火葬同盟

海沈生物

第1話

1.

 捨螺ステラ先輩は『異常者』だ。無表情のまま、眉一つ動かさずに人を殺す。その姿はまるで一つの劇の「役」を演じているように思える。返り血で赤に染まった学校指定のセーラー服は、先輩自身が今まで積み重ねてきた「死」を示すように、太陽の光の下で鮮やかに輝いていた。

 今日は校内に迷い込んできた、四人の人間のようなものゾンビを殺した。名目上ではゾンビと呼んでいるが、私たちは彼らをゾンビと思っていない。ほとんどのゾンビは肉体の損傷が激しく、顔が腐り落ちて誰なのかも判別できないからだ。それはもはや人間というより、ただの「もの」である。死者の亡骸を踏みにじる、最悪の行為である。私も運が悪ければこんな風に徘徊するだけの存在になっていたのかもしれないと想像すると、いつも気持ちが鬱屈とした。


 一通り殺した死体を校内からグラウンドへと運んでいると、下駄箱の所で背後から気配を感じた。ゾンビかと思って咄嗟に距離を取ったが、視界にアホ毛が見えた瞬間にあのかとホッと息をつく。


「火葬同盟を組むにあたって、”肉体に触れるの禁止”って言いましたよね? そのクズみたいな脳みそに記憶してなかったんですか、須天ステンさん?」


「そ、そこまで言うことはねぇだろ、ウサギ野郎! そもそも、そっちの先輩だって礼素レイスのアホ毛触ってきているだろうが!」


「俺のってなんですか、俺のって! アホ毛なんて肉体の一部に含まれてないでしょ。ねぇ、捨螺先輩!?」


 先輩は目の下に付いた返り血を拭い取りながら、「何の話?」とでも言うように首を傾げた。もう一度説明し直すのも手間だったので「やっぱりいいです」と断ると、無言で頭だけ縦に振って、愛用のナイフの手入れをはじめた。


「……とにかく。先輩がアホ毛に触れるのは無罪です、無罪。というか先輩は神なので私たちみたいな、ただの”凡人”が作った取り決めになんて従う必要ないんです。分かりましたか?」


「今の説明で分かる要素があるって思う方がおかしいだろうが! ……まぁいい。その代わり、いくらお前のセンパイだからって、俺の礼素に手を出したら殺すからな」


「出さないですよ、先輩はそういうのに興味ないですから。それよりも、俺の礼素俺の礼素って前時代的なあんたの所有物みたいな扱いをするのはどうなんですか? 同意のない相手に対して失礼じゃないですか?」


「それは……いいんだよ。本人が気にしてないようだし、そこに対してはちゃんと同意を得ている。なあ、礼素?」


 礼素くんはグラウンドまで引き摺っていた死体をその場に置くと、「ど、どうしたの?」と首を傾げてきた。須天はなんだか微妙な顔をすると、「なんでもねぇ」と言って断った。礼素くんは「うん、それじゃあ」と言って、また死体を引きずりはじめる。私たち二人は顔を見合わせると、溜息をついた。


「あんた……本当に礼素くんとバディ組んでいるんですか?」


「バディどころか幼馴染だが? 二人とも同じ小学校で中学校だし、高校も一緒だった。その華の高校生活の最中に、まぁ……こういうことになっているわけだが。そういうお前はどうなんだよ? いつも冷たくあしらわれているように見えるが」


「あれが先輩という存在なんです! 先輩は言葉じゃなくて、もっと高度なもので私に語りかけてくるんです。それこそ、普通の人間なら聞き取れないような――――」


「じゃあお前には無理だな。ただの”凡人”なんだろ?」


 勝ち誇ったその表情に思わず手が出そうになったが、相手が生身の人間であることを思い出してやめた。この相手がゾンビであるのなら、千回でも二千回でも刺してやったのに。怒りの矛先を下げると、「そろそろ死体が集まったよー」といつの間にか校内にある死体を全部集めてきた礼素くんの声が聞こえてきた。


