第4話容疑者の監視

 千景が通う高校の向かいにあるビルの屋上には鬼遣と刑事数人が容疑者の監視のために張り込みを行っていた。

 刑事の中には若手であり超常特務課へ出向してきた無名むみょうという人物か気さくに鬼遣へと話しかけていた。

 苦笑いをしながら対応してはいるが鬼遣はあまりコミュニケーションを得意としていない。


「高校生見てると青春って感じがするんすよねー、鬼遣さんの若いころどうでした?」


 生返事で適当に返してはいるのだがとにかく永遠としゃべり続けて来る。


 初対面で握手をしたのだが異様に手が冷たい事を指摘すると『手が冷たい人間は心が熱い証拠ですよ』とにこやかに返されてしまった。


 他の刑事たちも無名がこのような性格なのを把握しており苦笑いでこれでも優秀なんだと聞かされると無下にも出来なかった。


 本人曰く異能者なのだが基本的に能力は対人関係では知られると致命的に場合がある為秘匿されている。

 笑顔で喋っている割にはドス黒い印象が拭えないのは能力の由縁なのだろう。


 たしか鬼遣の雰囲気ですら堅気の空気ではない、とくに右手の周囲には見る人が見れば瘴気すら纏っているように見える。


 話しかけられているが気を取り直すと教室内で授業を受けている様子の容疑者の観察を開始する。


 一見普通の高校生だが千景からも感じた粘性を伴った何かを感じる。


 おそらく近づけばより鮮明に判断できるだろう。


 別の教室に目を向けると真面目に授業を受けている千景が見えた、普段の行動からは想像できないほど真剣に取り組む姿をみると少し誇らしく思えた。


 刑事たちから差し入れの昼食を渡されると休憩を挟みながら張り込みを続けた。







 千景が学校で母親に作ってもらったお弁当を机に広げていると教室内が俄かに騒がしくなり始めた。

 

