第9話『相合傘』

 朝、学校支度をしていると、突然テーブルの上のスマホが震えた。

 硬い場所に置いているのもあり、音が反響して俺はつい驚いてしまう。


「びっくりしたぁ……朝から誰だよ」


 見ると画面には『詩葉』と表示されている。基本的に文面で会話することを嫌っているため、詩葉からメッセージを送ってくることは少ないんだけど。


 しかも、いつも昼まで寝てるはずの詩葉がこんなにも早起きをしている。どういう風の吹き回しだろう。


 考察はさておき、時間もないのでさっさとメッセージを読む。

 内容は、


『今日詩葉も学校行く。凪斗も一緒に行く?』


 っていうものだった。


 ここ最近は雨の日が続いていて、今日も外から雨の音が聞こえてくる。

 面倒くさがりの詩葉だが、雨は好きらしくよくこうして外に出たがる。


 聞くだけならカタツムリにも近い。


『いいですよ』


 と、送るとすぐに返事が来た。


『この間出かけたら傘を忘れた、帰りに傘を買うから行きは凪斗の傘で相合傘』

『一応二本ありますよ』

『いらない。持ってきたら折る』


 脅されたので、俺は傘を一本だけ持って家を後にした。


 基本的に隣とはいえ、部屋の前で待ち合わせをすることはない。

 集合場所はエントランスに置かれているソファー。そこで俺がいつも待たされる。


 本来は学校に行く時間だが、詩葉を待っているためソファーに座る。

 別に余裕を持って登校しているため遅刻することは無い。メッセージで催促しつつ、俺は気長に待った。


「久しぶり、凪斗」

「あぁ、久しぶりですね先輩」


 確かにここ最近詩葉とは話していなかった。最近といっても一週間くらいだけど。

 まぁ部屋が隣同士で一週間話さないのも難しかったりはする。

 だからこれは詩葉が如何に引きこもっていたのかを表す基準でもある。


「最近何してたんですか?」

「新刊の最終チェックが終わった」

「え、つまりもう完成ですか?」

「そうなる」


 好きなラノベの新刊が完成したと聞くと、なんだか嬉しくなる。

 発売日の予告とはまた違う、変な新鮮さがある。



 ラノベの話をしながら俺たちはエントランスを出た。

 外は大雨、一本の傘じゃ凌げないのは見てわかった。


「大丈夫ですか?」

「うん、いける」


 俺は傘を広げ、詩葉の身体が全て入るように傾けた。

 俺が風邪になる分にはまだいい、けど詩葉が風邪になる色々と面倒くさい気がする。


 仕事はもちろんだけど、ただでさえ家事ができない上に、一日一食の引きこもり。面倒を見るのは結局俺になる。


 だから何がなんでも詩葉が濡らす訳にはいかない。


「凪斗、濡れてる」

「俺風邪引きにくいんで大丈夫ですよ。先輩が風邪にかかる方がよくないので」

「とはいえ見過ごせない。もう少しそっちに傾けて」


 詩葉の補助の元、濡れ具合は半々と同じくらいになった。

「これでよし」と満足気な顔を浮かべる詩葉を見て俺は不安になる。



「あ、凪斗。今度ゲームセンターに行ってみたい」

「いいですけど。先輩ってゲームセンターにいったことあります?」

「ない。から、行ってみたい」



 唐突の誘いに俺は驚いた。

 人の多い場所を嫌う詩葉が自らそこへ行きたいと言い出した。まぁ自分の意思というより、資料としてゲームセンターを知っておきたいという理由がおそらく近いだろう。


「今週の土曜日空いてる?」

「大丈夫だと思います」


 友達がいない俺に予定を聞かないでほしい。あるわけない。強いて言うなら歯医者か美容室に行くことくらいです。


「じゃあ今週の土曜日で」

「うん」


 スマホを開き、念の為にカレンダーアプリに予定を入れておく。

 六月の真っ白なカレンダーに、やっと色がつく。


 もしかしたら大したことないものでもカレンダーに打ち込んで色を付けていれば、毎日忙しい人に見えるだろうか?

 いや、虚しい人にしか見えないな…………。



 十五分ほど歩き、俺たちは学校に着いた。

 門を抜け、校舎に入ろうとする手前。俺は後ろからの殺気の篭った視線に、野生の勘が働き足を止めた。


「相合傘……? 朝から仲良くご登校とはいいですね、二人とも?」



 どんよりと湿気った空気が、氷のように冷たい言葉と視線で凍った。

 俺は数秒間、後ろを振り向くことができなかった。

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「催眠術にかかりやすいだよね」って冗談言ったら、学校一のクール系美少女が本気で催眠術かけてきた。 月並瑠花 @arukaruka

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