第8話『人気者の山辺くん』

 今日も今日とて俺の昼休みの時間は穏やかに過ぎていく。

 毎朝六時に起きて、自分のお弁当を作る。一人分作っていたお弁当も、今や九重さんの分も合わせて二人分作るようになってしまった。


「ん〜! いつもおいしいですね!」

「そう言ってくれて嬉しいよ」


 九重さんは卵焼きを取って口に入れると、美味しさのあまり小さい素振りで身を震わせた。


 家族以外に自分の料理を振る舞うことは少ないから、こんなに喜んでもらえたのがなんだか嬉しかった。


「旅館で出されても納得する見た目と味ですよ!」

「褒められるのに慣れてないから、言われすぎると照れるんだけど」


 九重さんにお弁当を作るようになったここ最近、ずっとこんな調子だ。

 喜んでくれるのは嬉しいんだけどね!? さすがに恥ずかしい。


 優しく笑う九重さんの表情は、いつも教室にいる時とは違う。

 クールさを醸し出す凛とした九重さんからは誰も想像できないであろう声と顔を俺に見せてくれる。


 そんなことを考えていると、俺たちのいる部屋のドアが軋む音がした。

 ゆっくりドアノブが回され、ドアの奥に見える人影は明らかこの部屋に入ろうとしている。


 あれ、この場面を見られるのは九重さんの立場的にもまずくない?


 同じ見た目の弁当を二人で食べてるって勘違いされないか? いや、そもそも二人で部屋にいる時点で勘違いされないか!?


 様々な思考を巡らせるが、時というもの残酷で、ドアはすぐに開かれた。



「――あ〜、お腹減ったなぁ」



「「え?」」


 突然の来訪者と、俺の声がシンクロした。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 突然入ってきたのは確か同じクラスメイトの山辺蓮という名の男子生徒だった。


 俺はこいつを知っている。別に好きでも嫌いでも泣く。話すことなく卒業する予定だったから興味すら持っていなかった。


 簡単に言うと、こいつは『人気者』だ。

 クラスでは男女関係なく友達がいるし、生徒会にスカウトされたり、や二年生にしてサッカー部の次期キャプテン候補とも言われている。


 何かと忙しい男だ。他のクラスでも多くの交友関係を持っている。爽やか系のイケメンで、告白もよくされてるのだとなんとか。


 興味が無いと豪語する俺ですら、これくらいの噂を耳にしてしまう。それほどの男だ。まったく。



「え…? 九重さんと、えっと……」


 覚えてないのは無理もないだろう。

 俺が『人気者』を知っていようが、『人気者』は俺を知らない。


 名前を述べようとした時、山辺が思い出したのか大きな素振りで口を開けた。


「あー! 白柳くんだね! ほんとにごめん、話したことないから名前がすぐには出てこなかったんだよ」


 何だこのイケメンは。

 話したことないならそもそも名前は思い出せないだろう。

 俺が山辺を知っているのは人気者だから、それだけの理由なのに。


「正解。白柳凪斗だよ、よろしく」

「えっと、白柳くんはなんで九重さんのお昼ご飯? ……色違いの花柄模様のお弁当箱に、よく見ると中身も同じっぽいけど」


 山辺は不思議そうに俺と九重さん、そしてお弁当を順番に何度も見る。

 まぁその気持ちは分かる。いつも教室の片隅で静かに座る俺が、学校一の美少女と昼飯は、ラブコメ展開にもほどがあるよな。自覚してるよ。


「ここ最近、教室にも学食にもいないって、九重さんの護衛軍が騒いでると思ったらこんなところで食べてたんだね」

「そうですね。静かな場所が一番落ち着くので」

「なるほどね、九重さんらしい答えだね」


 確かに九重さんらしい。

 気付けば九重さんは教室モードになっていた――無口なクール系女子に。


「二人はどういう関係なの? 言いたくなかったらいいんだけどね。少し気になっちゃったからさ」

「結婚式の打ち合わせをしていました」


「っ、なんのことだよ!?」


 俺が話しても誤解が解けそうにないので、九重さんに弁解を任せると、案の定暴走した。

 俺のツッコミにも平然とする。


「え!? 君たち結婚式をあげるの!?」

「いやいや、あげないからね? どう考えても冗談って分かるよね!?」

「あ、冗談なのか。九重さんの表情がめちゃくちゃ真剣だったから」


 教室モードの表情で言うと、全てが冗談にも嘘にも聞こえない。本当のことを言ってるように見えるから、教室モードで冗談を言うのだけはやめていただきたい。


「まぁ君たちが仲良いのは見たら分かるよ。僕も生徒会の会議が終わったから一番近い部屋で休憩しようと寄っただけで、人がいるなら僕は退散するよ」

「え? いいのか? せっかく来たのに」

「あぁ、そろそろ昼休みも終わるからね。それに二人の邪魔をする訳にもいかないしね」


 そう言うと、山辺はドアの方へと向き直り、歩いていった。

 ドアを閉めようとした時、山辺はもう一度開けてこちらを覗いた。


「二人のことは誰にも言わないから安心しなね――二人とも仲良くするんだぞ〜」


 こいつがなんで『人気者』なのかよく分かった。こういう人間が友達に囲まれ、女の子にモテる、ということもよく分かった。


 最初は焦ったが、何も無く終わってよかった。途中の九重さんの発言には驚いたけど。


 相手は山辺だ。万が一、山辺が最低な人間で、九重さんの発言をクラスなどで広めたりしたら攻撃されるのは俺だ。

 ただでさえ九重さんの信者には過激派が多い。


「あんまり怖い発言しないでね?」

「怖い発言? ――大丈夫ですよ」


 本当に大丈夫か?

 俺はすごく不安だった。

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