物語の続きは、ふくろうだけが知っている。

平 和希(たいら かずき)

松竹梅の巻

渋谷駅から国道二四六号線に沿って坂を上がり、三軒茶屋を目指すと左に緑豊かなキャンパスが広がる。小中高大の一貫教育で知られるお嬢様学校・渋河女子大学である。ランドセルのまだあどけない小学生から、ブランドで固めた女子大生まで、年齢幅のある乙女たちの学び舎である。

 因みに偏差値はさほどではないが、みなお金に困ったことのない子弟の集まりである。目白の皇族御用達や、先の皇后さまの出た学校とは一線を画していた。いわゆる皇族系や財閥系の子供たちはまず入学してこない。

 医者や弁護士の士業や中小企業のオーナーで小金持ちの一族が卒業後の箔付けに入って来るのである。現に渋河女子大卒というだけで、嫁入り先は引く手あまただった。それでも入試の際は最低限の学力は要求される。今の偏差値を維持するためには、トカゲの尻尾は切られる。

 身内に卒業生が居て、そこそこの点を取ればまず問題はない。あとは寄付金が力を発輝するシンプルな校風だった。あまり出自にはこだわりがなく、家が倒産し一族が没落すれば退学して行くだけである。由希乃は、母の母校でもあるこの学校に小学校から通っていた。

 蒲田から渋谷で下車して、バスに乗るのだが、いつも遅刻すれすれの綱渡りなので、タクシーを利用することが多い。由希乃に限らず、他の生徒たちも当たり前のように、正門にタクシーを横付けする。帰りは外で待ち構えている青山や三田辺りの男子学生が自家用車でアッシーになる。勿論、容姿のよろしい子だけの特典だが。

 チャラ美やチャラ子ばかりのようだが、行儀作法や躾は厳しく見てからほど軽薄な子ばかりではない。例えば和服の着付けはみな完璧にこなすし、茶道・華道の最低限の作法は全生徒がもれなく習得している。中には大学に入学と同時にお料理学校に入学する女子もいる。大学を卒業して就職する者は半数で、あとは永久就職となる。就職者も殆どがコネなので、就活をまともにする女子学生は稀有の存在になる。結婚よりもやりがいのある仕事を求める奇特な女性も居るが、大学からの地方出身者か容姿に難のある梅クラスの学生と相場が決まっている。

 由希乃は容姿に関しては、松竹梅の松の下といったところで、細身ではあるが身長は百七十近くある、母親は小柄だが、どうやら父親に似たようだ。それでも、母が大学時代に創部した合気道部では主将を務めていた。母は町の道場で師範を務め、由希乃も小さい頃から道場に通っていた。渋河女子大には武道は似合わない、と思いがちだが、由希乃が主将になった四年次で部員は三十五名の中々の大所帯、でも半分は幽霊部員だった。そこはゆる~い校風、稽古を強制することはなく、練習も週に一回で、合気道には試合というものがないので、各々の自主性に任せていた。

 但し、部員は殆どが大学から入って来た地方出身者が多く、付属から入る女子は皆無だった。由希乃は母の創ったこの合気道部に愛着を持っていた。

 学食で友達とお茶をしていると、クラブの後輩がゆる~く一応挨拶をしてくる。

由希乃のテーブルのブランドを身に着けた仲間が驚いて目を剥く。体育会系とは一生涯関わることのない女性たちとは、一線を画している由希乃は静かに頭を下げる。

 合気道部の部員は大学から入って来たので、付属と比べておつむは松竹梅の松だが、反対に容姿は、梅クラスが殆どでファッションセンスは昭和の時代に逆戻りしたような、そんな程度だった。付属から上がって来た容姿が松クラスとはどだいかみ合うわけがなかった。由希乃は、どちらの仲間も大切にしていた。

 クラブの後輩たちは親からの仕送りや、バイトに明け暮れる中、容姿が松クラスはお金や男に困る仲間はいなかった。そんな中で、小学校から長い付き合いの親友美智代は、クラスでは石を投げればぶつかる医者の娘だった

これがハチャメチャな娘で、あれは、高校三年の最後の試験だった。大学へ行くための形ばかりの選抜試験に臨んでいた。普通に答案を書けばそのまま上に上がれるのだが、美智代はまず、家政科の試験でジャガイモの芽の毒はという問題に、何と梅毒と書き。社会科の試験では、三権分立とは、司法・立法・( )のかっこをうめよで、憲法と書いた。。ダメ押しは、日本史で、戦国時代の三大武将は、織田信長・豊臣秀吉とあとは誰かの答に、坂本龍馬ときた。時代がすっ飛んでいた。

由希乃は美智代からこの話を聞いた時

「冗談でしょう」

と呆れて聞いたが、

「えっ、違うの」と真顔で応えた。

本当に医者の娘なのかと一瞬疑いの目で見てしまった。こんなんでも容姿は松なので、世間ではまともな人間として扱ってくれるし、一緒に歩いている男はいつも違う顔のイケメンだった。勿論、親の財力が裏にあるからでもある。

