第5話お姉ちゃん
次々と向かってくる異形の核に貫き手を突き刺すと核を破壊していく。
ヘドロのような瘴気が解かれると生徒たちが校庭に倒れてこむ。
「千景。せめて女子生徒だけでも――避難させてッ! くれッ!」
鬼の集団の攻撃を紙一重で掻い潜りつつも的確に核を破壊していく。
抜き出した核は空気へ溶け込んで消滅していく。異形化が解除された生徒はその攻防の邪魔でしかなく足元に倒れた生徒が女子優先で千景の手により離されていく。
「呪鬼解放・
右の指先だけ解放された鬼の指先が鋭く伸びると数体もの核を同時に貫通していく。
そのまま右へ薙ぎ払うと複数体もの胴体が切り割かれ溶けて行く。
もちろん物質に影響のある攻撃ではなく幽世にある存在だけを切り割いている。
次々と元に戻る生徒たちの避難に間に合わなくなってきている、どうにか移動をしようとするも巧妙に間合いを詰めてきている。
なにかに操られているように行動をとっている鬼に不審に思うもどうにもできない。
そのとき目の前の鬼が殴り飛ばされ応援に駆け付けた無名が現れた。
「大変っすね~、こちとら同僚がやられたっスよ」
やはり気の抜けた喋り方であるが現在の状況での助っ人は鬼遣としてもありがたいようだ。
「助かる。どうにか数を減らしていきたいのだが……超常特務課の応援はどれくらいで来る?」
「たぶん、そろそろと思うっスけどね。ま、頑張って減らしましょ」
「それにしてもどこかに核があるはずなんだが見当たらない。無名はなにか心当たりはないか?」
「ないっスね――」
「そうか……とにかく殲滅するしか――」
発砲音。
鬼遣の腹部から血液が流れだしてくる。
二発、三発、と撃ち込まれる度にドロドロと零れだす生命。
口から血液をゴポリと吐き出しながら無名の方に視線を向けるとニタリと笑みを浮かべているヤツの顔が見えた。
「――だぁって、核は僕なんですから」
拳銃の弾倉に込められた弾丸を全弾鬼遣に念入りに打ち込んでいく。
心臓は愚か重要臓器に損傷を追っている事が見て分かるほどに血でドロドロだ。
唯一頭部を破壊されていないのはその左目に鬼が潜んでいることが情報として伝わっているのか回避されているようだ。
「ちーっと鬼遣さんはやり過ぎたんスよ~。商売あがったり何で――ちょっと死んでくださいな」
無名が自らの擬態を解くと腕や足、顔などがからからに干からびて行く。その姿はまるでミイラのような姿であった。
「……――ッ!」
声にならない声を発するがそれは届かない、生徒を避難させている千景に訴えているのか無名に罵声を浴びせているのか。
そこへ戻って来た千景が倒れ伏す鬼遣を目撃すると口を開けて絶句する。
「あーあー、彼女さん戻ってきちゃったんスカ――運が悪い事」
干からびた指の爪が伸びるとあっさりと千景の胸を貫いた。
プシッという音と共に心臓から押し出された血液が穿たれた穴から噴き出してくる。
「――――ッ!!」
憤怒の表情で力の入らぬ体を動かそうとするも言うことを聞いてくれない。
トサリと校庭に倒れる千景の瞳の光は段々と消えて行っている。
「これで就職先を変えなきゃいけないっスね。まあ所詮刑事なんてガラじゃなかったし」
なにが面白いのか笑いながらも倒れ伏す千景の頭を足で押さえつけるとグリグリと地面に押し付ける。
呪い殺すような眼差しを無名に向けながらも鬼遣何かを呟いている。
「ん? なに言ってるんスカ? あー彼女とのお別れの言葉っスか――まじウケル」
「…………――呪鬼……完全……解放」
かつて最強と言われた鬼の鎖が解放された。
◇
鬼遣の身体は禍々しい赤黒い瘴気に包まれ巨大化していく。その姿は輪郭だけを見れば女性体であり、妙な美しさがあった。
身体が痙攣しつつ三メートル程の巨体へと変貌する。
赤黒さが引いていくとその姿は妙齢の美女の姿でありこめかみには大きな角が生えている、その姿はまさしく鬼の姿であった。
目を開いた鬼は腕や足の感覚を確かめるとゆっくりと伸びをするとチラリと無名へと視線を向けた。
凄まじい圧力が鬼より発せられておりミイラの姿である無名は声すら出せていない。
その視線だけでも数多の生物を殺しかねない凶悪さとは裏腹に妖艶な雰囲気は留まるところを知らない。
「んー、久しぶりねぇこの体も。フツったら二十年近くもお姉ちゃんを呼ばないなんて冷たい子ね――さて、わたしの愛しい義弟を甚振った糞はどこのどいつだ……あ゛ぁ!?」
「ッ!!」
重圧を伴った眼光に周囲の小物の鬼も無名も冷や汗を流すことしかできない。
「てめえかぁーッ? わたしがきいてんだッ! とっとと答えろックズッ!!」
虫を払うような動作だけで周囲の鬼諸共無名の腕をミンチへと変える。
その衝撃波が発生するだけで校庭の地面が削り取られていく。
「ッ! は、はいッ! ぼ、僕っスッ!」
余りの剣幕に答えなければ命が無いと反射的に認めてしまう。
「あ゛あ゛ぁん!? それ、てめーの身体じゃねえじゃねえか……コソコソしてんじゃねえぞッっと」
空間を握りしめる動作を行い手前に握りしめた腕を引くと何もない空間から本体である無名が引きずり出されてくる。
「え――」
「よーぅ。こんにちはお兄さんッ!! ウチの義弟への貸しは億万倍にして返してやっからな? ありがたーくうけとれッよぉ!!」
側面からローキックを放つと面白いようにボキボキと骨が折れる音が響き渡る。
