第5話『女神と天才の初邂逅』

 詩葉が缶詰をした翌日。

 日曜日。今日は友達のいない俺に、珍しく予定が入っていた。


『九重です、凪斗くんはいますか?』

「はい、どうぞ〜」


 そう、先日約束した料理教室。

 色々とスケジュールを調整した結果、今日になった。


 九重さんは実家に住んでいるらしく、さすがに彼氏でもない異性を家にあげるのはきびしいらしく……。


 消去法で場所は俺の家になった。

 事前に伝えた住所と部屋番号。それを頼りに、九重さんは俺の部屋のインターホンを鳴らした。


 エントランスからこの部屋まで、エレベーターを使っておおよそ三十秒。

 その間に、俺は部屋の最終チェックを行う。


 ゴミは落ちていないか。

 部屋は臭くないか。

 変なものが見えていないか……などなど。


 詩葉と山田さんを除いて、女性を部屋に入れるのは初めてだった。

 ましてや、相手は学校一の美少女。告白を断ったとはいえ、その美しさは俺も理解している。


 最終チェックを終えたあと、俺は小さく息を吐く。


「大丈夫……」



 間もなくして部屋のインターホンが響いた。

 どうやら九重さんが着いたようだ。


「はーい、待ってまし――え?」


 ドアを開けると、立っていたのは九重さんではなく詩葉だった。


「凪斗、詩葉のこと待ってた?」

「いやいや、違いますよ? 今日友達が来る予定でして。できればご帰宅願えれば、と……」


 もちろん話している間にも九重さんはこっちへ向かっている。

 不満そうな詩葉の後ろを、九重さんが通っていく。


「あれ、408号室って……? あ、凪斗くん?」

「むぅ、凪斗。友達って女の子だったの?」


 別に浮気していたわけでも、片方と付き合っている事実があるわけでもない。

 なのになんだろう、この威圧感と修羅場感は。


 俺に気付いた九重さんは多分この状況をまだ理解していない。

 だが、友達が来るとついさっき言ってしまった詩葉はほとんど察していたようで、上目遣いですごく睨んできた。


「とりあえず、一旦入りますか? 二人とも……」


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 リビングに二人の美少女が対面する。


 一方は『天才』の詩葉。全てを察して何故かご立腹のご様子。


 一方は『女神』の九重さん。何か勘違いしているご様子。


「えっと、俺が説明した方がいいのかな?」

「凪斗くんこの人は誰ですか? もしや、凪斗くんの妹、ですか?」

「む、これでも凪斗の一つ先輩。あなたこそ、だれ」


 まず最初に何から説明すればいいんだろう。

 あの場面で詩葉だけ帰らせるわけにもいかなかったので、とりあえず二人とも家に入れたが……。


「私は凪斗くんのクラスメイトの九重胡桃です。簡単に私の自己紹介をするとすれば、凪斗くんの次期彼女候補――ってことくらいでしょうか」


 いつもの凛としたクールな九重さん。まるで催眠術に失敗して、赤面していた時とはまるで違う。


 俺まで恥ずかしくなってしまう言葉を口にして、九重さんはどこか勝ち誇った顔を浮かべる。


「なぁっ〜〜〜! 凪斗! どういうこと、詩葉聞いてないよ!?」

「いやいや、九重さんが勝手に言ってるだけですよ」

「だ、だと思った。凪斗が、モテるはずない」

「おい。間違いないが、口したら駄目だろう。さすがの俺のメンタルも傷ついちゃうよ」

「ん〜っ! いたいぃ!」


 そらそうだ、と納得した顔の詩葉の頬を軽くつねる。


「えっと、詩葉は二ヶ月くらい前に引っ越してきた隣人で、よくご飯を作ったり部屋の掃除をしたり。まぁ平たく言えば、世話を焼く兄とだらしない妹のような関係性です」

「なんかその説明、すごく不服。詩葉も、次期彼女候補でもある」

「何言っちゃってんの!? 詩葉さん!?」

「凪斗、冗談だから落ち着いて」

「ピュアな男子高校生を弄ばないでもらえますか、先輩」

「いたっ!」


 次は詩葉のおでこにデコピンを入れる。


「仲良いですね〜、二人とも。凪斗くん、この私を嫉妬させたいんですか?」

「いや、すみません、そんなつもりじゃないです」


 ついいつも通りの会話をしてしまった。

 そもそも本来今日は九重さんに料理教室をするために、わざわざ俺の家に来てもらった。

 ちゃんと本来の目的を果たさなければならない。


 そのためには早くこの二人の仲を取り持つ必要がある。


「さっきも言ったけど、こちらは九重胡桃さん。学校でなんやかんやあって、よく話すようになった。今日家に呼んだのは料理を教えてあげる話になったからで」

「ふーん、料理。そういうことなら詩葉も凪斗に教えてもらう」


 詩葉は一人で話を進める。

 それに九重さんは小さな声で反論する。俺には聞こえない。けど、なんとなく予想はできた。


「なっ! ……せっかく凪斗くんと二人きりで……」

「胡桃、モゴモゴ言ってて、何言ってるのか分からない」

「いいですよ、受けて立ちます! どちらが凪斗くんの彼女にふさわしいか、勝負です!」

「凪斗の彼女にはならない。けど、将来のために勝負はしておく」


 会話の前半部分の内容はあまり聞こえなかったが、見た感じ仲良く(?)なってるようで安心した。


 一瞬聞こえた詩葉の言葉。

 将来のために勝負とか言っていたが、それはどういう意味なのか……。


 まぁ、そんなことは置いておくとして。

 俺は無事、修羅場から脱することが出来たみたいだ。


「はぁ、死ぬかと思ったぁあああ」


 詩葉と九重さん。あの状況で二人から罵倒されるビジョンが容易く浮かんだ。

 もしかしたらそのまま嫌われていたかもしれない。九重さんが俺を避けるような未来にもなり得た。



 でも、そうならなかった。



「よかった……のか……?」


 自分でもそれはよく分からない感情だった。冷蔵庫と向き合って考えてみる。もちろんそんなことしても分かるわけもない――。



 俺は二人に見えないところで小さく安堵の息を吐いたのだった。

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