ソレが正しいと思ったんだろ?

時雨(旧ぞのじ)

End roll...

 俺、木之下 とおるは高校二年生で少し陰キャ気味の真面目な生徒である。

 訳あって顔は前髪で隠れ、黒縁メガネでクラスに1人はいそうなカースト底辺な男。


 実は中学生の時から付き合っている彼女がいる。

 カースト上位で可愛い系の彼女。だから、周囲には気付かれないようにお互い誰にも内緒に付き合っていた。


 そんな彼女と高校一年生の冬から徐々に距離を感じ始めてはいたが、別れる、という状況にはなっていなかった。

 俺は感じるものはあったものの、倦怠期とかそういうものだろう、と無理やり納得させ、一過性のものだといいな、なんて考えていた。


 考えていたのだが...。


『あっ♡...ダメっ!タカシ♡...あン』

『ヒャハハハ!どうだ?アイツと比べて!』

『享とはまだ...あっ♡』

『何ソレ、アイツかわいそ〜。こんな具合良いカラダほっといてバカじゃね?』

『タカシ、タカシッ!!タカシ〜♡』


 どうやらそう考えていたのは俺だけだったらしい。


 何だコレ、キモチワルイ...。

 NTRってヤツか?人の彼女を寝取る人間とか、現実的にいるのか...。

 ていうか、意外に冷静だな俺。


 なんだか突然過ぎたせいか比較的冷静な自分に驚いたが、浮気の証拠をしっかりとスマホで撮影し、2人に気付かれないようその場から離れた。



「ただいま」

「お帰り、享ちゃん♡」

「おにぃ、お帰り〜」


 帰宅すると、母親と義妹が帰っていたのでリビングでお菓子を食べながら会話をしていた。


「そういえば~おにぃさ、彼女さんとは最近どうなの〜?デートとかしてないじゃん

「そうねぇ、享ちゃん最近休みはばかりよねぇ」


 リアルタイムな話題になってしまったなぁ。まあ、いずれバレるだろうし。


「あぁ、何というか....浮気されてるみたいだな。今日一緒に帰るか誘いに行ったら、クラスのチャラ男と教室でヤってた」

「...え!?」

「...はぁ?!」


 2人とも分かりやすいくらいに、開いた口が塞がらない状態だな。

 なんてアホな事を考えていると、


「どういう事よっ!!あの女、おにぃがいながら他の男と盛るなんて!」

「あの小娘、どういう事かしら」


 徐々に2人から怒りオーラ溢れてきたので、掻い摘んで最近の彼女との距離感や、メールや電話もほぼなくなってきていた事、倦怠期だと思っていた矢先に今回の事を見た件を説明した。


『...ていう感じかな。思ったよりショックを受けていない俺は冷たい奴なんかなぁ』


 彼女が高校デビューしてカースト上位になった事で、どこかで擦れ違う気持ちがあった。以前は清楚で真面目な感じの女の子だったんだが、彼女は見た目も性格も変わっていった。


