店長にはアロハシャツ着てほしい

登崎萩子

🍩

    月曜日

 

 後藤はコーヒー用のマグを食洗機に入れると、さっとキッチンの様子をうかがう。戸川は今日の分のドーナツを揚げ終えて、材料の確認をしていた。


「原田さん、人にお金を貸したことありますか」

 ちょうど客が途切れたので、原田は10席のテーブルを整えていた。

「貸さないよ。私、お金ないもん」

「学校でジュースおごったんです」


  原田がへえ、と言いつつ紙袋をとってドーナツを3個ずつ入れ始めた。この袋入りを売り切れば帰れる。

「全然話したことないのにおごったんですよ。馬鹿ですよね」

「仲良くないやつに貸したら、もっと意味分かんないよ」

 二人は同時に笑い始めた。


    火曜日

 影山は背が高く、銀縁眼鏡にオールバックヘアだった。


「店長、せめてアロハシャツ着ましょうよ」

 店内にいた客の視線が一瞬集まる。

 原田の言葉に影山は微笑んだ。

「スーツは意外と便利なんです」

 外見とは似つかない柔らかい声音だった。

 後藤は二人のやり取りを横目に釣り銭を渡す。


「後藤さんのバイト先って面白いね」

 客の男子高校生が笑う。

 と、影山がすかさず原田に耳打ちする。

「知り合い?」

「同じクラスで、昨日ジュース奢ったらしいっす」

「みぃちゃんは優しいね。後でドーナツ食べていいよ」

 影山の『みいちゃん』呼びに後藤は無表情で頷いた。


    水曜日

 Angelaは開店から3か月で、以前よりも売れるようになっていた。

 揚げ物をしている戸川は、黒のハンチングを深く被っているので目元がよく見えない。


「原田さん、店長まだ来ないんですか?」

 後藤が声をひそめる。

「鈴木くんが来たら隠れてれば?」

 原田はニヤリとしたが、真剣な口調で返す。


「なんか、戸川さんさっきから動き止まってませんか?」

 原田が厨房へ向かう。

「戸川さん、代わりますよ」

「でも」

「大丈夫ですよ。もうすぐ店長が来てくれますよ」

 その言葉にのろのろと、歩き出す。後藤が、グラスに氷水を注ぐ。

「戸川さん、無理しないで下さい」


    木曜日

 後藤はアルバイト先が嫌いではなかった。

 ドーナツは美味しいし、シフトも融通がきく。

 ただ、同級生がたびたび来店するのは気まずい。


「あと、コーヒーMホットでお願いします」

 鈴木はあくまでも客の一人だった。

 会計を済ませ、ドーナツとコーヒーを受け取った後ろ姿から目をそらす。


「みぃちゃんと凜ちゃんが働いてくれて良かったよ」

 店長も、流石に調理するときはスーツではなかった。

 そして、後藤未央と原田凛花をあだ名で呼ぶ。

 二人とも初めは驚いたが、今は諦めた。

「凛ちゃんの友達もまた来るかな」

「店長、暇なら備品の確認お願いしまーす」

 原田は、店長に対して遠慮がなかった。


    回想

 月曜日の昼休みだった。

 後藤はレモンティーを買おうと思ったが、自販機の前には人がいた。

「財布忘れたからお金貸してくれる?」

 驚くほど自然な言葉だった。が、鈴木とは同じクラスであるということ以外接点はない。

「大丈夫。ちゃんと返すから」


 後藤のバイト代はほとんど「家」のために使われていた。

「ごめん、忘れて」

 立ち去ろうとする鈴木に、声をかける。

「あの、おごるよ。貸すのは嫌だから」

「そういう考えもあるんだね」

 後藤はお金を入れた。

「好きなやつ選んで」

「ありがとう」

 鈴木はレモンティーを選んだ。

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店長にはアロハシャツ着てほしい 登崎萩子 @hagino2791

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