4-2 教えて! ウォン隊長!
「あのう、ウォン隊長、少しよろしいでしょうか」
結局は、後ろでもじもじしているローナの代わりに、俺がウォン隊長に声をかけることになった。
「構わんよ、どうした?」
「いやあ、ローナのやつがですね、ウォン隊長の強さの秘密を知りたがってて。いったいどこでそんな技術を磨いたんだろうな、と」
その質問にウォン隊長は軽く宙を見て、ふーむと考えるそぶりをして。
「実家がな、拳法の道場だったんだ。小さい頃から父や兄たちが修練しているのを、見よう見まねでな」
「ああ、そういう経緯で」
俺は合点がいく気がした。
生まれた環境が俺たちとは違うのだ。
ウォン隊長の強さの秘密も、蓋を開ければあっけないものだったな。
話を聞いたローナが、恐る恐るウォン隊長に質問する。
「し、失礼な質問とは重々承知していますが、ウォン隊長は衛士になられて、今年で何年目になられるのでしょうか……?」
男の俺が女性の年齢や経歴を聞くわけにもいかない。
代わりに勇気を出してそれを聞いてくれたローナには、心の中で勲一等を捧げようと思う。
「17で衛士になったから7年過ぎ、8年目だな」
ウォン隊長は特に嫌な顔一つ見せずに、すんなり教えてくれた。
どうやらウォン隊長は俺より5つくらい年上のようだ。
17で衛士になったというのは、俺と同じだな。
それで今は小隊長で、俺の上司のレーグ班長より階級が上なんだから、出世する速さがちょっとおかしい気がするけど……。
「わ、私も鍛錬を積めば、ウォン隊長のように強くなれるでしょうか!?」
鼻息を荒くしてローナが叫ぶ。
なにがきっかけかは知らないけど、よほどウォン隊長に心酔してるみたいだな。
その質問に対し、ウォン隊長はさわやかに笑ってこう答えた。
「二人ともまだ若いんだ。これからいくらでも伸びるさ。もっとも、私もそうやすやすと追い越されてやるつもりはないが」
俺までローナと一緒の扱いにしないでほしい。
追い抜くどころか、ウォン隊長の背中も見える気がしないのに。
しかし、意外なことにウォン隊長は、自分の「弱点」とも言うべき箇所を、小声で教えてくれた。
「実は私はあまり『眼』が良くなくてな。遠い的に弓矢を射るのは下手糞なんだ。どうも本をたくさん読み過ぎたせいで、遠目が効かなくなってしまった。夜に満月を見ても、ぼやけて二重三重に見えるんだ」
「そうなんですか? 意外です……」
それを聞いたローナが驚く。
いつも泰然としているウォン隊長にそんな苦手分野があるとは知らなかった。
俺は自慢じゃないけど眼は結構良い方だ。
「だから弓矢や弩(いしゆみ)はきっとお前たちの方が達者だろう。なにより私はお前たちの言う『魔法』なるものをまったく使えないしな」
「え……」
俺は疑問とともに短く呟く。
魔法が苦手である、使えたとしても効果が小さい、というのなら珍しいことではない。
しかし、まったく使えないというのは、あまり聞いたことがなかった。
誰でも、悪人でも善人でも、生まれたときから精霊さまの加護は等しく受けている。
信心の深さや才能、あるいは知識や技術によって行使できる魔法の力に差があるとしても、無ということはありえない。
少なくとも、俺は村の大人たちからそう教わったのだけど。
「じゃ、じゃあウォン隊長は、精霊さまの息吹っていうか、力のうねりみたいなものを感じないんですか?」
ローナの問いにウォン隊長は腕を組んで、難しい顔をして答えた。
「そうだな。全然わからん。精霊が見えるようになるという眼鏡をかけたときは、確かに光る湯気みたいなものは見えたが。あれらが一体なんなのか、いまいち実感が湧かない」
うーん、生まれ育った国や文化の違いなんだろうけど、そういうこともあるんだな。
極端なことを言えば、暖かいのも寒いのも、風が吹くのも木々が育つのも、この世の営みすべてに精霊さまが関与しているはずなんだけど。
でも逆に、精霊さまの影響に無自覚であっても、ウォン隊長のように強くなれるし、立派に生きていけるものなんだな。
少なくともウォン隊長の体術は、下手な魔法なんかよりよっぽど強力だし。
「ま、そういうことも含めて、誰にでも向き不向き、得意不得意があるということだ。私の欠点を別の仲間が補ってくれることもあるし、お前たちの長所を別の仲間が必要とすることもある。そうやってお互いの美点を組み合わせることで、組織の仕事は上手く回るのだと私は思うよ」
「なるほどぉ……」
ありがたい説話を聞いて、ローナはすっかり感心していた。
俺はまだ休憩が終わって欲しくないので、雑談で時間を稼ぎにかかる。
「ローナ、お前の得意な魔法、ウォン隊長に見せたらどうだ? なんの役に立つか、助言をもらえるかもよ」
「え? わ、私の魔法なんて、そんな、大したものじゃないし……」
ほお、と興味を惹かれた表情をいウォン隊長が浮かべた。
よし、もう少しダラダラ休んでいられるぞ!
