返球

尾八原ジュージ 様

第三球 その川にて

前話『第二球 お母さん』

https://kakuyomu.jp/works/16817139555569791531/episodes/16817139555569901391


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 サラサラと流れる小川のせせらぎ。ゴロゴロと小石の転がる河川敷で。

 カンカンに照りつけてくる日射しは、まさに炎天下で、半袖の腕がひりひりした。それを撫でるように吹き抜ける川風が、ひんやり冷たく心地いい。

「……あれ?」

 一瞬、波打つ川面に妙なものが映った気がして、目をこらす。底が見えるほど浅い川。静かに流れるそこには、もう青空と岸辺の草がうっすら映るだけだった。


「ほーら、焼けたよー」

 明るい声に振り向くと、祖母がお肉と野菜が山盛りに積まれた紙皿を片手に微笑んでいた。こうばしい肉の香りに、思わず唾を呑みこむ。

 今日は祖父母の誘いでバーベキュー。真っ青な空の下でご飯を食べるのはどこか新鮮で、少食な私にもペロッと平らげられそうな気がする。


「……深雪みゆきさんも来れたら、よかったのにね」

「……うん」

『深雪』というのはお母さんの名前。ほんとは彼女も参加する予定だったのだけど、さっき急に職場から電話があって、行かなくちゃならなくなった。……ほんとは今日はお休みなのに。


「……っ」

 口をつぐんでいると、祖母が何か言いたそうな顔をした。でも、何も言わずにくるっと踵を返し「中学校の先生も大変よね」とだけ言って、新しいお肉を取りに車へ戻った。


 ……少し離れた場所にいる大学生グループから楽しげな歓声が響く。そんなに広い川ではないけれど、この河原にバーベキューをしに来ている人たちは他にもいた。……少し辺りの空気が煙たい。来てすぐのときより、混んできたのかもしれない。


 隣を見ると、祖父がじっと具材の並んだ網を見つめている。火加減も焼き加減も完璧に仕上げるBBQ奉行と化した祖父。


「……」

 彼はいつも無口だ。

 しかも、今日は彼と会うのが久々だったので、何だかちょっぴり気まずい。でも、何か話しかけた方がいいかなと思った私は、話を振ろうと頭を捻った。

 ――…えっと、おじいちゃんは何が好きなんだっけ。釣り?野球?サッカーだっけ?あー、どれもあんまり詳しく知らないや。昔は何を話してたっけ?おやつ?絵本?幼稚園のお話だっけ?

 そういえば、お母さんはいつもどうしてたっけ?おじいちゃんはお母さんには一層素っ気なくて、お母さんのことをあんまり好きじゃなさそうだけど、何か上手く話してた気がして…――


「――いつまでかかるんだ?」

 顔を上げると、私を見つめる鋭い瞳。

 悶々としていることがバレたと思って、ぶわっと冷や汗が噴き出した。息が乱れて、すっと血の気が引いたのが分かった。

「……深雪さんは何時ごろに仕事が終わるんだ?」


 あー……、『いつまで』って、そっち!?

「……来たときに、肉が残っていないと可哀想だろう」

 再び網へと視線を落とす祖父。

『夕方までかかっちゃうから、気にしないで』と言っていたことを伝えると、軽くうなずいて、山盛りお肉のお皿を私に差し出した。

 何だか少しホッとしたような、嬉しいような気持ちになって、手元に残っていたお肉を頬張る。冷めて硬くなっていたけど、私の頬はふにゃっと緩む。

「焦らなくても、まだまだたくさんある……」

 祖父の表情もつられて少し明るくなったような気がした。

「あら、楽しそうね。何の話?」

 戻ってきた祖母が、にっこり笑う。祖父は黙って、クーラボックスの缶コーラを取りだし、私にも1本差し出した。そっぽを向いて缶をあおる彼の耳がちょっぴり紅くなってる気がした。……コーラにアルコールは入ってないはずなのに。


 風がざーっと音を立てて、向かい岸の草を揺らす。また、どこかで大学生たちの歓声があがったあとに、川から魚の跳ねる音が聴こえた。

 ……やっぱり今日はいい天気だ。甘く弾ける炭酸をぐっと飲み干す。伸びするように天を仰げば、白い雲が私たちを見下ろしていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

次話『第四球 深雪』

https://kakuyomu.jp/works/16817139555569791531/episodes/16817139555860845840

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る