第9話 ホーリーネームで呼ばせて下さい
「して? 心を入れ替えて、訓練所の仕事に力を尽くす気になったというわけか」
ホンジョが丹念にチャガマの体を雑巾で拭く様子を、兵長は胡坐の上に頬杖をついて眺めていた。
「はい。これからボクの使命は訓練所の雑用をこなすことです。改めて、これからもよろしくお願いします」
「つい、昨日までは、遊ぶことしか考えてませんとか言ってたのに。こんな変わり様ってある?」
壁にもたれ掛かって立つミドリは、呆れた表情だ。
「ヨコヅナはチャガマが遊ぶことばかり考えていることを叱責することなく、訓練所で与えられた役割をこなせと諭してくれました。大変なことですよ。あのチャガマが一発で言うことを聞くんですから」
カメサワは神妙な面持ちだ。
「ヨコヅナの強さと人柄に感銘を受けたんですよ。さすがはパワーノート最強の方です。カメサワ=サンとは器が違いますよ」
「茶釜に器の話なんかされてますよ、カメサワさん」
ホンジョが冗談っぽく笑う。
「うるさいよ。でもまぁ、サンダーボルトはヨコヅナだ。さすが懐が深い。僕の手じゃあ、なかなか届かないもんね」
「うまいこと言いますね」
ホンジョが笑い、カメサワがしたり顔を浮かべる。兵長もミドリも笑った。スモウに疎いチャガマだけが冗談を理解できていなかった。
リョーゴクの目抜き通りは人でごった返していた。この日は春のランキング戦の千秋楽で、ついにマクウチの優勝者が決まる。その瞬間を見届けようと、多くの人たちがこの巨人の町に集まっていた。
チャガマがヘルファイア訓練所に来てからもうすぐ一年が経とうとしていた。ヨコヅナに会って心を入れ替え、訓練所の仕事に従事してきた。
コロシアムの周囲を淡い桃色に染め上げる桜が、小さな花弁をちらちらと風の中に混ぜる。チャガマはその中を、カメサワに付き従って歩いていた。
「カメサワ=サン」
カメサワがチャガマに振り返る。
「この桜の花弁のように、今日の一番、儚く散らないといいですね」
「お前、なんでそういうことを言うかな。もっと気分が上がる気の利いたこと言えないの?」
渋面を作るカメサワだが、気に障ったという様子はない。
「おっと、カメサワ=サン」
ふと、チャガマがカメサワの肩に手をおいて、その歩みを止めた。カメサワが何事かと視線を落とすと、足元にひとり、少年が立っている。パワーノートを初めて見る子供は、その巨大さに興味深げな目を向けてくるものだ。しかし、少年が見ているのはカメサワではなく、チャガマだった。
「すごい! こんな大きなサーヴァントがいるんだ!」
身なりの良い少年だった。異国由来の服装をしていて、最新の精密機械が仕上げたかと思うほど、頭髪も綺麗に切り揃えられている。そこらを走り回る町の少年たちと比べたら、まるで舶来の人形のようだ。ただ、瞳の純粋さはどんな生まれの子供も変わらない。
「これ、坊ちゃま。おひとりで先へ先へと行かれませんようお願いしますよ」
少年の後ろから真っ白な頭髪とあごひげの老紳士がやってきて、子供を優しく道の脇へと誘導した。チャガマとカメサワをちらりと見やり、老紳士は詫びるように礼をした。
「なぁ、爺や。今度の僕の誕生日プレゼントは、あんな大きなサーヴァントがいいな」
老紳士に連れられながらも、少年は未練がましくチャガマに視線を向けたままだ。老紳士の口から溜息が零れた。
「坊ちゃま。去年のことをもうお忘れですか? 坊ちゃまが遊び相手になるサーヴァントが欲しいとおっしゃるから、旦那さまは魔術師に頼んで一体ご用意くれたのですよ。それを、土壇場でサーヴァントじゃない方がいいとおっしゃり……。今年はもう旦那さまは蒸気バギーをご用意下さっているんですからね。プレゼントは変わりません」
老紳士がピシャリと言い放ち、しゅんと背中を丸めた少年は、引きずられるようにコロシアムの中へと入って行った。
漫然とその様子を眺めていたチャガマの肩を、カメサワが優しく叩いた。チャガマが顔を向けると、あごをしゃくって、行こうと促す。
「カメサワ=サン。今日勝てばジュウリョウで優勝。次のランキング戦では間違いなく念願のマクウチです。よく一年でここまで来ましたよね」
チャガマは歩き出すと同時に話し出す。
「ああ。チャガマ。お前のおかげだよ。よく訓練に付き合ってくれた。マクウチに上がれば、マスターからもサンダーボルトのようなホーリーネームを頂けるということだ。僕のことをカメサワと呼べるのも今日までだぞ」
「ハハハ。カメサワ=サンと呼ぶのも飽きました。是非、ホーリーネームで呼ばせて下さい」
「おお。そういう気の利いた台詞を待っていたんだよ」
軽妙なやりとりするふたりの大きな背中が、コロシアムに吸い込まれていく。
ひょんなことから出会ったふたりは、大きな夢に向けて進んでいた。ヨコヅナを目指すパワーノートと、ゴミ山から偶然生まれた巨大サーヴァント。
その挑戦はまだ始まったばかりだった。
巨人の町のパワーノーツ 三宅 蘭二朗 @michelangelo
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