第7話『帰り道』

 ――こういう時、どんな会話をすればいいのか分からない。


「…………」


 どういう喋り出しで、返事に対してどう会話を広げるのか。

 考えすぎだと思われるかもしれないが、異性どころか同性の友達もいない俺には至極当然な思考だった。



 俺のマンションから駅に行く道を九重さんと一緒に歩く。

 九重さんの家は俺の住む西口方面の逆側。東口らしい。


 東口は西口に比べて栄えている。大きな商業施設がいくつかあり、東口側には駅ビルもあり、この街に遊びに来る人たちはみんなそっちに行く。


 それに対して西口はすごく静かな住宅街。マンションやアパート、真新しい綺麗な一軒家がズラっと立ち並んでおり、行き違う人は帰路に着いたサラリーマンがほとんどだった。



 無言が続く。

 九重さんを見ると、いつも学校で見る凛とした表情だった。

 他の生徒たちや、つい先日の俺が憧れ、眺め、そして見慣れた横顔。



 九重さんには美しいという言葉が良く似合う。『女神』とは、よくつけたと思う。

 艶やかな琥珀色の髪が月明かりに照らされ、綺麗な色を光らせる。



「――あの」



 静寂はすぐに終わった。

 先に口を開けたのは九重さんだった。



「なに?」

「詩葉先輩のこと好きなんですか? だから私の告白を断ったんですか?」


 予想外の質問だった。

 先程のまでの表情は消え、どこか不安そうに言う。


 もちろん詩葉のことは好きじゃない。そもそもそんな目で見たことすらない。


 でも、そういう質問するということは、九重さんの目にはそう見えたんだろうか?

 あるいは男女関係がある以上、純粋な不安があるだけか。


「なんでそう思ったの?」

「仲が良いように見えましたよ」

「まぁ、確かに仲はいいのかも? いや俺、昔から友達いないからあんまりそういうの分からないんだよね」


 俺には中学二年の妹がいる。

 強いて言うなら詩葉はその妹と接している感覚に近い。


「でも、恋愛感情はないかな。九重さんを断った理由だって、別に九重さんに問題があるわけでも、俺の周りの人間関係に関係あるわけでもない――俺自身の問題だからね」

「それには納得できません! 私だって催眠術の勉強だって頑張ってるんですよ、まったく」


 そんなことをドヤ顔で言われても仕方がない。

 意味あるの? と問いたいけど、頑張ってるらしいのでここは我慢する。



「それで――結論、別に詩葉先輩のことを好きでもないし、狙ってないということですね?」

「まぁ、そうなる」


 九重さんは「ふーん」とどこか納得したように、あるいは嬉しげにそう返事をした。



「詩葉先輩は分からないですけどね……」

「ん? 今なんて?」

「いいえ、何も無いです。あ、私はここで大丈夫ですよ。あとは人の多い駅の中を通っていくので」

「そう? わかった、今日はありがとね。楽しかったよ」


 気付けばもう駅の前だった。

 少し頬を膨らませた九重さんが言う。


「次に料理を教えてもらう時は二人でお願いしますね、ほんと」

「あ、うん。それは約束する」

「ふふ、それでいいです」


 別れ際、九重さんが小さく笑って見せた。

 俺はその笑顔を見て、つい惚れそうになってしまった。

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