第58話展望台
夜で車が少ない。
須藤の運転する外車は、理久と翼を後部シートに乗せて20分程走り、予定より早く晴美展望台に着いた。
理久は、展望台までの道のり、車を止めてくれと翼と須藤に何度も頼んだ。
しかし、翼は拒否。
須藤の雇い主は翼の父である以上、須藤が翼の命令で車を止められないのは仕方ないし、運転の邪魔をして事故を起こす訳にもいかず理久は途中で諦めた。
翼は、理久と翼を待っていると何度も言う須藤を強引に先に車で帰らせた。
夜の展望台は、いつもは多くのカップルが車で訪れるが、この周辺はさっきまで雨が降っていて今夜は理久と翼しかいない。
そして、いつもはキレイに見える街の夜景もかすみ鮮明に見えなかった。
静かな展望台で、少し距離を取る理久と翼の姿を外灯が浮かび上がらせる。
翼は、小さな頃から勉強も何でも器用に出来て、いつも不器用な理久を「しょうがない奴」とクールに言ってかばって面倒を見てきてくれた。だが、理久に向かい声を荒げてこんな乱暴に車に閉じこめて連れて来るような事はした事は一度も無くて、理久は今も驚き動揺していた。
そして、翼の斜め掛けカバンの中が又グニュっとごくわずかだが動き理久を焦らせる。
しかし、やはり翼は興奮からか、カバンの中に何かいる事に気付いていない。
そしてそんな理久を、翼は更に口調を強めて責めた。
「理久!これだからお前は、ガキの頃から頼りないんだよ!あんなどこの国の外人か分かんねえ得体の知れない胡散臭い奴にひっかかりやがって?」
理久は、翼の怒りが更に増した表情を見て混乱の度を深めたが、クロの事を悪く言われた事で理久の中にもどうしてもイラ立ちが生まれた。
しかし、理久は極力冷静に返した。
「得体が知れない?胡散臭い?アレクサンドルさんはそんなんじゃない!」
それを聞き翼は一瞬ぐっと唇を噛んだが、理久の目を睨むように見詰めて猛反論してきた。
「理久!昨日知り合ったばっかで、お前にあいつの何が分かるんだよ?!えっ?!」
嘘をついている痛い所を突かれて、理久は次の言葉に窮した。そして、やはりこんな時、咄嗟に言い訳の出来ない自分の不器用さを恨んだ。
翼は、理久の表情を見て勝ったように笑うと、次に呆れたような口調で言った。
「はっ!思った事が顔に出るのはやっぱ理久だな……お前、あの外人と会ったの昨日が初めてじゃないだろ?!前から知ってたんだろ?!」
折角、クロには何か考えがあって付いた嘘なのにと思ったが、理久はもう今更これ以上誤魔化しても無駄だと思ったし、どこかでもうハッキリ言ってしまいたかったのかも知れなかった。
理久は、あっさり認めた。
「ああ……ずっと前から……アレクサンドルさんの事はよく知ってたよ」
「はあ?!……」
認めたら認めたらでも翼は何一つ納得してないようで、更に捲し立てるように言った。
「いつからだ?俺はお前の事は何でも知ってるつもりだったのに、あいつと会ってる時間なんてあるはずなかったのに…あの外人、胡散臭い上にお前に会ったのは昨日が初めてとか嘘つきやがって。あんないい加減そうな奴と会うのはやめとけ!理久!」
「だから言ってるだろ!アレクサンドルさんはいい加減じゃ無い!ただ、きっと理由があったんだ。そう言わなきゃならなかった理由が。俺には分かる!」
理久も叫んだ。
翼は、これ程翼に反抗的な理久を見た事が無くて一瞬狼狽える。
「理久……まさか、まさかお前……あの外人の事…」
翼は、表情をかなり歪め聞いた。
「ああ……好きだよ。恋愛的な意味で」
理久は、躊躇いなく即座に真剣に答えた。
だが翼は、何故か突然笑った。
「アハハ……アハハハハ…」
そして翼は、大きなため息を一つ着くと首を左右に振り、一歩、二歩と前へ出て理久に近づき、再び怒り声を放った。
