第27話(第一部エピローグ) つづく日常


***



 ジャスイゾーアとの戦いから早くも一週間が経ち、王都は少しずつ平穏を取り戻しつつあった。

 王宮の再建が大急ぎで進められる中、俺はアウラとシルヴィア、パルフィやローリエ達と並んで、王子の出立しゅったつの見送りに出ていた。巨人の力から解放された今、本来の立場通り、国境の前線を支える役目には彼が就くことになったらしい。


「世話になった、ヒガシト=ヒナリ。そして、これからも我が国と妹達を宜しく頼む」


 多くの兵士や騎士、重臣達も見守る中、彼は晴れやかな表情で俺に握手を求めてきた。

 ……いや、その裏にはきっと、計り知れない自責の念や気まずさを抱えているんだろうけど。皆の手前、それをおくびにも出さないのが、さすがはアウラが手本としたお兄様ってことなんだろう。


「……妹さん達のことは、なんとも約束できないですけど」


 一応そこだけ苦笑いで突っ込んでおきつつ、俺は彼の手を握り返す。

 居並ぶ小型竜ドラゴネットの一頭に颯爽とまたがり、兵達に離陸の号令をかける間際、彼は俺と妹達を見回して言ってきた。


「二人のどちらを選ぶか知らんが、楽しみにしているぞ。貴君を義弟おとうとと呼べる日を」

「いや……」


 シルヴィアがあからさまに頬を赤らめ、アウラは呆れたように――しかしどこか満更でもない微笑を見せる。

 だから、アンタら全員、話が早すぎるんだって――と。

 小竜の編隊が飛び立った空に、俺が口を尖らせて呟いた言葉は、王子の耳に届いたのかは分からなかった。



***



 さらに困ったことに、話が早いのは親譲りだったようで。

 医療魔導師団の懸命の治療で一命をとりとめた王様は、俺がアウラ達に連れられて謁見するたび、しきりに娘のどちらを選ぶのかと圧力をかけてくるのだった。


「娘達が望むなら、特例で一夫二妻としてもよいのだが……」

「いやいやいや! そんなの国民の皆さんが納得しないでしょ!?」

「そこを納得させるのが治世というものだ。なに、貴君が国の守り手たる巨人であることが民にも知れ渡れば、異を唱える者はおるまい」

「いやー……知れ渡らない方がいいと思いますけどねえ……」


 この世界は未だ多くの侵略者に狙われている。これからも、あの手この手で攻め込んでくる敵がいる以上、巨人の正体はあまり大っぴらにしない方がいいと思うのだけど……。

 その秘密以上に、俺の自由意志は果たしていつまで守り通せるのか、不安でならなかった。



***



「ヒナリ様と陛下公認の仲になられて、姫様達ばかりズルいです。私も王女に生まれたかったですね」


 巨人化の後遺症がないか検証するため、俺と二人でローリエの研究室を訪れていたとき、パルフィはふいにそんなことを言って溜息を漏らしてきた。

 思いもよらない発言に、俺が「えっ?」と目を丸くすると、


「冗談ですよ。ローリエさんの流儀を真似てみました。……ドキッとしましたか?」


 と、騎士娘は微かにはにかみ、わざとらしい上目遣いで俺を見上げてくる。

 カシャンと音がして、ローリエの手からからのフラスコが落ち、床で粉々になった。


「……いやいや、パルフィちゃん、君の口からそれはズルいよ」


 魔法の杖を振って破片を拾い集めながら、ボクっ娘はぱちぱちと目をしばたかせている。俺も早鐘を打つ胸を押さえ、思わずまた何か変な結晶体を飲み込んだりしてないだろうなとパルフィの顔を二度見してしまった。


「ギャップ萌えって概念、久々に思い出した……」

「アルケミック・リアクターより高次元の技術かな、それは」


 俺達からマジ顔を向けられ、パルフィは「あの……忘れてください」と恥ずかしそうに顔をうつむけている。

 ややあって、ローリエは何やら深刻な表情で小さな腕を組み、緑色の目を俺に向けてきた。


「ちょっと待て、このままだとボクだけ蚊帳の外になりかねないな。ここはやはり幼さを武器に出し抜くべきか、それとも……」

「……それとも、何」

「君を魔法で縛り付けて、強引に一線を――」

「やれるもんならやってみな」


 俺がこれ見よがしに右手のブレスレットをかざしてみせると、彼女はくくっと楽しそうに笑って、「今度ね」と子供の顔に不釣り合いな流し目をくれてきたのだった。



***



 ――そして、俺はその後も、再建の進む王宮の一室に居候いそうろうを続けている。兄の生存と父親の帰城を経て少し空気の変わった二人の姫君に、事あるごとに板挟みにされながら。


「お姉様といえど譲れませんわ! ヒナリ様はわたくしの部隊に頂きます!」

「あなたもわからない子ね。彼の役目を考えたら、私の指揮する遊撃隊に組み入れるべきだと言ってるじゃない」

「遊撃隊に入れちゃったら、王宮に居ない日が増えるじゃないですかっ」


 姫達の言い合う声が三人きりの会議室に反響する。ふわっと甘い香りを漂わせて、シルヴィアが机から身を乗り出して尋ねてくる。


「ヒナリ様はどちらを選ぶのですか!?」

「えぇ……じゃあ、掛け持ちで……」


 どうせ、どこで何が起きても駆り出されるんだから、形式上の所属にそこまで意味があるのか疑問ではあるけど……。

 まあ、王族の重責を背負い続ける彼女達にとっては、こんな些細な姉妹喧嘩が実は息抜きなのかもしれない。

 やれやれと思って見ていると、彼女達の言い合いはいつものように変な方向へ脱線していった。


「わたくしの方がヒナリ様を愛していますっ!」

「今は愛とかそういう話をしているんじゃないのよ」

「では、お姉様は愛しておられないのですか?」

「うるさいわね。淑女が自らそういうことを口にするものじゃありません」


 ぴしゃりと言い切るアウラの台詞に、あれっと引っかかるものを感じた時には、彼女自身もほのかに頬を赤くして俺から顔を背けていた。

 最近、シルヴィアはともかくアウラまで、俺への好意を明確には否定しなくなったな……。

 姉の隣で頬を膨らませるシルヴィアの様子を見やり、俺がゆっくり息を吐いて気を落ち着かせていると、


「でも、ヒナリ?」


 ふいに振り返ったアウラから名前を呼ばれ、心臓がドキリと跳ね上がった。


「あなたはいつまで、この世界に居てくれるのかしら」


 真紅の瞳でまっすぐ見つめられ、俺は慌てて目をそらす。


「……さあ。天上界での視聴率次第じゃないの」


 はぐらかした俺の一言に、姉妹が揃ってキョトンと首をかしげてきた。


「なんですか? それは」

「こっちの話だよ、こっちの話」


 夢で女神に会ったら、こういう状況で心を落ち着かせる秘訣か何か聞いておかないとな……と思いつつ。

 彼女達のためにも、この世界に居られる限り戦い続けようと、俺は改めて胸に誓った。



(第一部 完)

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【改稿】異世界ドラゴンヒーロー戦記 ~龍の巨人になるのはいいけど、美少女お姫様達に囲まれたいと誰が言った!?~ 金時める @kintoki_meru

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