探偵

三上 獬京

見つからない手紙

 黒崎しゅんは探偵にあこがれていた。きっかけは些細で思い出せないが、警察すら不要になりつつある現代で、それでも探偵にあこがれていた。

 中学1年に上がったしゅんのバイブルは『シャーロックホームズの冒険』だ。まだ読めない部分も多くあるが、小さなキッカケからすべてを見通す推理は見ていて痛快で、ホームズになりたいと何度も願った。唯一の難点は運動ができないことだった。

 帰りの会が終わり、しゅんがいつものように教室の窓側で、椅子に腰かけバイブルを読んでいると一人の女の子がしゅんの机に手を付いた。


「しゅん君!聞いて!」


 花江りんは本を体で押しのけるように瞬に大きく迫った。ツインテールの目立つ花江りんは、学校の制服を若干着崩し、バラの着いた髪留めを付けていた。


「りんちゃんどうしたの」


 瞬は彼女の気迫に何か恐ろしいものを感じてバイブルを机にしまって体を向けた。


「みゆきちゃんの手紙が誰かに盗まれちゃったの!」

「みゆきちゃんの手紙が盗まれた!それは事件だ。一体どんな?」

「それは私が自分で説明します」


 腰まで伸びた長髪を後ろでひとまとめにし、淑やかな雰囲気をまとった倉田みゆきは、花江りんの後ろから一歩こちら側に近づいてそう言った。

 倉田みゆきは手を前で組み、つっかえながらも事件について詳しく話してくれた。

 同じクラスの武田りょうまに思いを寄せていた倉田みゆきは青い封筒に入った手紙を、今朝武田りょうまの下駄箱に入れた。時間は学校に来たのが7時半として、恐らくそのくらい。それは同席していた花江りんが証明した。そして、武田りょうまが教室に入ってきたのが、7時45分だったが、手紙に気づいた形跡は無かった。手紙の行方が気になった倉田みゆきは、朝の会が始まる前の7時50分に花江りんと一緒に下駄箱を確認しに行ったが手紙は見つからなかった。


「つまりそういうことだね?」

「はい」

「ということは、犯行はりょうま君の下駄箱に手紙を入れた7時半から、りょうま君が教室に来た7時45分というわけか」

「手紙がどこに行ったかわかりそう?」

「まだこれだけじゃ何ともいえないね。とりあえず事件現場のりょうま君の下駄箱を見に行こうか」


 三人は階段を駆け下り、既に閑散としだした下駄箱に着く。正方形に仕切りの板が床と平行に敷かれた古い木造の下駄箱。そのどれも綺麗に掃除されており、壊れている所もなかった。廊下側に近い武田りょうまの下駄箱も同じく気になることは何もなかった。


「りょうま君の下駄箱は……特に変わったことは無いね。手紙はどんな風に置いたの?」

「上履きの上に乗せるようにポンっと」


 しゅんはもちろん探偵ではないし、シャーロックホームズでもない。今ある情報では考えても埒が明かないので、一度教室に戻ろうと二人を見た時、開いた扉から強風が吹きつけ、二人の服と髪が大きく揺れた。


「そうだ思い出した!今日はニュースで低気圧が発達して強風が吹くと言っていたんだ。蓋がない下駄箱じゃあ今みたいな強風に飛ばされちゃうんだよ」

「でもしゅん君、風が一直線に下駄箱に向かってくるなら、風向きと垂直だからそこまで強い風は下駄箱の中まで届かないんじゃないかな?りょうま君の場所は入口から遠いから、なおさら風は弱くなってそうだよ?下駄箱の中の手紙を飛ばすなんて無理じゃないかな?」

「その理由はドアだよ。揚力って知ってる?鳥や飛行機が空を飛ぶために使う力んだけど、飛行機の翼は尻下がりで出来ていて、正面から受けた風を下に逃がすことで、機体は上に向かうんだ。今回はドアが翼の役割をしていて、受けた風が下駄箱に入りやすい角度になってしまったんだ!」

「なるほどしゅん君頭いいね。でも待って、じゃあ手紙はどこに行ったの?」

「風向きからして、あの隅の方かな?」


 黒崎しゅんの指さした方向に青色の紙がちらりと見えた。近づいてみると、それは倉田みゆきと名前の入った封筒に間違いなかったが、無残にも破かれた状態だった。


「そんな……私の手紙が……」


 しゅんは泣いた女の子を励ます方法を知らなかった。しゅんはこの時、負けられないという感情が芽生えた。倉田みゆきが手にする破片をじっと見つめ、そして奪い取るように床に破片を並べ始めた。


