第6話『凪斗の料理教室』

「二人とも料理経験は?」

「詩葉はない」

「私もないですね。親が包丁危ないといって料理をする機会がないので」


 俺の質問に答える二人。

 詩葉は予想通りだが、九重さんはてっきり料理したことはあるかと思っていた。聞いた感じ、俺の家と似た過保護な両親なんだろう。


 一年生の時に調理実習はあった。けど、その時は九重さんとは違うクラスだったため、料理している様子を見れることはなかった。


 噂は聞いていた。

「さすが女神様」や「神々しい料理姿」などなど……男子高校生の理想、的なものをそのままリアルにした感じかと勝手に想像していた。


「今日二人に作ってもらうのは、母の味でお馴染みの肉じゃがです」

「いいですね、肉じゃが。私の母もよく作ってました」


 肉じゃがは簡単そうに見えて、実はかなり奥が深く難しい。何度か作っていても、いつもと味が違うとかはよくあるし、人によって好みの濃さ等もある。


 選んだ理由は特にない。

 強いて言うなら俺が肉じゃがを食べたかったことくらいだ。


「あ、エプロン持ってきてますか? それ使ってください。……あ、先輩は僕のやつ貸しますよ」

「ありがと、助かる」


 急遽来ることになった詩葉はもちろんエプロンの持参なんてしてるわけもないので、俺は余っているエプロンを渡した。


 これ準備万端かと思ったが、隣にいる九重さんはまだエプロンをつけていない。


「あれ? 九重さんエプロン忘れました?」

「そうですね、忘れた……うん、確かに忘れました。凪斗くん、私にも貸してください」

「凪斗、胡桃は嘘をついてる。凪斗のエプロンを借りたいだけ、絶対そうだ」

「まさか。九重さんに限ってそんなはずは、ね……?」


 そんな露骨に目を逸らさないでほしい。


「胡桃、嘘下手すぎてバレバレ。後ろにエプロン持ってるのもバレバレ。」

「ぎくっ……うぅ、だって私も凪斗くんのエプロンが着たかったんですよ! なんですか!? 悪いですか!?」


 色々ありながらも、俺の料理教室は始まった。


「まずジャガイモの皮を剥いてください」

「え、ジャガイモの皮って剥くもんなんですか?」

「凪斗、皮ってどう剥くの」



 ――あぁ、二人ともそこからか……

 料理教室を開いた以上、一から全て教えるしかないか。

 この様子だと、包丁を握らせるのは少し怖いけど。


 俺は時計を見る。

 時間は11時。昼ご飯に間に合わせようと思ったが、この様子だと夜ご飯になりそう。

 最悪やり方だけ教えて俺が全部やってもいいけど……。



「皮を剥くにはまず――」



 そのあと一時間くらい、二人には基礎を叩き込んだ。まだ拙いが、やっと小学生レベルにはなっただろうか。


 九重さんの調理実習を見ていたやつらは一体どんな幻覚を見ていたんだろう、というレベルで九重さんの料理風景は壊滅的だった。



「なんか疲れた……」

「お疲れ様ですね、 凪斗くん」


 なんとか煮込む段階まできて、俺は疲労を口にしてしまう。

 長い時間立っているのもそうだけど、純粋に二人が怪我しないようにずっと集中力を研ぎ澄ましていたってことも大きい。


 小学生に包丁を握らせるとこっちまで緊張してしまうあれと同じ感覚だ。


 とはいえ、ほとんどの材料を切り終えた頃には詩葉も料理に飽きて、リビングのソファーに寝転がりにいってしまった。

 本来するはずなかったことだし、省エネ人間には体力的にもきつかったとは思う。


「あ、あの。凪斗くん、あの人に催眠術のこと言ってないですよね……?」


 顔を若干赤くしながら、九重さんはソファーに寝転がる詩葉に視線を向ける。


「言ってないよ、さすがに俺もどう説明したらいいのか分からないしね」

「そ、それならよかったです」

「そんな恥ずかしくなるなら、なんでまた催眠術をかけようとするの?」

「恥ずかしいのは確かですが、これも凪斗くんを落とすため。仕方ないことです」

