第3話現場検証

 被害者は二十代の女性、ストーカー被害に遭っており何度も警察に届け出をしているが確固たる証拠は見つかっていない。

 ベランダに干していた下着や、鍵がこじ開けられたり盗聴器の設置されていたりと明らかに侵入の形跡はあるものの指紋や髪などの明確な証拠が出ずにお手上げ状態だったのだ。


 彼女の住むマンションはセキュリティが高く、部屋に向かうまで何台もの監視カメラが設置されていたにも関わらず侵入者の姿は捉え切れていない。


 今回友人の紹介で鬼遣探偵事務所への依頼の為に電話で約束をしていたが実際には会ってすらいない。


 数日前から友人が連絡が取れずに心配したところ管理人同伴のもと鍵を開けたところ無残な姿で発見された。


 部屋はかなり荒らされており強姦されたであろう女性の首元には手で絞められた跡が残っておりその指紋を照合したところ鬼遣フツが容疑者として挙がった。


 防犯カメラを確認したところ侵入するところもハッキリと映っており言い逃れができない状況だ。


 その件でこうして逮捕、拘留しているのだが取り調べをしている刑事はとても苦い顔をしている。


「刑事さん。言いたくはないんですがその犯行の時間帯には以前の事件についての会議にわたし参加していましたよね? 捕まえた警察がそのアリバイを証明するなんて笑えないんですが」


 証拠として提示されたカメラの映像には鬼遣が映っていたのだが犯行が行われていた日には警察署で一日中缶詰状態であったのだ。


「……言うな。そもそも犯人とは俺も思ってねえ。動機がねえしな。だがこうして証拠がバッチリ残っちまっててな。逮捕しねえわけにはいかないんだよ」


 苦々しい表情をする刑事も割と交友関係のある鬼遣に気まずそうにしている。


 過去に特殊な事件の解決する際に協力していたことがあるからだ、超常の出来事に対する慣れもある程度は理解もある。


「ひとまず勾留はするが立件できねえだろうな。警察がアリバイを証明しちまってるからな、即時解放もできるがそれには条件があるそうだ」


 片手でこめかみを揉みながら取調室の机をコンコンと指で叩く刑事。


「捜査に協力することが条件だそうだ。司法取引でも何でもないが今回の件はやけにキナ臭せえ。事件解決の前例のあるお前さんに協力させろだとよ」


 超常の関係する事件は過去にも起きているのだが解決する際には外部機関にあたる心霊、超常の組織に協力を要請している。

 近年多発する超常事件に対し警察組織にも超常特務課が開設されたほどだ。

 

 一般的にはその超常特務課は公表されていないが組織内では周知の事実だ。


 各組織から出向してきた人員が配属され訓練も開始されている。


「それとおまえさん未成年に手を出した件については言い訳のしようがないほど罪が確定しているんだが…………もちろん協力費は格安だよな?」


 千景との性交渉に件だろうと顔をしかめる、痛い所をついてくる刑事だと内心思いつつ苦笑いをする。


「ええ、ええ、もちろん警察様にはお世話になってますので格安で受けますとも……受けざるえないでしょ……はぁ……今月貧乏だな……」


 世間様には顔向けできない行為を行っていた為に財布の中身を心配しつつも依頼を受ける。その時その時の気分次第で依頼料が上下する為によく千景に怒られてもいたのだ。


 話が早いと嵌められていた手錠を外され、没収されていたスマホや財布などが返却される。眼帯や包帯はどういう者か刑事も分かっているために没収はしていない。


「んで、刑事さん。資料持ってこれます? あと千景も連れて来てもらっても?」


「それはいいがここで乳くり合うんじゃねえぞ?」


「そんな事するわけないでしょう。もう捕まりたくないですって」


 そういうなり刑事は部屋を出ていく。残された鬼遣はボソリと呟く。


「今度はどこのどいつの仕業だ……俺も恨まれたもんだねえ」


 鬼払いである一族は総じて他人の恨み辛みを買いやすい。

 

 具現化した鬼は人間の様々な感情の発露でもあるのだ。


 それを利用し金を稼いでる組織すらあり、鬼を払う事で不利益を被る者もいるということだ。







 警察署を後にしながら千景と殺害された女性の部屋へ向かっている。


 行きとは違い手錠は掛けられておらず隣には千景が座っている。


「鬼遣くんもとうとうお縄になっちゃうかと思ったよ。こんな可愛いJKに手を出しているんだから……」


 運転する刑事は耳を潜ませるも何も言ってこないがハンドルを指先でトントンと叩いている。なにか言いたいことはあるのだろうが。  


 彼とはそこそこ長い付き合いだが指先でなにかを叩くのはストレスが溜まった時の癖らしい。


 被害者の女性の資料を広げつつ会話をしているが千景の瞳は直接本人を見るか現場を見ないと死の気配は捉えることができない。


 千景に死体安置所にある女性の遺体見せると首元にまとわりつく影が確認できた。


 常人には出すことのできない特異な気配を感じたため直接現場に行くことになった。


「そう何度も捕まってたまるか。それよりも現場では気を付けろよ何がいるかわかったもんじゃない」


「はぁい」


 現場に車が到着すると預かっている鍵を使い刑事が先行して案内し始める、エントランスの自動ドアを潜り抜けるとすでに異臭がし始めてきている。

 

