評判いいんだぜ? ジャンル関係無く絶対壁になるって! いやそうじゃなくて!」
甲はゴホンとわざとらしく咳をして改める。
「確かにさぁ、俺の楊子ジャンルって大手ではあるけど、みんな似たり寄ったりなわけ。最初に道家同人した
「お前もな」
乙のツッコミに甲は、せやな! と明るく返した後、
「だからさ、道家って色んなジャンルに分かれているだろ? そいつらに寄稿してもらって、アンソロ作りたいんだよ。お前、リピーターの濃いファンがいるの知ってるんだぞ。まずお前寄稿な」
「ええ~!? それいつの発表イベントでするんだよ」
「半年後の、王も出席なされるイベント」
夏の王コミじゃんか、俺もそれに新刊合わせてるのに~! と叫ぶ乙に、甲は肩をばんばんと叩き信頼を表す。痛いだけである。
「さらっとした、一つか二つの短編でいいぜ。これ仕様書な」
壁サーはさすがに違う。仕様書も完璧で、流れるようにアンソロ参加者を増やす。乙は短編ならいいか、としぶしぶ受け取った。
甲は社交的な壁サーなだけに交友関係も広く、日々着々と人数は集まった。壁の仲の良い諸子だけではなく、島中にも声をかけている。甲は実はかなり研究熱心で、ジャンル問わず『エモい』と思えば著述を片っ端から買う男である。そのための王コミの時はファンネル要員もいるほどだ。
さて、そんな甲をちらちらと見ている男がいた。仮に
――こいつ、アンソロ参加したいんだな
大々的に告知している企画である。諸子たちのほとんどが知っており、声をかけられなかった者の中には『いやでもこれ面子豪華だろうし!? 絶対手に入れねば!』と買い手としての使命に燃えているものもいる。この丙も声をかけられていない。が、このアプローチ、参加者になりたいらしい。だが、しかし。
「丙……君は俺の企画に参加したいのか? でも君は道家じゃなくて
とうとう、甲は困惑を込めて言った。丙が恥ずかしそうに頭を掻く。
「まあ、僕は儒家なんだけれど。
「ああ、
甲がなるほど、と手を叩いて言うと、丙は頷いた。
「やっぱり心に重く置いているとさ、根本的には違うと分かってても多少、道家の言うことも頷ける時あるんだ。確かに僕は儒家だけど、君達が儒を研究するように僕たちも道は研究している。アンソロなら、全く違う立場からの寄稿もありだと思うんだ」
精一杯の勇気だったのだろう。言い終わった丙は少し涙ぐんでいた。甲は思わずその肩を柔らかく叩き、態度で同意を示した。
「俺の了見が狭かった。道家アンソロだから、道家だけを呼ぶ。違うな。道家をみんなどう思っているか! それを一編二編の短編で表現してもらう。それこそがアカデミックな
ご大層に豪語しているが、稷下とは単にこの高級住宅地兼研究施設の場所以外にたいした意味は無い。百花斉放は単に学者が陶酔しきった四字熟語である。
「ということで、丙にもどうぞ、この仕様書な」
「あ、僕……コピー誌しか出したこと無くて、わかんない用語が……」
甲に渡されたオフセット原稿の仕様書に丙はまごついた。甲は、儒家って本当に需要ねえのにがんばるよなあ、ある意味すげえわ、と思いながら細々と教えてやった。実は当時、最大手が道家系楊子と
結局、道家がほとんどだが、儒家や
「
乙が甲の邸に原稿を持ってきて言った。この男は常に早割の男と聞いていたが、まさかいの一番にあげてくるとは。新刊もかなりの分量と聞いている、楽しみだ。などと甲は舌なめずりしつつ、言葉を返す。
「彼らは、何故自分たちが道家を論じなきゃならんの? と断った。このアンソロ、もう神アンソロって言われているからな。参加していたら名が売れていたろうに」
「でもあれだろう。全員覆面参加って仕様書にあったじゃないか。参加している諸子は事前に分かっても、アンソロ開いたら誰が誰かわからないんじゃないか?」
乙が己の原稿を指でつつきながら言う。甲がいやいやそれがいいんだよ、とにやりと笑った。
「読み手は海千山千の諸子、研究一筋だ。誰がどの論を書いたのか、必死に考えるのも楽しみにしているんだぜ。そして、俺はそいつらに、密かなサービスもするんだ。ここだけの話だぞ」
お前の脱稿が早かったからな、と言い、内緒話をするようなしぐさをした。ここは甲に与えられた邸であり、乙以外は雑務をする奴隷しかいない。意味が無いのだが、乙は気になって姿勢を合わせた。
「実はレア、超レアのさ。李耳さんのコピー本手に入れたんだよ」
乙は、はああ!? と思わず叫んだ。道家の総本家、未だ原本が見つからず、断片的な写しか、楊朱の著述から断片を拾っているあれである。たった一種の、十六ページのコピー仕立て。それこそが原作本。いくらだったのか想像もつかず乙は思わず後ずさった。
「出所は言わないが、これはまさに真作。これもまぜちゃう。俺たちは道家の原作と一緒に頒布するし、王に献上するのさ」
「……あ、だから、あの、タイトル。李耳さんの
「そう。
甲はドヤ顔で笑いながら高らかに言い放った。
はるか後年、この老子は極めて難解な本として、研究者を悩ませることとなった。全体的に一貫しない論旨、あからさまな戦国期の加筆と、春秋期以前の記述。ゆえに、どのようにも受け取ることができる内容。過去に遡れない以上、戦国期以前の竹簡でも出ない限り『老子』を完全に解明することはできない、と研究者たちは頭を抱えている。
壁サーの俺が考えた、最強のアンソロを作るからお前も寄稿しろ はに丸 @obanaga
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