第六球 冬だよ
※この作品は、おくとりょう様主催の自主企画『第一回キャッチボール小説マラソン大会』にむけて書かれたものです。したがって、おくとりょう様の書いた「第五球 白昼夢」の続きとなっております。
「第五球 白昼夢」は以下URLから
https://kakuyomu.jp/works/16817139555266066744/episodes/16817139555891477930
『第一回キャッチボール小説マラソン大会』要項はこちら
https://kakuyomu.jp/user_events/16817139555566238264
◇◇◇以下、第六球本文◇◇◇
(雪って、六花っていう別名があるんだって。雪の結晶が六角形だからそう呼ぶんだって)
そういう話を、ついこのあいだお母さんとした。この間私の浴衣を買いに行ったとき、雪の結晶柄があって凄く珍しいなと思った。暑い夏にあえて冬の柄を着るのがおしゃれなんだってお母さんは激推ししたし、私も素敵な柄だなとは思ったけど、結局オーソドックスな朝顔の柄に決めたのだ。
浴衣の柄、美術館の氷筍。お母さんは冬が好きで、冬っぽいものが好きで、私に冬の話をしようとする。夏に冬のことを思い出させようとする。そうなったのはいつからだったっけ。
冷たい風と雪に吹かれながら、私はそんなことを考えていた。
「冬だよ、みどり」
私に「おかえり」と語りかけた女の子が――深雪が、吹雪に髪を弄られながらつぶやいた声は、耳の中で妙に鮮やかに鳴った。
「今は冬なんだよ」
「――じゃないよ、今は夏……」
「うん、夏だね。廊下が一番涼しいの、わかるぞ」
頬をぺたぺたと叩かれている。目を開けると、すぐそばにお母さんの顔が見えた。
「だからってこんなところで寝ちゃだめ! 風邪ひくよ」
「うーん」
私は体を起こした。鏡の前の廊下に寝転んで、そのまま寝入っていたらしい。それを、仕事を終えて戻ってきたお母さんが見つけたらしい――らしい。
「倒れてるのかと思ってびっくりしたんだから! 川辺は直射日光ガンガンだし暑いしで、今日は疲れたんだね。でも廊下でごろ寝はダメ。次から自分の部屋のベッドで寝ること」
「……わかった。うー、首が痛い……」
確か首を痛めたのって、夢の中の話じゃなかったっけ――私が首すじを撫でながらぼやくと、お母さんは「あんなとこで寝てるからよ~」と言い、それから私の顔をまじまじと見て、「ほっぺにすごい跡ついてる!」と大笑いした。私もつられて笑った。
「あー、今日はお母さんも疲れた! へとへとに疲れたので、わたくしは今日晩ごはんの支度を諦め、『フードマーケットにしの』でちょっといい冷凍カルボナーラと、ちょっといいサラダを買ってきてしまいました。晩ごはん、これでいいよね?」
「もちろん!」
「フードマーケットにしの」のちょっといい冷凍カルボナーラが嫌だったことなんて一度もない。お母さんがサラダの取り皿を出している間に、私はパスタを電子レンジで温め始めた。
「フォークも出しといてくれる?」
「はーい」
昼間あれだけ食べたのに、おいしいものを見るとまたお腹が空いてくるから現金なものだ。テーブルを拭き、引き出しからカトラリーをとって並べ始めた。よく磨かれた木のテーブルに、ふたつの人影がうっすらと映っている。
はっとして顔を上げた。お母さんは食器棚からグラスを取り出している。あそこは食卓に影が映るような場所じゃない。食卓の近くにいるのは私と、
まっすぐな黒髪の、分厚いコートを着た女の子。
途端に冷たい風が吹き始める。女の子の冷たい指が私の指に触れる。声が出ない。それでもきっと私の口は「みゆき」と動いた。
「冬だよ、みどり」
グラスを手に持ったお母さんが、こちらを見ずに呟く。
「楽しかったね、家族ごっこ」
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