第15話 Passion fruit(10)

「誠に、申し訳ございませんでしたぁ!」

 眩しいほどに白い天井や壁に、悲痛な思いのこもった謝罪の声が、染みわたった。病床に座っている芽森が、床をのぞき込む。黒い擦れ傷が散見される白いビニル床で、勇菜が土下座をしてふるふると震えていた。

「だ、大丈夫だよ。すぐ目が覚めたし、うん、大丈夫大丈夫!」

 町の中の病院に緊急搬送され、先程目覚めたばかりの彼は、右手を必死に振りながら、彼女を慰める。しかし、彼の左手は、痛々しい純白のギブスが、固く巻かれていた。焦った故に出た苦笑も、頬に貼られた大きな絆創膏に制限され、少し堅苦しくみえた。

「病状は血管迷走神経性失神。つまり痛みのショックで起きた、ただの失神だそうだ。うん! 確かに大丈夫だね」

 開かれた引き戸から、進がくすくすと笑って登場した。

「所長は大人なんですからちゃんと心配してください」

 芽森は、ベッドから降り、めそめそと床で泣く勇菜を、右手で起こそうとしながら言った。

「『直虎くんが倒れた』って鬼の形相で明里が戻ってきたもんだから、死んだんじゃないかって焦ったよ、ホント。あの路地裏は、パトカーも救急車も来て大騒ぎだ。明日ニュースになったりしてね。んで、明里はいつまで僕にくっついているのかなー……」

 その声に、明里が肩を震わせて、彼の白衣から顔を離した。

「お、おわっだがどおもっだ……ぜがいが……」

 十年越しに会ったかと思われるほどやつれた様子である。目は泣きはらして真っ赤になっており、声は、眼と同様に涙でぐっしょりと濡れていた。

「大げさだよ……。と言っても、君の境遇を考えればその反応も痛いほどわかるが……」

 顔を袖で激しく拭う明里の頭を、進は優しく撫でた。その時、ぐったりと項垂れた勇菜が、明里の前へと滑り込み、再度土下座をした。

「申し訳ございませんでしたぁ!」

「ぐすっ、ううん、いいよ。あなたも必死だったんでしょ? これからは一緒に頑張っていこう?」

「ア、アカセさん……」

「あ、わたくし、顕影明里と申します」

「うーん、十分の一を外しました」

「いつかは覚えてね……」

 明里はそう言って、勇菜の手を取って立ち上がらせた後、彼女の眼に浮かぶ涙を手で払った。

「さあて、春ノ陽はるのひ勇菜さなさん、だっけ? 能力は人に熱さを感じさせる能力……、まあこれは後々まとめるとしよう。それで、研究所に住みたいということだが」

 妙な空気感を放って、進は勇菜を見た。彼女は、そんな彼のことが大きく見え、威圧的なイメージも少し抱いた。

「は、はい」

「もちろん、オッケー!」

 快活な笑みを顔に湛えて、進は勇菜にサムズアップをした。

「や、やったあ!」

 妙な緊張感から解放されたのと、新たな居場所が見つかった高揚感で、勇菜は年相応の喜びを表面に出した。その後、俄かに我に返り、先程の自分の反応を恥じて頬を赤らめた。

「というか、ここで断ったら僕の命がいくつあっても足りなそうだ……。まあ、それを差し引いても全然大歓迎。芽森くんや明里のように、勇菜さんも働いてもらいたい。働くっていうと荘厳な感じだが、所謂フィールドワークだ」

「そのフィールドワークで僕はこんなことになっているんですけどねっ……」

「芽森君シャラップ! でも、あんなことになる可能性の方が高いかもねぇ……。P.Tという超能力者を相手にするわけだからね……。まあ、勇菜さんはかなり戦闘能力が高いから、いざとなったら頼むよ!」

「はい!接近戦ならお任せください!」

 勇菜は笑顔で、拳を構えた。その爽やかで可愛らしい笑みは、顔や右腕にある火傷痕を隠した。

「うん! 頼もしい限りだ! そうだ芽森くん。退院の用意はもう済ませてあるよ」

 再度ベットに横になりかけていた芽森の背に向けて、進は言った。

「え、一日で退院できるんです?」

「ああ、君が骨折したのは、左腕の前腕部のみらしいからね。あばらはひび入っているだけらしいし大丈夫!」

「修羅の国出身なんですか!? んー、でも、退屈な入院生活よりは、帰って春ノ陽さんの部屋の用意を眺める方が楽しいでしょうし。はい! 帰りましょう!」

 そう言って彼は、元気に病床から飛び降りた。明里は綽々しゃくしゃくと芽森に向かって歩き、彼の荷物の一部を肩にかけた。

「平気だよ、荷物くらいなら」

 芽森が口をとがらせてそういうと、明里は頬を膨らませて、右腕を小突いた。

「これくらい手伝わせて。戦いで、私何も出来なかったから」

 それを聞いて彼は、少し黙った後、赤面して口を開いた。

「あれは、ただ、君が傷つくのを見たくなかった僕のエゴだよ。気を遣わせちゃったなら、ごめん」

 そう言って右手で顔を隠すように覆う芽森を見て、明里は胸のあたりが満たされるような感覚を持った。

 芽森は、歩くたびに距離を縮めてくる彼女に、胸を弾ませた。そのたびに、ひびの入ったあばらが、ズキズキと痛んだ。












No.05

USER NAME 春ノ陽 勇菜

AGE 14

ABILITY NAME Passion fruit

文責 果無進


 春ノ陽勇菜、彼女は熱を操る能力である”Passion fruit”を発現させた。切っ掛けとなるトラウマは、放火による火事の遭遇および家族の死。

 熱を操ると言ってもその能力は微弱なもので、他人に対し熱さを感じさせるだけのものだ。感じさせるというのが肝で、面白いことに火傷すらさせない。人体には何ら影響を与えない。能力発現中に現れる、火傷痕からの炎ですら、他人に火傷を負わせることはない。これは、自分以外に醜い痕を付けたくないという彼女の深層心理だと思われる。

 また、能力発現中、火事の記憶が流れ込むとともに、彼女の視界はすべて燃えるらしい。また、内側から身体が焼けるような感覚もあるんだとか。能力を引っ込めると上記の症状は現れなくなる。典型的な任意発動型だ。ただ、能力非使用時であろうと、彼女に抱き着いたりすると汗ばむほどあたたかいのだとか。カイロに近い感覚らしい。一応弁明しておくと、抱き着いた云々の話は明里から聞いた話であって、僕は何もしていない。神に誓う。

 余談だが、捕まった例の真犯人、他と同じく燃える少女にやられたといったらしいが、またもや同じく錯乱として片づけられ、さらに放火に関する確固たる証拠が見つかっただとかで、現在死刑を求刑されている。彼女が行った暴力行為は、不問で良いのではないだろうか。男の行った残虐行為を鑑みれば、何も言えまい。あとは間違って暴力行為を施してしまった男性方に何も言われなければ大丈夫だろう。逆に彼らが声を上げれば、彼女は多少不利になるかも。その時は、僕が死ぬ気で庇ってあげるか……。


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心的外傷 〜トラウマ〜 主水大也 @diamond0830

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