第53話 卒業試験(2)
競技場の夜のグラウンド。
そこで俺は、木剣を片手に三人の教え子たちと対峙していた。
恐るべき身体能力を持った天才剣術アスリート、リオ。
オールラウンダーで特に補助魔法を得意とする神子、イリス。
すさまじい魔法センスで攻撃魔法を自在に操る怪物、メイファ。
三人とも本気の佇まいで武器を構え、わずかの隙も見逃さないという様子で俺を見すえていた。
俺と三人との距離は、二十歩分ほど。
俺はこいつらを打ち倒さないといけない。
三人ともナリは小さいが、その小さな体に秘めた力は、もはや本物だ。
侮れる相手じゃない。
だがいくら天才といったって、まだ鍛え始めてから一年だ。
それに俺だって、天才などと呼ばれていた時期ぐらいはある。
加えて修羅場をくぐった数で言えば、こいつらの十倍はくだらない。
そして勇者は、くぐった修羅場の数だけ強くなるとも言われている。
ゆえに地力では、俺のほうがまだずいぶんと上だ。
「──はあああああっ!」
俺は普段は抑えている勇者の闘気を解放した。
力の波動が俺を中心にして一気に迸り、リオたち三人に襲い掛かる。
三人はびりびりと、俺が放った力に気圧された。
「ぐっ……! これが兄ちゃんの、本気の闘気かよ……!」
「せ、先生の力……強すぎる……! 押し込まれそう……!」
「……うっ……ただのロリコンのお兄さんじゃないとは、分かってたけど……!」
少女たちは強風に抗うかのように、必死にその場にとどまっていた。
だが彼女たちも、負けてばかりではない。
「でもよ……!」
「私たちだって……!」
「……負けるわけには、いかない」
「「「──はああああっ!」」」
リオ、イリス、メイファの三人もまた、闘気を一斉に解放した。
少女たちが髪を舞い上げ、その体に思い思いの色のオーラをまとう。
三人の力が合体して、俺の力を押し返そうとし、波動が拮抗して──弾けた。
力のぶつかり合いが嘘だったかのように、場が静まりかえる。
お互いに闘気のオーラをまとった状態で、静かに向かい合っていた。
俺と教え子たち。
両者の間に立つのは、レオノーラ先生だ。
ちなみにアルマはというと、今のやり取りにあてられて腰を抜かしていた。
へたっと地面に尻餅をついて、驚きに目を見開いている。
「う、嘘でしょ……? 勇者学院の先生と生徒とで……こんな次元の、戦いになるの……?」
かたかたと震えているアルマ。
アルマはまあ、その……勇者としては、それほど力のある方じゃないからな。
一方でレオノーラ先生は、落ち着いた様子で俺たちの間に立ち、審判を始める。
「勝敗の決め方は、大会準拠でいいですね。両者正々堂々と戦うように。では──始め!」
そう言って、レオノーラ先生は横手に退いた。
そうなれば、俺の正面にいるのは、三人の教え子たちだけだ。
「じゃあ行くぜ──リオ、イリス、メイファ」
俺は言って、ゆらりと一歩を踏み出す。
「おう、兄ちゃん! 返り討ちにしてやるよ!」
「はい、先生! 胸を借りるつもりで──ううん、胸を撃ち抜くつもりでいきます!」
「……お兄さんと、本気で戦う日が来るとは、思わなかった。……お兄さんに鍛えられた力、試させてもらう」
リオ、イリス、メイファの三人も思い思いに散って、戦闘開始となった。
***
俺は三人に向かって駆ける。
イリスとメイファは左右に散って、向かってきたのは──
やはり、リオだ。
リオはあの恐るべき敏捷性で稲妻のように左右にステップを踏み、ジグザグの軌道で俺に向かってくる。
めまぐるしい動き。
右からか、それとも左からか。
ところでだが──俺の狙いは、リオじゃない。
リオの相手をするのは一番手間がかかる。
敏捷性も打たれ強さもあるし、三人のうちで最も倒すのが大変なのがリオだ。
リオの相手をしている間にイリスの支援魔法で強化が固められ、メイファの攻撃魔法とリオの白兵攻撃とで同時攻撃されたら、さすがにたまったもんじゃない。
ってわけで──
「──もらったぜ、兄ちゃん!」
リオの声は左から来た。
下段に構えた木剣を、すくいあげるような一撃。
狙うは──俺の木剣。
白兵戦闘の共通技、【ディザーム】だ。
武器を打ちすえて、相手の手から弾き飛ばす技。
俺の意表をついたつもりなんだろうが──
まあ、乗ってやるか。
「しまっ……!?」
──カァンッ!