「しゅん君みゆきちゃんに何するの!」

「いいからちょっと待って!」


 しゅんの気迫に花江りんはたじろぎ、翻って反論をしようにも、しゅんの耳は聞き入れていなかった。


「やっぱりそうだ。みゆきちゃん、これ見て?見覚えある?」

「しゅん君何言ってるの?みゆきちゃんの書いた手紙なんだから見覚えがあるに決まってるでしょ?」

「あれ、何か違うかも……。内容は同じなんだけど、私の字じゃない!」

「うん、封筒に書かれた字と手紙の字が違うんだ。恐らく、封筒を取った犯人が手紙を書き写して入れ替えたんだ!」

「犯人はどうしてそんなことをしたの?」

「それは……わからない。捨てるだけなら破かなくてもいいし、書き写したうえに破いてごみ箱に入れずに捨てるなんて」


 その日、最終下校時間のチャイムの音を聞いた三人は、手紙をテープでつないだ後、先生に怒られないうちに家に帰った。ここから先は後日改めて考えることにしたのだ。

 翌日の7時、学校に着いたしゅんは誰もいない下駄箱と昨日の手紙が捨てられていた場所をもう一度確認した。

 そしてしゅんは。

 帰りの会が終わり、しゅんがいつものように教室の窓側で、椅子に腰かけバイブルを読んでいると一人の女の子がしゅんの机に手を付いた。


「しゅん君、何かわかった?」

「うん、たぶん分かったよ」

「本当に?誰がみゆきちゃんの手紙を盗んだの?」

「それはね、りんちゃん。君だよ」


 花江りんは少し体を仰け反らせ、驚きの顔をする。


「えっと、どうして私なのかな?」

「昨夜改めて手紙の内容を見たけど、そこに『ヒマワリの髪留めを初めてつけた時、可愛いと言ってくれて』と書いてあったんだ。そして、封筒にはそのヒマワリの髪留めを入れていた。みゆきちゃんから、ヒマワリの髪留めはりんちゃんから誕生日に貰って、お返しにバラの髪留めを送ったと聞いたんだ。そのバラの髪留めはどこにあるか聞いてもいい?」

「それは、昨日なくしちゃってて」

「僕が持ってるよ」


 ポケットから二つの髪留めを取り出す。一つはバラで、もう一つはヒマワリ。


「どこにあったか、言わなくても知ってるよね」

「なくしちゃったんだからわからない」

「下駄箱の上にあったよ。ところで、りんちゃんは今暑くない?僕は暑いよ。何せ下駄箱が古いから制服の擦れたところが傷ついちゃって、りんちゃんに気づかれないように今冬用の制服を着てるからね。りんちゃんが今冬用の制服を着ているのも同じ理由かな?」

「本当に犯人が分かったんだね」

「たぶん、だけどね」

「正直、下駄箱で推理を聞いた時は、穴がありすぎて絶対ばれないと思ってたのに、風の話だって朝は人が多いから分散するし、今冬用の制服を着てるのは単純に寒がりだからだし、検証せずに事実だと断定しちゃうし。ホームズをちゃんと見なきゃね」

「そっか、ダメダメな推理だったのか」

「でも気づいちゃうんだからすごいよ、さすが探偵目指してるだけあるよね」

「ありがとう。そうだ、髪留め、僕が見つけたのでりんちゃんに返します」

「うん」

「最後にどうしてこんなことをしたのか聞いてもいいかな?」

「みゆきちゃんがヒマワリの髪留めを付けた日に可愛いって一番最初に言ったのは私だもの」

「……そっか」


 花江りんは髪留めを握りしめたまま教室を後にした。

 後日聞いたところによると、花江りんは倉田みゆきに手紙を隠したことを赤裸々に打ち明けたらしい。

 しゅん今まで推理は、脳内でのみ行われた自問自答しかしていなかったため、初めての事件を経て、しゅんの推理の軟弱さが露わになった。そしてしゅんは自分よりも技量ある彼女に教えを乞うことになる。

 これは、僕が助手を務める高校生探偵花江りんの探偵人生、その序章である。

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