【キャッチボール小説】鏡は冷たく六花を誘う

尾八原ジュージ

第二球 お母さん

※この作品は、おくとりょう様主催の自主企画『第一回キャッチボール小説マラソン大会』にむけて書かれたものです。したがって、おくとりょう様の書いた「第一球 始まり」の続きとなっております。

「第一球 始まり」は以下URLから

https://kakuyomu.jp/works/16817139555266066744/episodes/16817139555527798261


『第一回キャッチボール小説マラソン大会』要項はこちら

https://kakuyomu.jp/user_events/16817139555566238264


◇◇◇以下、第二球本文◇◇◇


 車のドアを開けると、熱せられた空気がむわっと私の顔を襲った。

「ひゃー、暑いあつい」

 お母さんは運転席に座り、エンジンをかける。「エアコンつけないとやってられないね、みどり」

「ほんと」

 私は後ろの席に座ってシートベルトを締める。

「遠いの?」

「そんなに。十分くらいかな」

 車はゆっくりとスタートする。私はヘッドレストに頭をのせて、昨夜見たもののことを考えた。

 鏡の中に広がる雪景色。

 あれはいったいなんだったのだろう。


「お母さん」をお母さんと呼ぶまでに、さほど時間はかからなかった。そのかわり、私の呼ぶ「お母さん」に実感が込められているかはわからない。

 物心ついた頃にはもう実の母は亡くなっており、私は幼少期を父と祖父母と共に過ごした。不自由を感じたことはない。たぶん。あったとしても、それは今思いだそうとしてぱっと出てこない程度のものだ。

 お母さんが我が家にやってきたのは、私が小学生三年生になった年の冬だった。問答無用、という感じで、今思えばどうかしているレベルの強引さだったと思う。

「みどりちゃんのことは、今日からみどりと呼びます。敬語も禁止です。じゃない、禁止だぞ」

「お姉さんのことは何て呼べばいいの?」

 その女性はストレートヘアをなびかせながら「お母さん」と名乗った。

 お母さんは父と結婚し、私と養子縁組をして法的な家族になった。はっきり言って実の母にほとんど思い入れのない私は、思ってもみなかったほどスムーズに、この「お母さん」を受け入れることができた。

 要はうまがあったのだ。ともすれば歳の離れた姉のように見える彼女を、私は何度も確かめるように「お母さん」と呼び、お母さんはそれに応えるように「みどり」と呼んだ。

 そうして一年が過ぎた頃、父が亡くなった。再婚したときには、すでに余命がわかっていたのだ。

 そして今、私はまだお母さんと一緒に暮らしている。なかには色々うるさいことを言うひとたちもいるけど、私たちはこれでいいと思っている。


「ねぇお母さん、あの廊下にあった鏡って……」

「ん? さっき見てたやつ?」バックミラーの中から、お母さんが私を見る。

「なかなかカッコいいでしょ。あれね、こないだ実家からもらってきたの。アンティークなんだって。やっぱりあのくらいの大きさの姿見があった方が……」

「あの、あのね」

 ふと続きをためらう。

「……? あっ、そろそろ着くよ」

 お母さんの言ったとおり、前方に目的地が見えてきた。


 このひとは一体なにものなのだろう。今更のように私は考える。

 あの鏡の中、一面の雪景色の中に佇んでいたのは――つまり鏡に映っていたのは、私ではなかった。

 あの黒くてまっすぐな髪を持つ、私に似ても似つかない少女は、今運転席でハンドルを握っている女性にそっくりだった。

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