 流石にこの時は、職員室で問題になり、正田美智代は選抜試験を馬鹿にしている、大学へは上げられない。と問題になってしまい。開業医の父親が呼び出された。当の美智代は、この期に及んでも間違った回答はしていないと思い込んでいるのだから、おめでたいを通り越している。もっとも人見御供を

「なにそれ、孫悟空の弟・・・」

とマジで応える娘である。

 さて、父正田吉之助は銀座で誂えたスーツをきりりと着こなし、黒のベンツを横付けして正門を潜って来た。ずんぐりむっくりのぼんぼり禿は、内ポケットの中には、右に五十万・左に百万の札束を入れ、お詫びと進級のお願いに参上した。話の内容で右を出すか左にするか考えたそうだが、どちらを出したかは娘には言わなかったが後でばれた。それにしても、容姿では松の上でグラマーな美智代とは、似ても似つかない。種違いじゃないかと思わせる父親だった。

 実際は右の五十万出したのだが、根がケチの父親は、元を取り返そうと、その日の競馬・有馬記念に単勝一点買いで見事大当たり。五十万を三倍の百五十万にして帰って来たという。やたら機嫌が良いのでおかしいと思い問いただしたら吐いたらしい。 おまけにその勝馬の名前が「カネノスケ」の落ちまでついた。子が子なら、親も親である。由希乃はこの父親には絶体診てもらわないと誓った。

 この正田家の遥か祖先をたどると、皇后陛下の正田家に行き着くらしい、美智代は本当は、美智子で出生届を出す予定だったが、あまりにも恐れ多いということで、母親が大反対して美智代になったらしい、勿論、美智子を主張したのは吉之助だった。

もっとも美智代の話がどこまで本当だか眉唾ものだが。

 美智代は無事袖の下が効いて、めでたく大学合格となった。まあ、この手のお金の話はこの学校では珍しい事でもないので、話題にもならなかったが。

 容姿は松でも、おつむは梅クラスの仲間は、大学四年になっても、就活をすることもなくゆる~い生活を送っていた。但し、由希乃は違った。一人娘でプー子でいると家業を継がされてしまう事情があった。江戸時代から代々続く鳶職を営む実家は、現場は無理としても経営だけでも由希乃に継がせるつもりでいた。職人を百人から抱える都内でも有数の鳶職屋だった。

 リクルートスーツで飛び回る由希乃は、製薬会社に内定を貰った美智代とキャンパスで待ち合わせていた。今日は、由希乃の奢りで就活事情を聞くためだった。もっとも、父親が医者なのでそのコネで入ったのは知っていたのだが。

広いキャンパスでいつも待ち合わせるのは、プロのアーチストがコンサートができる講堂前の銅像だった。渋谷のハチ公みたいなものである。

 二人で渋谷に出ると、ホテルのレストランに入った。イタリアンの好きな美智代の為に予約した店だった。コースを一通り食べ、デザートに入ると、由希乃が

「そういえばさ、何時も待ち合わせているあの銅像、誰だか知ってる」

美智代は何で今更というような顔で

「あれね~、そうそう、二宮、なんとか、じゃない」

「えっ、二宮金次郎なら教科書で見たけど、巻担いで貧乏臭い格好してたような気がするけど」

「そうね、違うか、あの銅像デブで堂々としてたもんね」

美智代が手真似してデブを強調すると、思い出したように

「そう言えば、あの講堂が出来た年にケンタッキー・フライド・チキンのカーネル・サンダースがこの大学に来たって聞いたことがある」

由希乃は怪しげな顔で

「えっ、本当に」

「うん、誰かが言ってたような」

それにしても、外人の名前がこれだけすらすら出て来るのに、なぜ銅像の名が出てこないのか不思議である。

「へ~ケンタッキーのお爺ちゃんね。分からないでもないけど」

妙に納得する由希乃だった。渋河女子大のキャンパスにケンタッキー・フライド・チキンの店は無い。

 全く根も葉も根拠もない会話は、お互い疑問を抱くこともなくカーネル・サンダースでケリがつき話は終ったが、小学校から大学まで十六年この学校に通い毎日見ている銅像の名前さえ確かめようともしない。これが、梅の新骨調である。恐らく他の梅仲間に聞いても満足に答えられる子は誰一人居ないだろう。

答えは、ロシアの文豪トルストイだった。

このキャンパスで由希乃が学んだ事は、高校時代の家庭科の名物婆さん先生に言われた一言だった。

「男の口が軽いのと、女性のお尻の軽いのは始末に負えない。よろしいですか」

普段まともに授業を聞かない生徒達も、この時だけはみな名言だと一様に首を振っていた。







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