 グラウンドに積み重なった数十人ほどの死体の山を見ると、改めて自分たちが今日だけでこんなにも殺したのだと憂鬱な感動を覚えた。実際に殺したのは先輩と須天なのだが、死体とはいえ殺人を容認していたので、私も礼素くんも同罪だ。

 仏教的に手を合わせるだけ合わせると、校内にあったガソリンをぶっかけて、そこにマッチを投げ込む。途端に死体は燃え盛る。人間のようなものゾンビは燃え盛って灰になると、人間の死体になる。ガソリンだって無限にあるわけではないので、いつまでもこんな風に火葬してあげることはできない。それでも、腐敗して顔も分からなくなった自分の肉体が死後も徘徊しているなんて、気持ちのいいものではない。

 私たち四人は理由は様々であれど、共通して「火葬するべき」と同じことを思っている。だから火葬同盟を組んで、火葬しているのだ。燃やして、自然の中へと還すのだ。そのことだけが、この世界で生き残っていく私たちに残された、ただ一つのことであると信じている。


 この滅びゆく世界において、「火葬」をすることだけが私たちの唯一の「救い」である、と。



2.

 火葬同盟といっても、ただ火葬するためだけに男二人と組んだわけではない。そもそもこの食料が枯渇した世界において他者と行動するのはリスクが高すぎる。今は校内を拠点にして、災害時用の食料や周辺に生えている食料を糧に生き延びられているが、それだって無限にあるわけじゃない。四人で食べているよりは二人で食べている方がより長く生き延びることができる。

 それではどうして二人と一緒に行動しているのかといえば、それは私と須天の間に結ばれた「秘密の契約」が原因だった。それはお互いに大切な二人には決して言えるようなものではなく、言ってしまえばお互いのバディが解消されてしまうようなものだった。


 今日も人の匂いを嗅ぎ付けてやってきたゾンビを殺す先輩と須天の姿を見ながら、礼素くんとその死体を運ぶ作業をする。礼素くんは須天みたいな男に好かれているのが可哀想なほどに健全で良い子だ。こっそり特徴的なアホ毛に触れようとすると、毎回須天から無言で「触るな」という圧をかけられるのだけが問題だが。これはまぁ礼素くんというより、須天の方が問題である。

 今日も二人が殺した死体をグラウンドまで運び終えると、二人が戻ってくるまでグラウンドにあるベンチで一休みすることにした。


「そういえば礼素くんと須天って幼馴染らしいけど、昔はどんなやつだったの?」


「む、昔ですか? そうですね……須天くんは、昔から優しい人でした。でも、昔は僕に対してすら当たりが強かったんですよ?」


「今はあんなにデレているのに!?」


「デレて……いるのかは僕には分からないですが、中学校二年生ぐらいまではあまり話す機会はなかったですね。そもそも、あっちは孤高のヤンキー! って感じの陽キャで、こっちは教室の隅で本を読む陰キャ! って感じでしたから。クラスの中では全然違う役回りだったんです」


 それじゃあ、私と先輩が出会ったのと同じぐらいだったのかと思う。私も中学二年生の頃に校則を破ってバイトしていたコンビニで先輩と出会ったのだから。礼素くんは唇をキュッと噛むと、目線を遠い日に向ける。


「でも、中学二年生ぐらいの頃だったんでしょうか。ある日、帰宅中に”今日、うちの家誰もいないから、来ないか?”って誘われて。それで部屋に行ったら……その……キス、されちゃって。あ、あぁもちろん唇にじゃないですよ!? 顔をしばらく見つめてきた後に、手の甲にキスをしてくれて。”ゆ、友好の証だ”って顔を赤くして言ってました。その頃からですね、須天くんが僕に対して優しくなったのは」


