第8話 自宅合同会議
斉木が何故かマンデラエフェクトを知っている、という現状を偶然知ってからは、諒一は姉の郁美と前よりも頻繁に連絡を取りつつ、皆で話し合う機会を待った。
土日は諒一も斉木も当番制の勤務があり、また完全なオフ日でも緊急に出動して応援せねばならない待機日もあって、なかなかスケジュールが合わなかった。
連絡を取り合い始めてから約三週間後、諒一の家でやっと話し合いの場が持てた。
「あら、斉木くん、前よりもイケメン度が増したんじゃない?さすが彼女持ちは違うわ、うん。ウチの
「え、いやあ、んなコトないです。顔面偏差値なら先輩の方が上ですって」
「まぁたまたご謙遜を。ね、署内で誰か良さげな子、いない?あの子はお膳立てしてやらないとダメな子っぽい?アラサー目前なのにまるっきり女っ気なしなんだもんね」
「え、署内っスか?」
外見と反比例して意外と真面目な斉木は、そんな該当者がいたか、それより先輩の好みのタイプはどんな子だったっけ?と考え始めた。
「ちょっとお母さん、何を言ってるの?斉木くんにご迷惑だし、諒くんにも悪いでしょう」
斉木と垣沼母の会話をお茶の用意をしながらしっかりと聞いていた郁美は、「斉木くん、諒くんのお部屋に行きましょ」と促す。
「何?客間使わないの?こっちだっていいじゃない。私は話が聞こえても、守秘義務は心得ているし他言無用は徹底してるけど?侮らないでよね」
さすがは元警察官だなと斉木は思う。
「違うの。お母さんは関係ないの。聞かれてまずいお話じゃないけど、向こうのお部屋の方が落ち着くのよ……パソコンも見たいし、プリントアウトする必要もあるんだから。ね、斉木くん、行きましょ?」
「は、はい。そうですね。じゃ、失礼します!」
「そうなの?まあ、ごゆっくりしていってね」
何か続けてものを言いたそうな垣沼母を横目に、斉木は(マズい。俺が動揺しまくると怪しまれる)と、挙動不審にならないように用心する。垣沼母の眼光の鋭さは同業が職務質問をする際のそれと変わらない。腐ってもなんとやら、だ。
(それにしても、あのお母さんからこんな可愛くてちっこくて華奢なお姉さん……妹みたいな、確か先輩と歳が離れているはずのこの人が生まれたとは。解せぬ。垣沼家の七不思議のひとつだな)
「諒くん?入ってもいい?」
「あー、うん、オッケー」
諒一は何枚か書類をプリントアウトして、ホチキスで止めていた。
「先輩、相変わらずマメっすね。こんにちは。失礼します」
斉木はそう言うと「はい、お約束のっス」と、シュークリームの入った小箱を渡す。垣沼母には既に違う小箱を渡し済みである。
「おー!いつも悪いな、斉木!有難う。早速頂こうか」
「……斉木くん、さっきお母さんにも頂いて、こちらにも頂いてしまうの……有難うございます。こんなに……」
郁美がコーヒーや斉木の好きなナッツ入りクッキーをテーブルの上に並べる。シュークリームも隣に置く。
「あっ、いえ俺も好きなもんで。こちらこそ、俺の好物を覚えていてくださって嬉しいです!」
郁美は人の好きなものを覚えておくのが趣味のひとつになっていた。バカのひとつ覚えだと本人は言っているが。
「もっと好きな食べ物とかあったら教えてね。私、そういうのを知ることが好きなの」
「……お姉さん、変わってますね。けなげって言うか、ホントに先輩のお姉さんなんですか?」
「斉木、そりゃどういう意味だ?ほら、コーヒーが冷めるから先に腹ごしらえしてから頭働かそうぜ。いっただっきます!」
「そうね、斉木くんも召し上がって?頂き物ですけど。ふふっ」
郁美は首を傾げて笑顔を見せた。
(カッワイイ……何、この小動物みたいな生き物……って俺、なんかロリコンみたいに思えるの、なんで?俺はそんな趣味は持ち合わせてないぞ?)