「俺、何回やられても催眠術にかかる気しないんだけど……」


 催眠術には恥ずかしさを感じる九重さんだが、俺への告白には恥じらいはないようだった。

 俺はまだ恥ずかしいので、あまり言わないで欲しいけど。



 肉じゃがは10分から15分くらい煮れば完成だ。煮込んだあとは置いておくことで味が染み込みやすくなる。

 けど時間も時間で、二人とも昼ご飯を食べてないらしいので、早速実食に移る。


 一応俺が味見もしていたため、多分味は大丈夫。野菜たちの切り方が拙いのは、二人の努力の証だとしよう。



 完成した肉じゃがを皿に盛り付け、リビングのテーブルへと持っていく。


「できましたよ、先輩」

「おぉおお! やっとできた!」


 人は変わったが、今日も夕食は三人だ。


「んん! これすごく美味しいです!」

「おお、確かに! 俺が一人で作るより全然美味しいかも」


 まず一口、最初に食べた九重さんが美味しさのあまりに声を上げた。

 それに俺も続いた。


 本当に美味しかった。

 味見した時も、いつも俺が作っている時と同じように調節した。そのはずなのにいつもとはまるで味が違った。


「詩葉のおかげ」

「先輩味付けには参加してなかったでしょ」

「むぅ、思いをこめた」

「まぁ料理にはそれも大事ですね。誰が誰のために、何を作るのか。それで結構味は変わってきますし」


 思いは確かに大事だ。

 でも、詩葉はジャガイモ一個切ってギブアップしていた。

 もう少し頑張れよ……。


「そういえば、詩葉先輩って凪斗くんの一つ年上って言ってましたが、高校生ですよね? どこの高校ですか?」

「凪斗と同じ。行くこと少ない、卒業できるか怪しいけど」


 え、怪しいの? 初めて聞いたけどそれ大丈夫?


「胡桃こそ、なんか名前知ってる。たまに学校言っても、よく話を聞く」

「へぇ、九重さん上級生にも話題なんですね」

「にも? やっぱり胡桃は有名?」

「まぁ『完全無欠の女神様』って呼び名が付けられるくらいには有名ですよ」


 俺との会話を聞いて、向かいに座る九重さんが俯いて顔を隠した。


「その呼び名、恥ずかしいのでやめてください……」


 クール系美少女とも言われている九重さん。正直照れることはないと思っていたけど、この様子。相当照れている。


「……そういう、詩葉先輩はこんな広い部屋になんで一人暮らししてるんですか? 学校に行くことも少ないって……言いたくないなら大丈夫ですけど?」

「詩葉はラノベ作家。普段は小説書いてる、すごく忙しい人」


 よく言う。

 昨日編集者に缶詰させられそうになって、うちに逃げてきただろ。

 小説を自分から書くことは少ないくせに……あとで山田さんにメッセージでチクっておこう。


「作家!? すごい人だったんですね」

「ふふん、そう。詩葉はすごい人」


 なんだかこの二人、一見相性がいいようにも思える。



 肉じゃがを食べたあと、二人は帰り支度を始める。

 暗くなる前に帰る予定だった九重さんだが、外はとっくに暗くなっていた。


 ご飯食べながら盛り上がっている間に、結構な時間が経っていたようだ。


「じゃあ先輩、今日はありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとぉ。胡桃、また勝負するよー」

「望むところです!」


 勝負?ってのはよくわからなかったが、仲良くなってるみたいで安心した。

 玄関先で詩葉とは別れたあと、俺は九重さんとマンションを出た。


 そういえば、詩葉が今日うちに来た理由はなんだったんだろう。

 用事聞くのをすっかり忘れていた。あの様子だと缶詰ってわけじゃないしな……?



 まぁ、あとで聞くとしよう。

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