 部屋に連れ込んだ上で、見つめた上で手の甲にキスをする。私はその場にいたわけじゃないので事実は分からないが、それは「ヘタレた」だけなのではないかと思う。本当はそこでキスをしてそのまま「する」つもりだったのだが、顔を見ている内にヘタレた。拒絶されるのが怖くなったのではないか。思い浮かべると、簡単にその日の晩にベッドの上で「あー!」と言って転がっている須天の姿が思い浮かんだ。思い浮かんだが、さすがに口に出すのはやめておいてあげた。


「そうなんだ。……それじゃあ、今の須天くんのことはどう思っている?」


「今の、ですか? 今も変わらず優しい人ですね。時々お二人が寝ている時とか二人で校内を回っている時とかに耳元や頬にキスをいっぱいしてきますが、そのぐらいですね」


「…………えっ? なんて」


「はい。女性同士でも抱きついたり頭を撫でたりみたいなスキンシップをしますよね? ああいう感じでキスを」


 私は礼素くんの肩に両手を置くと、彼の目を見る。


「礼素くん、抱きついたり頭を撫でたりは恋愛的ではない女子同士でもするけど、キスみたいな濃密な絡みはさすがに――――もごっ!?」


 突然口元を覆う大きな手に息ができなくなったかと思って背後を振り向くと、笑顔でキレている須天の姿が見えた。私はどうにか振り払おうとしたが、力が強くて振り払えない。どうすればいいのかと思っていた所で、背後にいたはずの須天がその場に倒れた。代わりに珍しく表情を乱した先輩がいた。咳き込んで死にかけている私を両手で持ち上げると、地面に倒れている須天の背中をつま先でぐりぐりと押し付けた。


「同盟を組んでいるから、殺さない。……でも、次来兎ライトに手を出してみろ。本気で殺すからな」


 咳き込みながら須天が生きているのかと確認したが、ただ軽く脳震盪のうしんとうを起こして倒れているだけらしい。ほっと一息つくと、心配そうに駆け寄る礼素くんにちょっと申し訳なくなる。先輩にお姫様抱っこされながら、彼女の顔を見る。


「先輩。確かに須天は息を止めようとしてきましたが、あれは冗談の部類ですよ? 私だって男二人に先輩の悪口を言われたら、同じことをするかもしれませんし」


「そうなのか? ふむ」


「先輩が”ふむ”って言う時は大体分かってない時ですよね。いつも見ているから分かっているんです。確かに止めてくれたのはとても嬉しかったですが、あれは過剰防衛です。そもそも、私たちがこの変わり果てた世界で最初に出会った時だって、肉体欠損する勢いで私をレイプしようとしてきた”生者”を殴ってましたよね?」


「あれは確かに殺しかけたが、いくら世界が豹変したからといってレイプするようなやつが悪い。お前の処女を奪おうとするやつが悪い。そもそも、弱いやつが死んで強いやつが生き残るのは道理というやつだ。法の統治がない世界だと当たり前の倫理だ」


「でも、相手は生者だったんですよ? 私一人の処女程度取られても死にませんが、生者を殺したらもう戻って――――」


「生者がどうした? 死者だろうと生者だろうと、私は来兎を害する存在を殺すだけだ。それに、レイプはそもそも正常な世界であっても犯罪だ。正直、身体欠損だけじゃなくてあのままゾンビの餌としてくれてやっても良かったんだぞ、あんなクソ男」


「……もういいです、降ろしてください。多少首を絞められたぐらいなんですから、自分一人で歩けます。それより、須天の様子でも見に行ってあげてください。あと過剰防衛だったことは謝っておいてください」


「しかし、校内にまだ他のゾンビがいたら」


「大丈夫ですから! 先輩に守られるだけの存在じゃないんです、私。……仮にそれで死んだとしても、先輩が生きているならそれで良いじゃないですか。いきがる私みたいな雑魚が死ぬなんて因果応報、このだと、それがですから」


 先輩はまだ何か言いたげな顔だったが、私を降ろしてくれた。そのまま先輩から距離を取るようにして、一人、ベッドのある保健室へと向かった。



3.

