四季庭園の化け猫茶屋
旦開野
疑問符編
僕の家から歩いてすぐのところにはかなり昔、お城が建っていたらしい。現在は公園になっていて、さらにその中には四季庭園という、木々が植えられ、池と築山などで作られる庭がある。名前の通り、春には桜が咲き、夏は蛍が飛び、秋には紅葉が色づいて、冬になると雪に覆われる。日本の美しい四季をぎゅっと閉じ込めたような庭園だ。
四季庭園では広がる風景が楽しめるだけでなく、庭園の片隅に茶屋があり、美味しい抹茶と季節ごとに変わる和菓子をいただくことができる。まあこの事実を知っている人は少なく、なかなかお客は来ないのだけど。
平日のお昼。今日は珍しく僕以外に客がいた。スーツを着た中肉中背のサラリーマン。ちょうどお昼休みなのだろう。彼は出された抹茶を一気に飲み干し、白餡に花びらを模した桃色と青色の小さな寒天がまぶされた、紫陽花の形をした練り切りをひとのみにしてしまうと
「ごちそうさま」
と言って店の出口へと向かった。お昼休みにどうしてわざわざこんなところにきたのだろう。ここよりもラーメン屋の方が似合いそうな男だった。
「ありがとうございました」
店の奥に引っ込んでた店主が顔を出した。紺色の着物を着た大男。がたいの割には優しい顔つきをしている。店主は早々にお茶の時間を済ませた男に対しても悪い顔ひとつせずに挨拶をした。
「ああいうお客さんでも悪い顔ひとつしないんだな、お前は」
「もちろん。お客様なんてなかなか来ないですからね。来ていただけるだけでありがたいですよ」
「・・・・・・その話し方気持ち悪いからやめてほしいんだけど」
「そう言うな。こっちの姿もなかなかに気に入っているんだ」
その言葉と同時に、店主の姿は全身白地に黒と橙色の斑模様の毛に覆われた。頭の上には三角の耳、口の周りには長い髭が放射線状に伸びていた。ここの店主が化け猫であることは僕だけが知っている秘密である。
「まあ、そもそも学校へ行っているはずの中学生を受け入れてるくらいだからな。別に今更客は選ばぬ」
そう。僕は今中学2年生。本来ならば学校に行っている時間である。
「お前と話をしていた方がよほど勉強になる」
「おぉ、お前は本当に俺のことが好きなのだな」
「そういうのじゃない」
この化け猫店主は少々面倒臭いところはあるが、この公園が城だった頃から生きているので、いろんなことを知っている。机に向かってつまらない社会科の先生の話を聞いているよりもよっぽど面白い。それにこいつはこんな感じでちゃんと人の話を聞いてくれる。
「そんなことよりもさ。面白い話を聞いたんだ。お前にもちょっと関係ある話」
「俺にってことは化け猫の話か」
「いや、化け猫というより猫だけ・・・・・・かな」
「なんだ、じゃあ俺の話ではない」
「細かいやつだな」
こいつは周りにいる大人よりよっぽど僕の話を聞いてくれるが、少々面倒くさいところがある。
「文章を書くときの記号・・・・・・びっくりマークとはてなマークが猫から来てるって話」
「はて、びっくりまーくとはてなまーく・・・・・・」
「感嘆符と疑問符って言った方がわかるか」
この化け猫は長く生きているのと、滅多にこの茶屋から出ないこともあり最近の言葉はわからない。流行の言葉はもちろん、いわゆる外来語も馴染みがないようだ。
「どちらの記号も猫の背中を模しているらしい」
「なんと。それは知らなんだ」
「疑問符に至っては賢い犬と違って何も考えてなさそうな猫の背中から来てるって説があるらしい」
僕は少し意地悪で化け猫に言った。彼は少しムッとしていた。
「それは聞き捨てならんな。あんな奴らのどこが賢いというのだ」
「実際犬の方が賢いんじゃないのか。芸もできるし」
「人などに従っている方が愚かなのだ。自身の振る舞いくらい自身で決めるべきだろう」
この化け猫店主は思ってた以上に犬が嫌いなようだ。昔喧嘩でもしたのだろうか。少し熱くなりすぎたことを察したらしい化け猫は、咳払いをして言葉を続けた。
「まあしかし、それは一説に過ぎないのだろう。私の聞いた話だと外国で疑問符の代わりに使われていたせ、せみころんというのだったかな、それが変化したって説も聞いたぞ」
「外来語なのにセミコロンなんてよく覚えていたな」
「まあ、俺賢いからな」
いつまで根に持っているつもりなのだろうか。
「そういえば感嘆符、疑問符っていつから使われているか知ってるか」
「確か明治ごろだったぞ。句読法案というのが定められて使われるようになったそうだ」
「詳しいな。お前は別に文字を読める必要なんてないだろう」
「俺、賢いから」
にやついた顔で化け猫は言った。ほんとしつこいやつだ。
「お前のほうこそ、文字なんてさらっと読んでしまっててどんな文字が使われているかなんて気にしていないだろう。明治期前の作品に疑問符が入っていないことなど気にとめたことないだろう」
悔しいが言われてみればそうかもしれない。
「感嘆符や疑問符などは所詮外国から来たもの。そんな記号使わずとも日本語は伝わるものよ」
「そういうものかな・・・・・・」
「実際、俺らが話しているこの文だって感嘆符、疑問符は一文字も入っていないぞ」
「あ、たしかに。というか急にメタいこというなよ」
「はて、メタとは」
「えーっと・・・・・・」
どう説明したらいいのか分からず、僕は目の前に置かれた抹茶を飲み干した。化け猫店主は頭にはてなマークを頭に浮かべて僕の顔をのぞいてきた。
四季庭園の化け猫茶屋 旦開野 @asaakeno73
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