第52話 卒業試験
「卒業試験だ。三人がかりで俺を倒してみろ。ルールは大会のときと一緒──魔道具がノックアウトの警報を鳴らしたら退場だ」
俺の言葉を聞いた三人は、ぽかーんとした顔で突っ立っていた。
十秒経過。
二十秒経過。
三十秒経過。
だがやがて、三人は慌てた様子で聞き返してきた。
「は……? ちょっ、ちょっと待ってよ兄ちゃん!? 卒業試験って何だよ!?」
「せ、先生!? え、どういうことですか……? 卒業……?」
「……お兄さん、さすがのボクも、理解が追い付かない。……お兄さんが何を言っているのか、理解できない。……ううん、理解したくない」
三人とも驚いてはいるようだが、メイファあたりは俺の言わんとしていることが分かってはいるようだった。
──というわけで、俺の最後の仕事だ。
俺が三人に出会ってから、およそ一年がたった。
リオは一歳成長して十五歳になったし、イリスとメイファも十四歳になった。
俺は三人を、「卒業」させることに決めた。
三人とも学年が分からないような状況ではあるし、普通は卒業かどうかなんて一教師が決めるようなことでもないのだが──
勇者学院は、本来は三年制だ。
しかし三人ののみ込みが異常に早かったのと、俺が三人だけを見ていればよかったという環境もあって、その三年間で教えるべきことはこの一年間でおおむね教え切ってしまっていた。
勇者学院の教育内容は実習が大部分だから、さっさとできるようになってしまえば、さっさと先に進めてしまうのだ。
でんぐり返しができるようになった子に、でんぐり返しのトレーニングを続ける必要はないということ。
そういう状況下にあって、三人の学年も分からなければ、あの村の勇者学院の状況では学院としての制度もあってないようなもの。
なら実質の話、こいつらの唯一の教師である俺が、どうするかを決めるべき問題だ。
俺は三人に向かって、笑顔で──多分ギリギリ笑顔を作れていると思う──こう伝える。
「いやぁ、お前らならもう、魔王ハンターするなり何なり、自分たちだけで十分に生きていけるだろ? だから卒業。──ってわけでさ、お前ら最後に、強くなった姿を俺に見せてくれよ。俺への感謝の気持ちだと思ってさ」
俺は木剣を右手に持ちつつ、左手はポケットから金貨を一枚取り出す。
金貨は試合開始のサインとして投げるためのものだ。
しかし大慌てなのは、三人の教え子たちだった。
「何でだよ兄ちゃん……! オレたちのこと、嫌いになったの……!?」
「待ってください先生! お願いします、何でもしますから、卒業なんて──!」
「……お兄さん、待って、待って……! ……そんなのおかしいよ! ……どうして、どうして突然、そんなこと言うの……?」
見捨てられた子猫たちのように訴えかけてくる少女たち。
俺は、でも──
「だってよ、俺の左遷がサイラスの横暴だったってことになれば、俺も王都の勇者学院に戻れるかもしれないだろ。そうなりゃ給料も今より良くなるしさ。辺境のちっぽけな村からもおさらばってわけよ」
そんな嘘をついて、偽悪を演じる。
自分でもなんでこんなことを言っているのか分からなくなってきた。
三人と別れなければいけない。
俺は教え子離れをしなきゃいけないし、こいつらは教師離れをしなきゃいけない。
そういう強い強迫観念に、俺はとらわれていた。
この三人との共同生活は、ちょっとヤバいぐらいに楽しくて、ずぶずぶと嵌まってしまいそうで──
だからこそ、ここでこいつらを強く拒絶しなきゃいけないんだ。
そして、俺の言葉を額面通りに受け取ったのか。
まずイリスが、強いショックと絶望に襲われたような顔になった。
イリスはうつむき、表情に影を落としつつ言う。
「……分かりました、先生。……リオ、メイファ。先生には先生の都合があるよ。私たちがそれを邪魔しちゃいけない」
「イリス! で、でもよ! お前は兄ちゃんと別れるの、それでいいのかよ!?」
「はあ!? いいわけないでしょ!!! でもしょうがないじゃない! 私たちはわがまま言ったらダメなの! 先生に感謝してるなら、先生のことを一番に考えないといけないの!!!」
悲鳴のようなイリスの声。
グラウンドにぽたぽたと、涙がこぼれ落ちていた。
リオはそれで、絶句してしまう。
それから苛立たしげに、地団駄を踏む。
感情の向けどころが分からないという様子。
一方でメイファは、真っ直ぐに俺を睨みつける。
「……嘘。……お兄さんは、そんなことを言う人じゃない。……お兄さんは嘘をついてる、絶対! ……ボクはお兄さんのことなら、よく分かってる──分かってるんだよ! どうしてそんな嘘をつくの、お兄さん! ボクには分からない! お兄さんの言ってることが分からない!!!」
メイファのいつにない絶叫。
言葉は矛盾。
俺を睨みつけるメイファもまた、瞳いっぱいに涙をためていた。
……まあ、鋭いよ。
さすがはメイファと言わざるを得ない。
だが俺は嘘を押し通す。
「はあ? 俺のことを分かってる? 何言ってやがんだガキがよ。お前らに合わせてやってただけだよ」
「……嘘だ! ……嘘だ嘘だ嘘だ! そんなの、お兄さんじゃない!!!」
「目が曇ってたみたいだな。残念でした、バーカ」
なんでこんなことを言ってるんだ俺は。