 保健室には、幸いにもゾンビはいなかった。私はさっさとベッドに入ると、不貞腐れるように布団の中にもぐった。布団の柔らかさはいつだって私を裏切らない。しばらくして遠くから死体を燃やす音が聞こえてくると、私はどこか孤独感を覚える。

 勝手に拗ねて勝手に孤独感を覚えているなんて、自分のことながらクソだと思う。先輩よりもクソだ。礼素くんのように相手の優しさに応えられる雑魚だったら良かった。そうだったら、私はまだまともな雑魚になれた。面倒な人間にならなかった。それか、私と先輩の立場が逆だったら。私が守る側で、先輩が守られる側だったら良かったのに。存在しない逆転を想像しても仕方ないのだが、つい思ってしまう。

 

 それから一眠りして目を覚ますと、部屋の中で須天が寝ていた。この流れでいるのなら先輩だと思っていたのに、と思っていると、私が起きたのに須天が気付く。


「なんであんたがいるんですか」


「……ああ」


「やけに大人しいですね。何かあったんですか?」


「…………礼素に、怒られた。お前の息を止めようとしたことだけじゃなくて、今までキスについて普通じゃないことを黙っていたことを」


「それは……そうじゃないですか。むしろ、今までバレなかった方が異常でしょ。礼素くんが友達にそのことを聞いていたら、一発でバレていたこと間違いないです」


「……ああ。でも、怖かったんだ。礼素は善性の人間だ。まだ純白な人間だ。それに”初めて”を”奪う”のが俺で良いのか。あいつは俺しかいないからそう思っているけど、普通に顔も性格も良いんだぜ? だからさ……お前や捨螺センパイみたいな人間に”初めて”を”奪われた”方が、その純白を”奪ってくれた”方が、俺みたいな後ろ暗い人間が”初めて”を”奪う”よりも良いんじゃないか、って」


 やっぱりヘタレだったんだなと思った。いや、ヘタレというよりは見た目に反して「奪う」ことに対して繊細というか。なんとなく、その姿が先輩と重なった。先輩も怖いのだろうか、私を他の誰かに奪われることが。だから、異常なほどに過保護になる。私を害なす相手に対して過剰な防衛を取り勝ちになる。その気持ちは理屈としては分かる。でも、私は生者に対しての執着を消すことができない。例え処女を失ったとしても、誰かを助けることができるのなら、喜んで差し出すと思う。だから、先輩と私は分かり合うことができない。いくら話し合っても平行線だろう。


「でも、それでも……悩んでいても、事態は解決しないです。行動することが良い事なのかは分かりません。それが最悪の事態を起こすかもしれないし。でも、行動しなければ結果は変わらないんです。世界は時間は動いているから変わるかもしれないけど、それでも、時間が解決してくれるのは感情の熱量だけで、事実は行動しないと変わらないんですから」


「それはお前のただの考えか? それとも、お前のから来る実感なのか?」


「両方、なのかもしれないです。……動かなければ、欲しかった未来はいつまで経っても手繰り寄せることができないんです。例え、それでも行動しなかったら、を償うことすらできないんです。正しく憎まれる”役”にすらなれないんです。……きっと」


「憎まれる”役”、ね……分かった。俺はちゃんと謝りに行く。だから、お前もセンパイと仲直りしてこい。ちゃんと自分の”役”を演じてこい」


 布団の上から引きずり出されると、私は首根っこを掴まれた。今度は口を押さえつけられることはなく、丁寧に触れてくれた。さすがにここで「触れるのは禁止」と言うのも野暮かと思って、黙っておいてあげた。



4.

