三畳紀のタイムマシーン
高黄森哉
出土
科学者の五人は三畳紀の地層から出土したタイムマシーンについての研究を重ねていた。技術の理解は満了しており、今は実験の段階。明日に仲間のトラビスを今日に転送することになっており、定刻に設定することにした十時を前にして、四人は機械の前に集まっていた。
まだ時間まで、暇があるので、三郎の隣にいたハンナは、マシンと一緒に出土した化石について話、始めた。それは、原始的な構造を持つ動物で、人間の先祖だという。顎はまだ未熟で、神経系は単純だ。
「それにしてもこれが人間になるのかしら」
李が、疑問を呈する。彼女の専門は、工学なので、生物に関しては詳しくないのだ。その疑問にハンナは簡単に答える。
「ええ、そうよ」
ハンナは化石についての解説を再開する。その化石には不審な点がいくつかあった。まず、五体並んでいるのが珍しかった。そして、自殺したような痕跡があった。この生き物は、息を止めて死んだのだ。
「不思議な話だね」
ジョイスが興味深そうに返す。もし、本当に自殺ならば、最古の自死の記録かもしれない。その話し方は、茶化すような意図も混ざっていた。
「冗談じゃないの。本当に彼らは自殺したのよ」
ハンナは身振り手振りを使って大袈裟に主張する。その幼い様子を、他の三人は微笑ましく思う。ハンナは必死になればなるほど、子ども扱いされるので、ついに説明を諦めてしまった。
「そろそろよ」
李は、パソコンに表示された数字が零に近づいていくのを見つめる。その表示が零で揃ったとき、マシンが現れた。
「はっ、四人とも」
「どうだったかしら」
ハンナは興味深そうにトラビスを見た。
「初、時間旅行」
ジョイスが補足を加える。
「ああ、なんともないさ。君たちの懸念とは裏腹に、僕の記憶は保持されていたよ」
「そんなこと言った覚えはないけれど」
「李、君は明日、その懸念を口にすることになっている」
「そう、ならそうするわ」
「それがいい」
李は、そうだっただろうか、ともう一度、計算をすることに決めた。簡単な計算なので明日までには完成するはずだ。
「あれ、時計がない」
「時計なんかしてたか」
三郎は、疑問を呈した。実際、トラビスはいつも時計をしていなかった。それゆえに会議に送れることが多々あったのだ。
「いや、明日、サプライズでもらうんだよ。李に」
「そう、なら、あしたはサプライズを用意するわ」
「ああ、そうしてくれ」
トラビスの隣にいたトラビスが答える。今さっき部屋に入って来たのだ。ミンチになって出てきたら怖いとおびえていた普通の時間軸のトラビスである。
そして、明日になり、トラビスはトラビスを送り出す。タイムマシンは、二つあり片方はトラビスを過去に送った。トラビスは、眠そうに欠伸をする。すると、李が扉を勢いよく開いた。欠伸を邪魔されてもやもやする。
「大変よ、みんな。計算が間違っていたの。と、その前に、トラビス、時計」
「あ、なんてサプライズなんだ。ありがとう、これで会議に送れずに済むよ。それで、計算ってなんだい」
「実は、時間旅行をすると、記憶がなくなるのよ」
「いやいや、それは昨日否定されてんじゃないか」
三郎は眠そうに答えた。現在、早朝の五時である。
「ああ、そうだったわ」
うっかりしていた。彼女は納得した。しかし、あの式が、記憶を表すものでなければ、一体何なのだろうか。中断された欠伸のようにもやもやする。
「なあ、みんなはどこに行きたい」
ジョイスは早速、時間旅行を提案した。彼はリーダーだ。
「私はどこでもいいわ。過去に興味ないもの」
李は工学者なため、装置の出来で満足してそれ以上なにかをしようとする欲は湧かなかった。それは、トラビスやジョイスも同じである。三郎は、戦艦ヲタクなので、戦争を見に行きたいと発言したが、昔の日本は、何をされるものか分かったもんじゃない、という理由で却下された。
「三畳紀に行けないかしら」
「その生き物を採集したいのか」
ジョイスは、ハンナが大事そうに抱えている化石のレプリカを指さした。
「見てみたいの」
「まってくれ。タイムマシンは、その地層から出土したんだよな。だったら、俺達は帰れないんじゃないか」
「トラビス、三畳紀でも、現代でも、私達ならやって行けるわ」
「李、………… お前。そうだな、俺たちならやって行けるよ」
「自分も、もう、現代にようはないかな。大艦巨砲主義の時代は理論上、永遠にやってこないし」
「おれ、会社辞めたかったんだよなあ。会社辞めてマレーシアに移住して、なあ。マレーシアも三畳紀みたいなもんだろ」
「それは失礼ですわ」
李は、ジョイスを咎める。
「そうだな、ハンナ」
「三畳紀に行けるなら未練はないです。それに皆さんがいるなら、寂しくないです」
「そうか。いつか、みんなでサバイバルをしたこともあったな。あの要領で生きていけるだろう。そして、六十になったら自殺しよう。人間は高齢になると一人では生きていけない」
そういい、デスクの引き出しから、リボルバーを取り出す。丁度五つの銃弾が詰められていた。
五人はマシンに乗り込むと、シートベルトを締めた。そして、現代に別れを告げた。技術班のリーが、三畳紀に年代をセットする。ボタンを押すと、いよいよ器械は唸りを上げ、過去へ至る航行を始めた。
周りの景色が巻き戻されていく。建物が解体された。日は登り、沈んだ。マンモスから槍が引き抜かれ原人の手の平に飛んで収まる。巨大隕石が空へ昇り、恐竜が逆向きで歩行する。訳の分からない形をした生き物の尻に、その子供が顔をうずめる。生き物は、逆向きに走り出す。再生と破壊のドラマ。座席の上の腕時計は巻き戻り、素材へと戻っていく。どんどんどんどん巻き戻って、三畳紀に到着した。
マシンが開かれると、中から、五匹の原始生物が飛び出した。その生き物は、それぞれ名前がついていた。しかし彼らがそうなるのは、祖先の話、遠い未来の話。五人は急速に進む、微小生物の主観時間で、子を残し自殺をした。
それは、遠い遠い、過去の話。時間航行を始めてから四時間十分が経過した時の話だ。
三畳紀のタイムマシーン 高黄森哉 @kamikawa2001
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