俺の口から焦りの声が漏れ、手からは木剣がはね飛ばされた。
木剣は高々と宙に舞う。
「っしゃあ! どうだ、兄ちゃん!」
「くそっ、やられた……! ──なーんてな」
「えっ……おわっ!?」
俺は両手で素早く攻撃直後のリオの服の袖と胸元とをつかみ、後方へと投げ飛ばす。
それから投げ飛ばしたリオがどうなったかの結果を見ずに、落下してきた木剣を空中でつかんでから、再び前方へと向かって駆けた。
俺が目指すのは──魔法の集中を行っているイリス。
悪いが本気で潰させてもらう。
「しまった! ──イリス、逃げろ!」
後ろからリオの声が聞こえてくる。
俺に投げ飛ばされたリオは、どうやらうまいこと空中でバランスをとって着地したようだが、そこからすぐに俺に追いつくことはできない。
俺はイリスへと向かっていく。
木剣を手に、使う技の構えは多段連続攻撃の【疾風剣】だ。
補助・回復に長けたイリスさえ倒してしまえば、あとのリオとメイファとの戦いは消耗戦だ。
そうなれば地力の差で俺が勝てる。
あるいは、こっちは回復を織り交ぜながら戦ってもいい。
いずれにせよ、イリスが向こうのチームの鍵ということ。
真っ先に倒すべき相手だ。
オールラウンダーのイリスは打たれ強さも低くはないが、それでも俺の攻撃力で【疾風剣】を全弾ヒットさせれば、一手でノックアウトに追い込めるはず……!
そして一方のイリス。
接近する俺を見すえて、精神集中を続けていたが──
俺がたどりつく直前でニッと口元を綻ばせた。
イリスの魔法発動のほうが速かったか。
だが多少の補助魔法でリオやメイファを強化したところで、そのぐらいなら──
「いきます──【
「はあっ!?」
イリスが使った魔法に、俺は本気で驚きの声をあげていた。
イリスが放った魔法の輝きは、イリス自身の体に宿り、強力な防護膜となる。
こうなっちまったら、【疾風剣】の一発どころじゃとてもノックアウトには届かない。
イリスは俺を受け入れるように、両手を広げてみせる。
「ふふーん、先生なら私を狙ってくると思ってました。──さあ先生、どうぞ私をお召し上がりください」
どの魔法を使うかは、精神集中の開始段階で決めておかなければならない。
つまり──
イリスのやつ、俺の行動を読んできやがった……!
こうなったらもう、イリスを最初に召し上がっている場合じゃない。
俺は【疾風剣】をキャンセルして、一度イリスから退いてターゲットを変更する。
イリスがダメなら、一番打たれ強さの低いメイファから叩くしかない。
が、そこに──
「……右手から【
メイファから俺に向かって、攻撃魔法の雨あられが降り注いだ。
そりゃそうだよな!
メイファのことノーマークにしてたんだから、そりゃ攻撃魔法も飛んでくるさ!
「くっ──させるかあああっ!」
五つの火炎弾と、五つの風刃、トータル十の魔法弾。
俺は横っ飛びでそのうち四つほどを回避し、さらに木剣を使った【ディフレクション】で四つを弾き飛ばす。
が、残りの二弾は防御しきれずに、火炎弾一つと風刃一つとを体に受けてしまった。
痛ってぇ。
もちろん大したダメージじゃない。
ノックアウトされるや否や、なんてものじゃ到底ないのだが……。
「……おー、さすがお兄さん、すごい。八個もよけた。……ならば、もう一度行くまで」
「やらせるか! その前にメイファ、お前を倒す!」
俺は地面を蹴る。
メイファに向かって。
「……いやん、お兄さん。ボクを押し倒して、食べてしまいたいだなんて」
「言ってねぇええええっ!」
ああもう、やりづらいったらないわ!
アルマもレオノーラ先生も変な目で見ないで! 違うからな!
しかも──
「おおっと兄ちゃん、メイファのもとには行かせねぇぜ! メイファを食べたきゃ、まず俺を食ってからにしな!」
メイファのもとへと駆ける俺の前に、横からリオが滑り込んで立ちふさがった。
「ちっ、リオか……! ていうかお前ら表現! わざとやってんだろ!?」
「「「えへへへー」」」
ぺろっと舌を出してみせてくる、教え子三人衆。
クッソかわええ……。
──そしてぶっちゃけ、この時点で戦いは詰んでいた。
俺の負け、確定。
でも俺にも意地ってものがあって、あの手この手で攻めてみたのだが──
なんかもうこの三人、鉄壁すぎて無理だった。
コンビネーションはバッチリだし、個々も強いしで、まったく手の打ちようがない。
一方で俺は三人によって散々に打ちのめされ、弄ばれ、あっという間にノックアウトされた。
あっけない決着。
そして──
バッチリ耐久力を削り切られた俺は、闘技場のグラウンドで大の字になってぼんやりと倒れていた。
そこに、
「へへ~っ、オレたちの勝ち。これで兄ちゃんはオレたちのもん♪」
仰向けに倒れた俺に、リオが覆いかぶさってぎゅーっと抱きついてきて。
「よいしょっと。……先生、今日もお仕事お疲れさまでした。まだまだ子供な私たちに、これからもいろいろと教えてくださいね」
イリスは俺の枕元に座ると、俺の頭を自分の膝枕に乗せた上、俺の髪をやさしくなでてきて。
「……お兄さん、ボクたちを置いてどこかに行こうったって、そうはいかない。……ボクはお兄さんのこと、逃がさないから」
メイファはにひっといたずらっ子の笑みを見せて俺の横にしゃがみ込み、もう離すまいというように俺の手を握ってくるのだった。
──戦力的には、勝ててもおかしくはない戦いのはずだった。
なのに、どうしてこうなったのか。
どうして俺は、まったくセオリー通りである俺の考えを、イリスが読めないなどと思い込んでしまったのか。
それは、つまり──
この戦いに「勝ちたい」という気持ちの強さの差だったのかもしれないなと、夜空の星々を見上げながら思った俺なのであった。
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