 空き教室に姿が見えたので向かうと、先輩は教室の真ん中で愛用のナイフを研いでいた。私はその姿に気付くと、先輩は一瞬だけ眉を上げたが、すぐにナイフへ目線を戻した。私は先輩に姿に呼吸を整えると、先輩の隣に座る。


「先輩……あの」


「謝られることはない。私は……また来兎の嫌がることを言ってしまった。私は無神経だ、ダメ人間だ。言葉足らずだ」


「ちが……先輩が無神経で頑固で言葉足らずなのは否定しませんが、ダメ人間ではないです。それで、あの……さっきは勝手に拗ねてすいませんでした。あの時もさっきも先輩は私を助けてくれようとしたのに、その思いを全然考えられてなくて」


「……違う。私が来兎を助けようとしているのは、酷くワガママなエゴなんだよ。私は自分のエゴのために行動している。それだけの酷いやつだよ」


「それだったら、私も自分のエゴのために行動しています! 先輩と、同じです」


「そう……同じ、なんだ。だったらさ、来兎は私のために死ねるの? もしもゾンビに襲われたとして、自分の命なんてどうでもいいって捨てられる? そんな風に狂った衝動の中で生きている、同じ生物ヤクだっていうの? ねぇ! ねぇ!」


 先輩は私を押し倒すと、首筋に愛用のナイフを当ててきた。私はこのまま殺されるのだろうかと思った。ただ意味もなく死ぬのはもちろん嫌だ。死は苦しいから。あるいは、あの人間のようなものみたいに死後の肉体がこの世に残っているという事実が嫌だ。それだったら、死んですぐに火葬された方が良い。

 燃やして、塵だけ残った炭素のカスになった方が良い。頭蓋骨と燃え残った骨だけの方が良い。そうしていつか地に還って、そこでまた先輩と出会えることを祈る。そんな未来を夢想していた方が良い。私は先輩のナイフを手で掴むと、掌の痛みを堪えながら先輩に向かって「違います」と首を振る。


「私は先輩と同じ生物ヤクじゃありません。同じ思考を持った生物セイブツじゃありません。だから、先輩を尊敬しているんです。私は先輩みたいに特定の誰かだけに対して命を使うことは約束できません。クソ雑魚な癖に。……多分先輩とあの男二人のどちらかを助けることができるなら、私はあの男二人を選びます。少しでも多くの”生者”を助けられる方を選びます。そのぐらい、生者に弱いです。執着しているんです。その本質は、は、変わることができないんです。だから……そんなワガママでエゴまみれの私で良いなら、その……先輩の隣に居させてくれませんか」


 先輩は私の顔を見ると、珍しく鼻で笑った。そして、私の手からナイフを放させた。そのまま舌先で私の傷口を舐めてくる。苦痛に顔が歪む。でも、その痛みは気持ち悪いものではなかった。むしろ、気持ちが良かった。先輩はそのまま犬のように首筋を舐めてくると、軽く甘噛みをしてくる。思わず「……っあ」と声を漏らすと、先輩は普段は見せないような笑みを見せた。


「せんぱい、って……サディストなんですか……?」


「違う。でも、たまには役を交代してマゾヒストになるのも良いかもしれないな。いわゆる……”受け”というものをそうすれば、全く違う生き物なりに分かり合えることがあるかもしれないしな」


「先輩、役を交代するのは良いと思うんですが、マゾヒストと受けの互換性はニアイコールぐらいです。絶対そうというわけじゃありません」


「そうなのか? まぁいい。ともかく、今は私がサディストの役で来兎がマゾヒストの役だから。……もっと、来兎が痛みによがる顔を見せて?」


 月明かりに照らされる彼女の犬歯を見ると、私は未来にやってくる心地よい痛みを想像して頬を緩ませた。


 それから数時間後。先輩が私にキスを迫ってきているのをどうにか交わしていると、空き教室にどこか様子のおかしい二人が入って来た。急いで何もしてなかったフリを二人でとる。

 礼素くんはまるで貧血気味のような顔で須天の身体に体重を預けている。私と同じように心地よさそうな顔をしていた。私も真似して先輩に体重を預けてみる。すると、今度は負けじと須天が礼素くんをお姫様抱っこしてきた。私も負けじと先輩にお姫様抱っこをやってもらおうと思ったが、全然やってくれない。「ちょっと先輩!?」と言うと、ツンとした顔でこう言った。


「ほら、”役交代”。たまには私もそういう役から外れてみたいから」

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