第54話 エピローグ
最強新人勇者決定戦があった日から、しばらくの月日がたった。
サイラスはあの日以降、その横暴を芋づる式に暴かれ、失脚したらしい。
それによって、俺の暴力教師やら問題教師という汚名もそそがれ、左遷も不当人事だったと認められた。
俺は勇者協会からの謝罪とともに、王都の勇者学院への復職が認められた。
だが──
その日、俺はリット村の勇者学院の校舎ことボロ小屋の前で、半ば日向ぼっこをしながら教え子たちの様子を見守っていた。
うららかな午後の日差し。
グラウンドで訓練をする生徒たちを眺めつつ、あくびをする。
「ふあああっ……今日も穏やかで、いい日和だな……」
都会のせかせかとした生活とは無縁の、ゆったりとした時間が流れる田舎生活の心地よさに浸る俺。
穏やかすぎて、おじいちゃんになってしまいそうだ。
俺は王都勇者学院への復職を自主的に断り、このリット村での教師生活を続けることにしていた。
リオたち三人に勝負で負けてしまったのだからしょうがない──というのも言い訳でしかなく、俺も心の底では、この生活を続けることを望んでいたのだ。
キラキラと輝く汗を散らして訓練をするリオ、イリス、メイファの姿を眺めながら、俺はふと苦笑する。
だってさ……あいつら可愛すぎるんだもん。
俺にがっつり懐いてくれているし、正直に言って別れたくない。
こんなのは教師失格だとは自分でも思うが──
でもまあ、本来は三年制の勇者学院だ。
あと二年間ぐらいは見てやっても、罰は当たるまい。
その二年後、俺はあいつらと別れられるのかなぁと思うとはなはだ不安だが。
まあそのときはそのとき、また考えよう。
「おーい、兄ちゃ~ん♪」
リオが手を振って、俺を呼んでいた。
機嫌が良さそうだ。
また何か新しい技を会得したのかもしれない。
「おう、どうしたリオ。調子良さそうだな」
「うん兄ちゃん。オレ【疾風剣】できるようになったよ♪」
俺はずっこけた。
「はあっ!? お、おまっ──【疾風剣】は俺が使える中では最強の剣技の一つだぞ!?」
「えへへへー。ちゃんとできてるか、見てみてよ兄ちゃん。いっくよー──【疾風剣】!」
「ちょっ、ちょっと待──」
──ガンガンッ、ガガガガガガガンッ、ガガガガンッ!
俺が慌てて木剣を構えたところに、駆け込んできたリオが【疾風剣】を叩き込んでくる。
どうにか全部受け切ったが、ホント超ギリギリ。
【疾風剣】を放ち終えたリオは、両手を後ろに組んでぴょこんと聞いてくる。
「えへへーっ、どう、兄ちゃん?」
「か、完璧だよ……」
ぐぅっ。
まだ完全に追いつかれたわけではないとはいえ、背後からひたひたと迫ってくる教え子の足音が怖い。
「えへっ、やりぃっ! これも兄ちゃんのおかげだな♪」
そう言って俺に抱きついてくるリオ。
子犬のようにすりすりと、俺の胸に顔をこすりつけてくる。
な、何この可愛い生き物……。
癒される……。
俺は片腕でリオの背中を抱き寄せ、もう片方の手でリオの頭をなでなでする。
至福のひととき。
癒されるけど怖い。
可愛いけど恐ろしい。
至福と脅威がごちゃまぜになって襲い掛かってきて、何かとにかくヤバい。
「あーっ! リオってば、また抜け駆けしてる!」
それに目ざとく気付いたのはイリスだ。
パタパタと駆け寄ってきて、俺の前でもじもじし始める。
「せ、先生……私も、抱いてほしいです……」
頬を染め、上目遣いで恥ずかしげに言ってきた。
その破壊力、極大魔法級。
だが脈絡がないのと、使った言葉が危険だ。
「イリス、言葉遣いには少し気を付けような。今の言い方だと……」
「んん、言葉遣いですか……? ──はわっ!? ……ち、ち、ちちち違いますっ! 『抱いてほしい』っていうのはそういう大人と大人のくんずほぐれつみたいな意味で言ったんじゃなくて、もっとこう普通にぎゅーってしてほしいっていう意味で……!」
「お、おう。分かってるから。分かってるから落ち着けイリス」
「リオも何ニヤニヤしてんのよぉーっ!」
「にひひっ、イリスもえっちだなーって思って」
「にゃにおーっ!」
「きゃーっ、逃げろー♪」
リオが俺から離れて逃げ出し、イリスがそれを追いかけ始める。
追いかけっこが始まったが、足の速さではイリスはリオには敵わない。
イリスは途中で足を止めて、背中から弓矢を取り出し、手早く構えて【クイックショット】で射た。
先端に布を巻いた木矢が逃げるリオのお尻に命中し、リオは「きゃんっ」と言って跳ね上がる。
イリスがそれを見て笑う。
涙目になったリオが、反撃せんとイリスに向かってきてつかみかかった。
取っ組み合いのキャットファイトが始まるが、別に二人とも本気ではない。
お互いじゃれ合うように、もみ合いへし合いを始める。
……今日も元気だなぁ、あいつら。
でも一般の子供相手にそれをやると、いや大人でも一般人相手だとお前らのパワーでは一瞬で施療院送りだから、気を付けような。
と、俺が微笑ましい気持ちで二人の様子を見ていると、そこにメイファがやってきた。
「……お兄さんは、今日もモテモテ。……そしてお兄さんは、もうボクたちの魅力にくびったけ」
「あーっ、前者の意味合いはともかく、後者に関して否定はしないが、張本人の一人に言われると腹立つな」
「……ふぅん、否定、しないんだ。……じゃあ、もうボクたちと別れるとか、言わない?」
メイファの探るような目。
その奥に少しだけ、怯えの色。
困った俺は、ぼりぼりと自分の頭をかく。
「いや、そりゃお前……俺は教師だから、いつまでもってわけにはいかないだろ」
「……ダメ。……お兄さんは、ずっとボクたちと一緒」
「怖ぇよ。呪いか何かじゃあるまいし」
自分で言って、そういえばこいつら、この村で最初に会ったときは呪われた子だとか言われていたのを思い出す。
そんなのはただの偶然の重なりであり、思い込みであり、迷信だったともう断言してもいいだろうと思うが──
と、そんなことを思っていると、メイファが不意にこんな言葉を口にした。
「……じゃあ、ボクが今からお兄さんに、その『呪い』をかける」
そしてメイファは背伸びをし、俺の首周りに腕を回してきて──
ちゅっ。
メイファは俺の唇に、ためらいがちなキスをしてきた。
メイファはすぐに唇を放すと、俺に向かって極上の笑顔を見せてくる。
そのいたずらっ子の笑顔は、少しだけ頬が赤く染まっていて──
「……これで『呪い』はかかった。……お兄さんは、もうボクたちからは逃れられない」
そう言ってメイファはくるりと背を向けると、リオとイリスがもみ合いをしているほうへと駆けていった。
呆然とするばかりの俺。
メイファは大した意味もなしに、いつものノリでやったのかもしれないが。
自分の唇にわずかに残った、少女の唇の柔らかな感触に名残惜しさを感じつつ、俺はついに確信してしまった。
ああ、うん。
俺、やっぱりロリコンだわ、と。
こうして、俺と三人の教え子たちとの濃密な一年間が終わった。
俺と彼女たちとの付き合いは、メイファの『呪い』のせいか今後もまだまだ続くことになるのだが──
それはまた、別のお話である。
捨て猫勇者を育てよう いかぽん @ikapon
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