「これは……まだいるようだな、これほどの異臭になぜ気づかないんだ?」


 マンションに入場するだけで感じる異臭に鬼遣は顔をしかめている、千景も感じておりハンカチで口を覆っている。


 常人には感じることができない異臭に刑事は違和感としては感じ取れてはいるが異臭までは感じ取れないようだ。


 マンションの共用部に差し掛かるとどこの部屋か聞くまでもなくドアの隙間から黒いヘドロのようなものが溢れ出てきている。


 先を歩む刑事の腕を掴むと進むのを止める。


「どうしたんだ? 部屋にはまだ着いていないぞ」


「刑事さん、これ以上進むのは辞めた方がいい。あそこの部屋なんだろう、かなりヤバい雰囲気がしているぞ」


「そうか……やはり“ソレ”関係か……頭痛くなるな」


「こちらが先行しよう。これほどの瘴気だ何が起きてもおかしくない。部屋が破損しても問題は?」


「……しょうがない。許可するしかないだろ? こちらでは対処しようがない」


 苦々しい顔をした刑事から許可を得ると千景と刑事の二人を後方に待機させ現場である部屋の前に立つ。


 左目を覆う眼帯を剥すと瞑っていた鬼の瞳を開き部屋の中を視る。


 現世うつしよ幽世かくりよが重なるように瞳に映り、室内が見えて来る。


 リビングの中央には黒いヘドロが小さな鬼を象りふらふらと揺れ動いている。


 部屋中に溢れるヘドロは次々に鬼を生み出している黄泉への扉が開きかけておりすぐにでも対処をしないとこの地域一帯が異界化しかねない状態だ。


 すかさず右手の呪鬼封布を解くと赤黒く異形と化した右手を引き逆手に構えるとゆっくりと息を吸い込む。


「鬼よ呪よ散れ散れ消えろ、ここは現世、還るは幽世」


 ぶつぶつと文言を唱えると言葉が意味を持ち構える腕にぞわぞわと纏わりつく。

 

 それそのものが特級の呪いであり室内のヘドロと相殺させるつもりだ。


鬼鬼界壊キキカイカイッ!」


 言葉を放つと同時にドアの中心に掌底を叩き込む。


 轟音と共に扉からは鈍い音が響きぐしゃりと大きくへこむ、扉を貫通した呪いはそのまま部屋の中心にある呪いの核を貫き物理的にベランダに繋がる窓すらも破壊する。


 放った掌底を引き戻すと残心をとるとコハァと息をゆっくりと吐く。


 玄関先から溢れでていたヘドロのようなものは確認できず、残るは破壊されたドアだけ。

 幽世が映る瞳にも小鬼諸共核が破壊されていることが確認できた。


「お、おい。扉壊しちまったがどうなってんだ!?」


「……内部に潜んでいた異常は取り除くことができた。もう入っても大丈夫だろう」


 施錠されていたドアにマスターキーを差し込むと刑事が開錠する。

 少々建付けが悪くなってはいるがドアを開くことはできたようだ。


 入室するとベランダまで続いている破壊痕に驚くが冷静に各自の靴に現場を荒らさないようにビニールを被せる。

 靴跡で荒らさないように慎重に入室するもすでに破壊されたドアの木片やガラス片が散らばっている。


「……できればもちっと綺麗に保っていたかったがコレじゃしょうがねえのかねぇ」


 現場には死体をかこっていたテーピングの他に物質化している何かの肉片のようなものが散らばっていた。未だに動いているヘドロのような肉片はここに異形が居たのだという明確な証拠であった。


「ああ、現世に現界する寸前だったからな。その前に対処させてもらった。どのような性質を持ったものかは分からないがここまで物質化する鬼だからな……かなりの被害が出ていた可能性がある」


 呪を込めた掌底を受けた反動で一般人にも視認できるほど濃縮されており刑事にも見ることができた。現界するとこの鬼が視認できずに人間達は謎の変死を遂げることになっていたはずだ。


 今回の事件は人為的な強姦のはずだ。


 体液や指紋からも人間の物であることが判明しており誰かが鬼遣に罪を擦り付ける目的があったはずだ。


 特殊な方法でなりすましていることは明らかであり専門知識が必要である。


 犯人自体にその技術が無くても犯行は可能であり死の残滓を千景が見れば手がかりが見つかるであろう。


 現場や死の残滓を千景に見せるのは抵抗があるが慣れたもので早速見分を始めるようだ。


 千景は現場である床をじっと見つめると瞳を凝らし集中している。


 しばらくすると大きく息を吐きこめかみを抑えている。おそらく犯行の様子を見てしまったのだろう、あとでケアをしなければなと鬼遣は内心溜息を吐く。


「どうだ? 犯人に繋がりそうな手掛かりは見つけたか?」


 何かバツが悪そうな顔をすると鬼遣の耳元に近づきボソリと呟く。耳元にあたる生暖かい吐息が妙に色っぽい。


「……鬼遣くんに今朝言っていた告白された部活の後輩くんが見えたんだけど――わたしもヤバかった?」


 確かに千景に情念が纏わり憑いてはいたがそれほど強力なものではなかったのはそこまで本気ではなかったのだろうと当たりを付けると刑事に容疑者として調べるように伝える。


「刑事さん。部屋を調べたところ容疑者らしき人物の犯行の様子が見えたようです、姿を偽ることができる可能性があるので本命かどうかはわかりませんが調べる価値はあるかと……」


「そうか。すぐに手配しよう。他にも分かったことがあれば教えてくれ」


 引き続き部屋の内部の確認を始める三人。ひとまず容疑者を特定することができたのであった。

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