第四球 深雪

※この作品は、おくとりょう様主催の自主企画『第一回キャッチボール小説マラソン大会』にむけて書かれたものです。したがって、おくとりょう様の書いた「第三球 その川にて」の続きとなっております。

「第三球 その川にて」は以下URLから

https://kakuyomu.jp/works/16817139555266066744/episodes/16817139555765902550


『第一回キャッチボール小説マラソン大会』要項はこちら

https://kakuyomu.jp/user_events/16817139555566238264


◇◇◇以下、第四球本文◇◇◇


 やっぱり今は夏だ。

 焼肉だらけの皿を平らげながら、私はごく当たり前のことを考える。太陽の熱、川のせせらぎ、バーベキューをするひとたちのざわめき。

 さっき川面に、灰色の空と雪をかぶった木々が映ったように見えたのは、きっと気のせいだ。

 この間お母さんと行った美術館の常設展示をふと思い出す。床一面の、ガラスで作られた氷筍の群れ。私もお母さんも美術館の非日常的な雰囲気が好きで、同じところにたびたび足を運んでいる。

「ここ、一年中冬みたいなんだよね。私は冬が一番好きだな」

 林立するガラスの小さな柱を眺めながら、お母さんはそう呟いた。その横顔を見ながら、このひとは冬が一番似合うな、と思った。深雪という名前の由来になった、自分の生まれた季節のことを、お母さんはしつこいほど好きだと言っていた。


 あのひとは、きっと冬に縁のあるひとだ。

 新緑の時期に生まれたみどりと出会って、あまつさえ一緒に暮らしているという今の状況は、私たちが思っている以上に微妙なバランスで成り立っているのかもしれない。


 結局、お母さんはバーベキューに間に合わなかった。私のスマートフォンに『ごめん! 晩ごはんまでには家に帰ります!』というメッセージが送られてきたのを見せると、祖父母は少しがっかりしたらしい顔を見合わせた。

「まぁ、仕事ならしかたないわね」

「またやればいいさ、バーベキューなんか」

 それがいい、と私も思った。今度こそお母さんと、おじいちゃんとおばあちゃんと、明るい川辺でバーベキューをしよう。好きなだけ肉を焼いて、アイスを食べて、冷たい清流に足を突っ込んで騒いだりしよう。

 いかにも夏らしく。

 道具を片付けて車に積み込む。そのまま私たちの家まで送ってもらった。

 車に揺られていると、体の中に溜まっていた夏の日光がぽかぽかと頭を暖めて、ついつい眠くなってくる。黙って窓の外を眺めている間に、私はいつの間にか寝入ってしまった。


 夢を見た。

 見たことのない山小屋のポーチで、同い年くらいの女の子と並んでベンチに座っている。

 外は一面の雪景色だ。少し離れたところにある松の林が、雪の中で真っ黒い固まりのように見えた。

「本当はずーっとここで生きて死ぬかと思ってたのにね」

 女の子が耳元で囁くように言った。私は古いコートに手編みのマフラーを巻き、それでもまだ寒さに震えていた。

「でもしかたないね。みどりに出会ってしまったもの」

 女の子はそう言って、白くすんなりとした両手で私の手を包み込む。暖かいようで冷たいようで、不思議な感覚がするのは、夢だからだろうか。

「あなた、誰?」

 私の問いに、わかってるくせにというような顔をしながら、女の子は「みゆき」と答えた。

 深雪お母さん


 私たちはいつ、どこで、初めて出会ったのだろう。


「みどり、ついたわよ」

 祖母の声で目が覚めた。

 いつの間にか家に着いていた。青くなりかけた夏の夕暮れの空を背に、私たちの家は真っ黒な影のように見えた。

「さむ……」

 夢を引きずっていたせいで、思わずそんな言葉が口をついて出た。

「そう? ちょっとクーラー効きすぎてたかしら」

 祖母が首を傾げ、祖父が「風邪ひくなよ」とぶっきらぼうに声をかける。

 車のドアを開けると、夏の蒸し暑い空気が一気に私を包んだ。

 まだお母さんは帰っていないらしい。私を下ろした祖父母の車が遠ざかっていくのを見送って、私は玄関の鍵を開けた。

 ひんやりとした空気が流れ出してきた。

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