「いいじゃねえか、どうせ遅かれ早かれ、何日も一緒に訓練してたらわかることなんだし」
「そうだな、どのみち一人一人の魔法も見せてもらう予定だった。訓練に上手く組み込めるかもしれないしな」
ウォン隊長もそう言ったので、ローナは覚悟を決めた。
「う、うーん、じゃあウォン隊長、私の使える魔法をお見せします!」
意気込んで、自分の顔をぱんぱんと叩くローナ。
そして、なんと言っているのか聞き取れないくらいの小さい声で、口をもごもご動かしている。
精霊に捧げる祝詞は、大きな声で叫ぶ場合もあるし、ローナのように小声で呟く場合もある。
どちらがいいという正解もなければ、どちらがダメという間違いもない。
やり方がどうであっても、狙った結果が得られればいいのだ。
「我、金剛石の力を得ん……!」
ローナの祝詞が終わって、周囲の大気がピンと張り詰めたような感覚を味わう。
準備はできたので、あとは俺が手伝わなきゃならん。
俺は力強く直立しているローナ相手に、さっき訓練で使っていた木剣を拾い、思いっきり振りかぶって。
「お、おい」
ウォン隊長が驚いて止めようとするのを尻目に、強烈な一撃をぶちかました。
バッキャァ!
ローナの肩らへんに当たった木剣が、見事にへし折れる。
ふしゅー、と長く息を吐いて、魔法の行使中は黙っていたローナが口を開いた。
「私、少しの間だけ石や鉄みたいに体を硬くできるんです!」
「先に言っておいてくれ。危うくカニングを蹴り飛ばすところだったぞ」
それは確かに危ない。
びっくりさせようと思ってなにも言わずに始めたけど、一歩間違えば俺が昏倒していたかもしれんな。
「しかしすごい能力だな、どこも痛くないのか?」
「は、はいっ。全然、平気ですっ!」
ウォン隊長が、木剣が当たった部分のローナの体を、確かめるように撫でてさする。
憧れの人にベタベタ触られて、ローナの顔はすっかり赤く、上気していた。
「なにも、変わった様子はないな……いやはや不思議なものだ。人それぞれ、色々な魔法があるものだな」
「で、ですが、力を使っている間、私は身動きが取れないし、呼吸も止めなければいけないので!」
そう、ローナの魔法には明確な欠点がある。
硬くなっている間は、ローナ本人はなにもできないのだ。
使いどころが難しい魔法の好例と言っていいだろう。
ウォン隊長は今までローナのように、体を硬質化させる魔法を見たことがなかったのか、興味深げに質問を続ける。
「刃物やガラス片のような尖ったものがぶつかって来ても平気なのか?」
「包丁や短剣程度であれば、よほど勢いがついていない限りは大丈夫です! 大きな槍や大刀は、怖くて試したことがありません!」
「そうか、さすがにそんなものを試して、失敗したときは笑いごとでは済まないからな……」
「ですが、子どもの頃に木登りをしていて落ちたときは、とっさに対応できて無傷で済みました!」
「気を付けないとダメだぞ。私も似たようなことはあったから人のことは言えないが」
など、和気あいあいとした雰囲気でローナとウォン隊長は歓談した。
幸せそうなローナの表情を見ていると、どうやら本気らしいな、と俺は思った。
そう、なぜ女好きの俺がローナに対して色っぽい感情を抱かず、二人でいてもそういう雰囲気にならないのか。
ローナは、男よりも女が好きなのだ。
もちろんそれは健全で清涼な親愛ではなく、肉欲的な情愛の意味において。
おそらくウォン隊長は、ローナにとって「理想の女性」なんだろうな……。
「ウォン隊長も、小さい頃は木に登って遊んだりしたんですねえ……」
「ご想像の通り、お転婆娘だったからな。木からも落ちたし、馬からも落ちたし、屋根からも落ちたし、野良犬には噛まれるし、川には流されたし……」
それはまた絵に描いたようなわんぱくぶりだこと。
他愛もないウォン隊長の情報をたくさん得られて、ローナは実に幸せそうな顔を浮かべるのであった。
九番通りの【幻】気な面々 ~若手衛士の甘く厳しい青春模様~ 西川 旭 @beerman0726
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