「ぎゃああああああッ! やめ、やめてぇ」
「ああ? クソボケが。うちのフっちゃんもっと痛い目にあったんだ。これで済ませるわけには――いかないよっと」
倒れる無名の手の甲をグリグリといたぶるように踏みつけると地面に肉片を土をごちゃまぜにすり潰していく。
その時視界内には倒れる千景が鬼と化している義姉、ミタマの目に入る。
「あー、この子なかなかフッちゃんのいいとこ理解してて献身的な子ね。もー死にかけてるじゃない――そうだ、いい事思いついた」
裂けた口を大きく開くと思いっきり周囲の瘴気を吸い込み始めるわらわらと校庭に佇んでいた鬼たちの瘴気が引きはがされミタマに集まって来る。
瘴気が凝縮されると口の前に黒い飴玉のようなものが出現する。
回収が終わると手のひらに乗せられた黒い玉にミタマの握りしめた右手から血液が大量に吸収されていく。
それを胸元に空いた穴に向けてねじ込み始めるミタマ、千景の身体は痙攣を始めると赤黒い霧に覆われ始める。
「よっし。これで血を分けた眷属の完成ッ! やっぱお姉ちゃんって義弟思いだわー。フフッお嫁さん選びは任せなさいよねフッちゃん」
眷属の出来栄えにうんうんと頷いていると無名が這いずりながら逃げようとしているのが目に入った。
「てめッ! なに芋虫みてぇに逃げようとしてんだ!? 貴様の行くところは無間地獄に決まってんだろうよ!!」
指を弾くと無名の目の前に禍々しい門のようなものが出現する。
ゆっくりと開くと口では表現できないようなおぞましい手のようなものが無名の足を掴み取る。
「いやだいやだいやだいやだいやだいやだ――」
「さっさといけやボケッ!!」
爪が割れようとも地面にしがみ付いていた無名の顎先を蹴り砕くと門の中へ蹴り込むミタマ。
罪人である無名が飲み込まれると満足したようにゆっくりと門が閉じて行く。
「可愛い義弟であるフッちゃんの敵も掃除できたしそろそろ寝ようかな――早くわたしを迎えに来てね……」
ボロリと腕が赤黒く変色すると地面へ体が落ちて行く。
三メートルもの巨体が維持できなくなりつつあるようだ。
「――愛してるわ。フツ……」
◇
目を開くと周囲が騒がしく、数多くの生徒たちが救急車によって運ばれていく。
中には明らかに四肢を欠損しており命の失われた躯になっている者もいる。
すぐさま千景を探しに行こうと体を起こそうとするも言うことを聞かない、視線を彷徨わせていると隣には鬼遣の腕を掴んで寝ている千景の姿が視界に入る。
意識を保つのも億劫になっている鬼遣ゆっくりと息を吐き出すと掴まれている千景の体温を感じる事だけに集中する。
最後に封印されている鬼を開放したところまでは覚えてはいるがそれ以降の記憶がさっぱり存在していない。
なにがどうなっているのか状況を把握するために刑事に聞かなければいけないとボンヤリと考える。
この体の回復力が妙に上昇しているのか段々と身体が指先から動くようになってきている、小一時間程安静にしていると漸く体が動き出す。
鬼遣と千景は緊急で建てられた救護室に寝かせられていた為、外に出ると戸車という刑事が気づき声を掛けてくる。
「もう大丈夫なのか? とんでもないことになったな……同僚も多数死んじまった……そういえば無名を見なかったか? あいつも対処していたと思うんだが」
「……戸車さん。元凶はあいつでしたよ。ココに撃たれた跡が残ってるでしょう? 鬼を呼んだのも取り憑かせたのもあいつでした――早急に組織内部を洗って下さい」
「ッ!! たしかに服を貫通してやがる……わかった。まさか内部にこんな凶行に及ぶ奴がいたなんて信じられねえが……慎重に動くしかないな」
同僚が皆無くなって冷静ではいられないのかかなり動揺している戸車刑事。
高校の校舎は完全に封鎖されることとなり、報道すら禁止されている。
過去に類を見ないほどの犠牲者を出してしまった事件だからだ。
しかしSNS上には生徒が変貌し襲い掛かっている動画が拡散され日本中で話題となってしまっている。
見えざる“モノ”は認知されれば存在が強固になるし現出しやすくなる。
これから様々な超常が出やすくなってしまうだろう。
鬼遣額に手を当てると深く息を吐き出してしまう、この状況を見て他人事ではいられないからだ。
いくら原因が警察側にあろうとも油断してしまい千景も危険に晒してしまった。
おそらく義姉であるミタマが何かしら手を打ってくれたのだろうか……と左目に感謝の念を送るも複雑な気持ちには変わらない。
愛しい姉。愛してしまったヒト。
幼い恋心と変貌し鬼と化した姉の姿。
討滅すべき鬼に助けられる相反する複雑な心に折り合いはなかなか付けられずにこの年齢になっても悩む始末だ。
義姉には変わらない。だが本質は鬼だ。
この体が犠牲になろうとも彼女が幸せになるのなら……と何度考えたに違いない鬼遣。
考えがまとまらず頭を抱えてしまうが問題を先送りにするしかないとひとまずの解決策を出す。
慌てて連絡を取り始める戸車の後姿を眺めながらぐしゃぐしゃに潰れている煙草を指先で伸ばすと火を付けた。
肺に落とし込んだ煙は鬼遣の脳内を幸福で満たしていった。
こちら鬼遣探偵事務所 世も末 @k2s200
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