「斉木、その人は人妻で中一の息子がいるからな?」
シュークリームをほおばりながら、横目で諒一は斉木を眺める。表情から見て取れる心の声が聞こえたようだ。
「えっ、な、何言ってんスか先輩」
「諒くん?斉木くんはご存じよ?」
郁美には伝わっていないが斉木にはしっかりと伝わった。
「い、頂きます……」
斉木には彼女がいる。しかし、姉を見つめるその顔は、小さな頃から見ていた姉の周囲に群がる男たちの独特な表情と似ていたのだ。何故か怪しいと子供ながら感じていた。
年齢と成長が正しく比例しない姉は、諒一よりも七つも年上だといった現実は周囲に受け入れられてはいない。郁美の短大生時代には居酒屋まで自宅に忘れた学生証を弟に届けさせたことがあったくらいだ。諒一の黒歴史と言っていい。
居酒屋の店主が郁美の年齢を信じてくれなかったので、あろうことか、彼女は泣きべそをかきながら家に電話して学生証を持ってきて欲しいと頼んだのであった。そうまでしてアルコールを飲んでみたかったと言う。ちょっと変わった姉なのかもしれないと諒一は後で気付いた。
当時中学生だった諒一を、垣沼母は届けてきなさいと居酒屋へ送り出した。自転車では十分もかからない距離であるが、それを夕方とはいえ中学生にさせる行為ではないのでは?と、諒一はこれも後から思った。
あの母にしてこの娘あり、なのかもしれない。
自分はその血を受け継いではいないと信じている。父親の血の方が濃いと確信している……つもりだ。
「では、脳ミソに栄養を与えたことだし、始めるとすっか。第一回合同会議を」
「……ッス」
「……物々しいわね……」
「や、サクサク進めますんで、こんな方がやりやすいですって」
「オイ、俺が議長兼記録係だからな。斉木は説明したり補足したり提案したり頑張ってくれよな」
「えっ……ハ、ハイ、了解しました!」
「じゃあ私は?」
「姉さんは議題について斉木に質問攻めをやってくれ」
「え。質問攻め……?質問すればいいの?」
「えええ?話し合いましょうよう!先輩!」
「あのな、話し合いとは双方が同レベルの知識や情報量を保持した際に出来るモンだと思うわけ。その前に知っている
ペラペラとまとめられたプリントをめくって読んでみると、マンデラエフェクトに関してのSNSでの発言やブログ、またサイトに挙げられた質問や回答例がキーワードと共に整理されていた。
「あっ……俺も知ってるやつ、入ってますね。知らないのもあるけど」
「本当ね。斉木くんに教えて頂いたまとめサイトだったかしら?読んだ覚えがあるもの」
「そうなんだ?俺は殆ど初見だったからさ、イマイチ理解出来てない部分が多数占めてるんだ。じゃあ、ひとつずつ潰していこう」
諒一はどう考えても職務に影響を受けていた。分かる範囲内で情報の共有を果たし、そこから派生させて深くあるいは広く探っていくのである。知らない者、分からない者が紛れた場合は、進捗状況に多少の遅れが生じ不利な捜査、ひいては結果になりがちである。
「今日……非番なんですけど……これって……」
「あ?仕事とは別モンだろ?」
(いや、どー考えても捜査情報の共有報告じゃないスかっ)
「……はあ、まあ……」とだけ答えておく斉木だ。ここで異議を唱えた場合、会議が全く進まなくなることは目に見えている。貴重な休みを無駄にはしたくはない。またいつ二人の休みが重なるかは分からないからだ。
「では、合同会議を始めます。まずはこの一枚目にあるキーワードの全てに目を通してください」
一覧を見ながら、本当にこんなことが現実に起きているのか。隣に座っているこの女性が、こんな稀有な体験をしているのかと思うと、心細かっただろうに、と斉木は同情した。
諒一は姉が今なおカウンセリングに通っていること、窃盗犯の
自分たちが現在どの世界にいるのだろう、などとは誰も考えた経験がなかった。
世界は広いが、ただひとつだと。
それが当たり前で、疑いも考えもしないくらいの常識であった。
目撃者はマンデラー 永盛愛美 @manami27100594
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