こいつらと別れなきゃいけない。
何が何でも。
それしか頭になくて、出てくる言葉が全部教え子たちを傷つけるものになってしまう。
嫌われてしまえば、別れられるから。
そんな軽率すぎる考えで頭がいっぱいになって、それ以上のことが考えられない。
だが、そんなとき。
リオが言った。
「……兄ちゃん、嘘が下手だよ」
俺は目元を服の袖で拭ってから、鼻で笑って答える。
「ハッ、何言ってやがんだリオ。お前までメイファと同じようなこと──」
「だってさ、兄ちゃん──だったら、なんで兄ちゃんは泣いてるんだよ」
「…………」
そりゃあ、リオ。
お前らと別れるのも、嘘の暴言でお前らの心を傷つけるのも、悲しくて苦しいからだよ。
……ああもう。
ホント、嘘が下手だな俺。
「はぁー……。でもよ、リオ。卒業だってのは本当だぞ。お前らはもう自分たちの足で、自分たちの力で生きていける。だったらもう、『先生』はいらないだろ」
「んなことねぇよ! 兄ちゃん、オレたちを世界最強の勇者にしてくれるって言っただろ! あれは嘘だったのかよ! オレたちまだ、世界最強になんて全然なってないだろ!」
「…………」
まあ、言った。
確かに言った。
でも──
自分の目の前で、自分を追い抜いていく教え子たちを見ちまったら、俺は良い教師でいられる自信がねぇんだよ。
そのことに気付いちまったんだよ。
教え子たちに嫉妬狂いする醜い俺の姿なんか、こいつらに見せたくない。
綺麗に別れられるうちに、別れておきたい。
それでいつか、噂に聞くなり、伝え聞くなりすればいい。
俺の知らないどこかで世界最強の存在となった、最強の美少女勇者三姉妹の
だから──だからさ。
分かってくれよ。
どうして分かってくれないんだよ。
などと思っていたところに、突然だ。
俺が予想だにしていなかった、唐突な声が聞こえてきた。
「ずいぶんと話が拗れているようですね、ブレット先生」
「こんな夜中に教え子たちとランデブーとは。ブレット先生がどんどんふしだらになっていってお姉さんは悲しいよ。よよよ……」
競技場のグラウンド突如現れていたのは、二人の女性教師だった。
片や俺の元恩師、片や俺の元同僚だ。
「レオノーラ先生に、アルマ……どうしてここに」
俺のつぶやきに、レオノーラ先生とアルマは事も無げに答える。
「同じ宿に泊まっていたら、こんな夜更けにあなたが教え子たちを連れて出ていくのを見かけたものだから、面白そうなのでアルマ先生と一緒に見学にきました」
「あと、ブレット先生が犯罪行為とかに及ばないように見張っておかないと、みたいな?」
俺のプライバシーはどこへ。
考えようによってはストーカー案件なんじゃないでしょうか。
が、そんな俺の内心の嘆きが顧みられることはなく。
レオノーラ先生は、次にはこんなことを言い出した。
「話はだいたい聞いていました。ようは、ブレット先生は生徒たちを卒業させたくて卒業試験をやりたい、生徒たちのほうはブレット先生にもっと自分たちと一緒にいてほしいと、そういうことですよね?」
「えっと……ま、まあ、そうなるんですかね?」
なんかおかしい気もするが、でも今の話の流れを要約すると確かにそうなる。
現にリオ、イリス、メイファの三人もこくこくと首を縦に振っていた。
そしてレオノーラ先生は、人差し指を立ててこんなことを言ったのだ。
「だったら話は簡単でしょう。ブレット先生は生徒たちの卒業を賭けて、生徒たちはブレット先生の私物化──じゃなかった、ブレット先生ともうしばらく一緒にいる権利を賭けて、卒業試験を行えばいいんです。自分の望みは自分の力で勝ち取りましょう。さあ、お互いに勇者らしく、正々堂々と戦いなさい」
……は?
何を言われたのか、スッと頭に入ってこなかった。
えっと、つまり、どういうことだ……?
要するに──
この卒業試験で俺とリオ、イリス、メイファの三人組とが戦って。
俺が勝ったら、三人が卒業。
三人が勝ったら、俺は三人の教師続行ってことか?
待ってそれ、何かおかしくね?
三人が強くなったところを見せてもらうんだから、三人が俺を負かして綺麗に卒業ってなる予定だったんだが……。
しかし、レオノーラ先生の提案を聞いたリオたち三人は、さっきまでにない目の輝きでやる気を見せ始め、準備運動を始めていた。
……あ、うん。
あれはガチで俺を潰しに来る構えだ。
ちなみに我が天使イリスまで、正当な権利をもらいましたとばかりにやる気満々でストレッチとかしていた。
……はぁ。
ああ、そうかい。
分かったよ。
「……ふ、ふふふふふ……いいぜ、やったろうじゃねぇか」
俺は不敵に笑ってみせる。
教え子たちとの戦いに、本気で挑むことに決めていた。
元々の腹積もりでは、卒業試験だから最後は綺麗に負けてやるつもりだったが、こうなったら話は別だ。
あいつら全力でぶっ潰して、綺麗に卒業させてやる。
それで全部、丸く収まるんだ。
大人げないと言われようが何だろうが知ったことか。
──そんなわけで、レオノーラ先生とアルマの立会いのもと、俺と三人の教え子たちとの夜のガチバトルが始まることになったのだった。
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