「……お前って……本当にバカだよな!バカでしょうがない奴だから俺がずっと側にいてやらないとダメなんだ!よく自分を見て考えろ!お前は、あの男が犬のクロに似てるから好きなんだよ!あいつ自身を見てる訳じゃねえよ」
理久は、一瞬ハッとした。
翼に言われるまでも無くこの翼の指摘は、理久はクロの国にいる間散々考えたからだ。
でも、そうしたから答えはすで出ていて理久はそれを素直に告げた。
「俺も最初そう思ったよ。俺は、アレクサンドルさんがクロに似てるからアレクサンドさんの事も好きなんだって。それでアレクサンドルさんと一緒にいる間、ずっとずっと何度も何度も思って考えて……悩んだよ。でも最後は分かったんだ。最初は確かにそうだったかも知れないけど、俺はアレクサンドルさんと一緒にいる間に、アレクサンドルさん自身も好きになってた」
しかし翼は、奥歯をぐっと噛み締めると、尚も理久に詰め寄った。
「理久、バカな事を……それに、あいつは日本語は上手いけど、一目見ただけで普通の日本人じゃないのがわかるだろう?生まれも育ちも普通の日本人の俺達とは違う奴だって分かるだろ?生きる世界が違うんだ。生きる世界が違うけど、偶然この日本の片隅でたまたま一瞬だけ会ってすれ違っただけで、それだけの存在なんだ。一緒には生きてはいけないし、第一、理久、お前には無理だ!お前みたいな奴はこれから先、俺のオヤジが総長の大学に行って、俺のオヤジが社長の会社に入って、俺の側の安定した道を生きていくのが一番なんだ」
この翼の指摘も、理久はクロの国にいる間に散々考えた。
理久は、クロと釣り合うようなあのクロの幼馴染の王子様みたいでは無い。
しかも折角クロが豪華な朝食会を城で開いてくれたのに、理久が落着き無くチョロチョロしたせいで朝食をめちゃくちゃにもした。
そして理久は、クロの城を始めクロの王族としての環境には未だに慣れてはいない。クロの国の事もほとんど何も知らない。理久がクロと一緒にクロの国で生きる事は不安が今も付き纏う。
でも、もう理久は決めたのだ。
クロと一緒に、クロの国で生きると。
「翼……でも俺……もう決めたんだ。俺……アレクサンドルさんと……これから先も、ずっと…」
しかし、そう、理久が言い終わる前に、突然翼は猛烈な勢いで理久に向かい走り出して叫んだ。
「理久!ダメだ!ダメだ!俺は、俺はお前が!」
そして翼は、理久を抱き締めようと両手を伸ばした。
だが、その瞬間…
理久を庇うように、理久と翼の間に何かがサッと風の様に割って入った。
それは、クロだった。
「理久に触れるな…」
一瞬でいつの間にか翼とすぐ近くで向かい合っていたクロは、冷たい地を這うような低い声で言った。
そして、クロの眇められた瞳からは、張り詰めた静かさの中に翼への大きな怒りが見て取れた。
「お前……どっから湧いて出やがった?」
翼は立ち止まり、ひるむ事無くクロの青い瞳を睨んで唸るように言った。
しかし、翼は不思議に思った。
車でここへ理久と来ている間、後ろからタクシーなどが追いかけてきている予兆が無かったのを確認していたからだ。そして特に山裾からこの展望台までは、車道は翼達が来た同じ道しか無かったからだ。
クロがどういう手段を使いここへ来たかが分からなかった。
そして翼は同時に、理久と翼の間に割って入った時のクロの素早さと気配の無さに、人間離れしている何かを感じた。
いなくなった愛犬を探していたら、異世界で獣人王になっていて、俺は愛妃になれと攫われた!(交際0日で、獣人王と婚約しました!) みゃー @ms7777
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