「きゃあああああああああああッ! やめて!」


 騒ぎの原因である教室の入口へ目を向けると容疑者として監視対象である後輩が異常な目をしながら同級生である女子の制服を脱がそうとしていた。


 涎を垂らしながら制服を引きちぎりブツブツと何かを呟いている。


 周りの同級生であろう男子生徒が取り押さえようと何度も殴りつけるも効いていない、逆に髪の毛を掴まれたり壁に叩きつけられ負傷している。


 千景は瞳を集中させ後輩を再び視界にとらえるとヘドロのようなものが後輩を覆っているのが確認できた。


 すかさず鬼遣の携帯に連絡を入れる。


「鬼遣くん! でたわよ、今容疑者が暴れているわ。これを口実に取り押さえることができるんじゃないの?」


『了解した。すぐに向かう』


 通話が終了するとスマホをポケットに直し状況を冷静に観察する。


「わたし基本補助しかしたことないし荒事苦手なんだけどね。だけど――やるしかないよね」


 今にも下着を脱がされ泣き叫び犯されそうになっている同級生をみて決意した様子の千景。

 こめかみに力を入れると小さな角が少しだけ伸びて来る。


 ビキビキと体中が軋み筋繊維が膨張する。


 左の手の平を前面に向け握りしめた右拳を引き構える。


 右足で床を踏みしめ勢いよく移動し押しかかっている後輩の後頭部に向けて右拳を打ち下ろした。


 ボグンッと人体から発してはいけない音が聞こえると共に後輩の顔面が床に叩きつけられる。


 追撃のストンピングを二度、三度と繰り返し動かなくなるまで続けた。


 周囲は千景の凶行に静まり返りシンとなっている。


 震えながら千景を見つめる女子生徒に羽織っていたカーディガンをかけてあげると手をパンパンと叩き気を取り直させる。


「ほら、まずは怪我の手当とこいつを縛るものかなにかない? そのままじゃまずいでしょ」


 千景事態に超常を破壊したり払う事はできないが物理的に鬼の力を多少使うことはできる。


 容疑者である後輩は気を失ってはいるがヘドロみたいな瘴気に対しては対処できていない。急ぎ鬼遣の対処が必要なのである。


 慌てた生徒たちは先生を呼びに行ったり容疑者の上に乗り押さえつけながら対応を行い始める。


「早く来てくんないかなぁ……なんかヤバそう」


 ビクンビクンと痙攣を始めた容疑者は再び暴れ始め抑えが効かなくなってきているのが分かる。


 ドロドロしたものが纏わり付き始めると顔つきが段々と変わっていき、二十代後半の男性の顔つきへと変貌していく。


 周囲の生徒もその様子に恐れ慄き思わず抑えていた手を放してしまう。


「鬼遣くんが増えちゃった……わたし的には嬉しいんだけど中身があれじゃねえ……」


 成人男性へと変わり果てた容疑者は白目を剥いたまま唸り声を上げ始めた。


「グルルルルアアアアアッ! チカゲッ! チカゲッ!」


 千景を視界にとらえると名前を呼び続けている。標的にされたようだ。


「鬼遣くん以外にはモテたくないなぁ……」


 変貌した容疑者はしゃがみ込み素早く千景に飛び掛かって来る。


 異常な脚力で飛び掛かってくるも千景は交わすと配置されている机などを巻き込み派手に転がっていく。


 異常を感じた生徒は廊下を走り逃走を開始するも手当たりしだいに放り投げられる机などで倒れ伏せる。


 千景は逃げる同級生の為に気を引くために応戦を始める。


 教室内では机が飛び交う異常な状況が繰り広げられている。


 教室の窓ガラスが割れ破片を躱すことに気を取られた千景に凶悪な飛び蹴りが迫る。


 ――しかし鬼遣の右腕がそれを防ぐ


 鬼に反応しているのか呪鬼封布の隙間からは瘴気が漏れ出ている。


「すまない。遅くなったようだ」


「ほんとですよぅ。これはお詫びに期待しますね」


 鬼遣前蹴りを擬態した容疑者に放つと強制的に距離を開ける。


 後方に仰け反りガラ空きの腹部に追撃の掌底を叩き込む。


 終わらない連撃。


 壁に押し付けると攻撃の最中に解いていた右腕を展開し貫き手に構える。


 異形化をあえて進行させ左目に捉えている核に目掛け突き――刺す。


 物質を透過し核を貫くと溢れ出す煙のような瘴気。


 ギリリと握りつぶした核を腹部より抜き取ると変貌していた顔が元の男子高校生へと戻っていった。


 残心を忘れず構えていると刑事たちが応援に駆けつけて来る。


「大丈夫っスかぁ~?」


 かけて来た第一声が気の抜ける無名の声だったために思わずため息が出てしまう鬼遣。


 どのような状況だったかを伝えると容疑者が間もなく拘束された。


 意識を失ってはいるが自分がどのような行動をとっていたかは覚えているであろう。


 あの状態になれば本能の赴くままにしか行動できなくなってしまう。


 邪法に手を染めた人を殺したということに関しては明らかに悪だ。そしてそれを授けた元凶に関してはさらなる邪悪だろう。


「千景。大丈夫……ではなさそうだな……すまなかった」


「いいよー。これぐらいならすぐに回復できるし」


 千景は至る所に怪我を負っている状態だ。


 鬼化することにより怪我の修復は開始されているが血にまみれた女子高生の姿をみれば誰であれ心配する状況だ。


 すぐさま鬼遣手洗い場に向かい怪我で流れ出た血を洗いに向かう。


「あんま無理すんじゃねえぞ? 逃走と言う手段もあるんだ。生徒も大事だが俺はお前の方が大切だ」


「……嬉しい事いってくれるんだね鬼遣くん。口説いてももう落ちちゃってるし意味ないんだよー?」


「ならリップサービスだ。受け取っておけ」


「はいはい」


 千景の手当を始める鬼遣だが何か違和感のようなものが未だに消えていない。変貌した容疑者を確保したもののまだ解決していないと本能が警鐘を上げ続けている。


 怪我の手当をしている最中に学校中から何かガラスが割れるような音と叫び声があちこちから響き渡って来る。


 急いで先程の現場に向かおうとすると刑事が数人がかりで見覚えのない生徒を押さえつけている、抑えられている生徒の目には狂気の光が宿っている。


 その生徒の額に無名が手を当てると段々と沈静化していき生徒は意識を失った。


「ふう~、これ結構疲れるっス。ちゃっちゃと次行きましょ~」


 何かしらの能力を使ったのか無名が疲れた様子で首をひねっていた。有能であることは間違いないのだろう。その性格以外は。


 学校内に暴走している生徒が多数見受けられておりあちこちで混乱が起こっている。


 なんとか無事に校庭に逃げ出した生徒からも暴れ始める者がいる始末だ。


 前日の現場の際でも世話になった刑事、戸車とぐるまに鬼遣が声を掛ける。


「コレ、異界化始まってますね。どこかに核があるとは思うんですが……超常特務課に応援呼んでます?」


「とっくに呼んでいるッ! どうにかできないか!? このままじゃヤバいんだろう……?」


「ええ、不味いですね。かなりの死者が出ますよ。ですが核が見当たらないんですよ……明らかに人為的ですねコレ」


 傍に控える千景に探って貰ってはいるがいかんせん辺り一帯瘴気まみれで判別しにくい。

 殺し破壊することが専門分野の為に探知や探索などの能力は千景よりも格段に落ちる鬼遣。そういう意味ではベストパートナーではあるのだが。


 そうこうしているうちにとうとう生徒たちの姿までが鬼のように異形化を始め触れられた他の生徒たちにも感染するように増えて行っている。


「とりあえず刑事さん達みんな逃げた方がいいですよ――戸車さんも。あれに触れただけでも同じ異形になりますよ」


「あれが鬼ってやつか。こんな状況にならなきゃ見えないってのは辛いものがあるな。つまり俺に見えた瞬間にはもう手遅れってことか……」


「まあ、そんな嘆かないでください。なんとか……できるといいなぁ……」


 いつも千景のなどには強気の鬼遣ですら鬼の数が百を超え始めこちらに向かってくる状況は危険な部類に入る。


 刑事たちの姿が見えないことから恐らく無事なものはもうすでにほとんど残っていないだろう。


「戸車さん早く。もう他の方は手遅れみたいです、なんとか解放できるように頑張ってみますけどね人死にが出たら証言してくださいよ?」


「もちろんだ。先程から撮影をしている。こんな最悪な状況だって全力で訴えてやるよ」


「心強いこって。――千景。ちょっと危険だが付いてきてくれるか?」


「もちろんですよ。だ・ん・な・さ・ま」


 左腕に大きな胸を押し付けて来る千景に苦笑いをしながらも眼前の異形の集団に向き合う鬼遣。


 すでに右腕の封布は解かれ赤黒く脈動している。


 千景のこめかみにある小さな角も今まで以上に大きく変化すると全身の筋繊維共に強化し始める。


 学校の校庭の中央に陣取っていると異形と化した鬼どもが大挙して押し寄せて来た。


 逃げることも可能だが異形と化した生徒たちの命は亡くなっているだろう。

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