「享ちゃんは何も悪くないわ!してはいけない事をしたのはあの娘よ」

「そうだよ!浮気とか最っ低!」

「あぁ、ソレについては同感だよ。浮気するくらいならきちんと別れからにして欲しかったよ」

「それで...享ちゃんはこれからどうするの?」


 どう、か...未練も無いし別れ話をする一択だな。


「別れるよ、全く未練も何も無い」

「そう、分かったわ。それで、享ちゃん忘れて無いわよね?」

「大丈夫。ちゃんと約束は守るよ、母さん」


 それから、他愛も無い話をしてから部屋に戻った。

 夕食時には父さんも帰ってきており、同じ話をして母さんに言ったように『約束は守る』と伝えると、


「分かった、準備に2週間程時間がかかる」


 と言われた。

 両親には我儘をきいてもらったしな。2週間、か。無事に過ごせると良いな...。


 まぁ、そんな淡い希望は脆くも崩されたが。




 翌朝、学校に着くとあからさまな嫌がらせを受け始めた。


 靴箱の中にゴミ、上履きは無くなる。

 机に落書き、〈ストーカー〉〈犯罪者〉等書かれ。

 クラスメイトからは無視され陰口を囁かれ。

 彼女とヤッていたチャラ男に突然殴る蹴るの暴行を受け、周りで見ていた奴等には笑われる。


 どうやらクラスチャットで、元彼女とチャラ男が付き合っていて、俺がちょっかいをかけていた根暗ストーカー、という扱いらしい。

 クラスチャットに俺は招待されてなかったから気付かなかった。

 流石に暴力は駄目だろうと思ったが、教室に来た教師には見て見ぬふりをされた。



 何なんだコイツら。こんな理不尽が罷り通るのか、学校って...。



 元彼女は周りと一緒に俺に対する嫌がらせに参加し、チャラ男と一緒に笑っていた。


 昔は大人しくて、優しい女の子だったんだけどな...人ってこんなに変わるんだな。



 受け続けた被害をキチンと証拠として残した。

 バレないようにスマホで写真や動画を撮り、暴力を受けた時は病院で診断書も取った。


「享ちゃん!その怪我どうしたの!?」

「おにぃ誰にやられたの!?まさか...」

「大丈夫。母さんも義妹も心配しないで。少し嫌がらせ行為をされてるけど...大丈夫、今週末で終わらせるからさ」

「でも!」

「享ちゃん...」

 

 2人とも心配かけてごめん...キチンと終わらせるから。


 そして、2週間が経った夕食後に、父親に呼ばれてリビングで言われた。


 準備は整った、と。



◉元彼女・チャラ男・クラスメイト


「タカシ〜今日どうする〜?」

「うん?今日はウチでヤろうぜ。先ずはアイツをしっかり痛めつけてからな」

「享なんか早く学校辞めてしまえばは良いのに...」

「ひでぇな〜オマエ。つか同感だけどな~」



「アレ?根暗ストーカー野郎、今日居ないじゃん?もしかして辞めた?」

「マジ?ウケる〜」

「ていうか、2週間も学校来るとは思わなかった〜」

「どういう神経してんだろうなアイツ」

「まぁ居ないならセーセーするけどな〜」

「それな。俺なら引き篭もる」


 享だけが居ない教室。

 クラスメイト達はまるで自分達が正義であり、悪である享を断罪したと言わんばかりの状態だった。


 この時までは。


「あ!今から朝の番組にイケメン俳優のリョウ様が出るって?!」

「え?いつもドラマか映画しか出ないのに?」


 プライベートが隠された人気俳優のリョウが出る番組を見る為に皆がスマホの画面に注目した。


『皆さんおはようございます!今日は今話題の謎のイケメン俳優、リョウさんが番組に出演します♪』

『何と!リョウさんは今までプライベートを明かさない事で有名ですが、この度当番組のオファーを受けて頂きました!』

『それでは、お呼び致しましょう!リョウさんです!』


 パチパチパチパチ!!


「「「「!!!?」」」」


登場したのは、リョウこと木之下享だった。


「え?」

「どういう...事?」

「何でアイツ...」

「ウ...ソ...」


『初めまして、リョウさん。いやぁ何とリョウさんは現役の高校生だったんです!やはり普段は今みたいな変装をしてるんですね?』

『皆さん、おはよう御座います。リョウです。そうですね、変装というのは言い方がアレですが、両親に普通の高校生を経験したいと我儘を言って通わせてもらってたので、あまり騒がしくされたく無かったんですよ』

『そうなんですね。確かに今の格好じゃリョウさんだとは分からないですねー』

『そうですか?こんな格好でも彼女とかもいたんですよ?』

『おぉっとぉ!イキナリ熱愛スクープですか?ネットニュースが炎上しますよ?』

『あはは。普通の高校生ですから、彼女だっていたとしてもおかしくないでしょう?まぁ今は居ませんが』

『あらら、まさかリョウさん振られちゃったんですか?...と、その前にリョウさん。ディレクターが髪の毛とメガネを外して欲しいそうです。視聴率的に』

『はい、分かりました』


 メガネを外して、髪の毛をかきあげる。

 そこに居るのはイケメン俳優のリョウだった。


「マジでリョウじゃん」


 誰かが呟いた言葉が教室に響いた。


「え、嘘。私この間死ねって言った...」

「俺、階段から突き落とした...」

「でも、アイツ根暗ストーカーなんだろ?」

「あんなイケメンがストーカー?女になんか困らないだろ?」


 そんなクラスメイト達をよそに番組は進行していく。


『では、ん?え?あ、はい...では見た目も改めたリョウさんから重大な告白があるとの事ですが?』

『はい。実は先程言った通り、私は普通の高校生活をおくっていたのですが、実はイジメにあってました』


 その瞬間、ネットニュースのトレンドは〈リョウいじめ被害〉となりそこら中の掲示板が炎上した。内容も心配するファンが多数であったが、中には過激な書き込みも多く見られた。


『え!?イジメ、ですか?それは何故、とお伺いしても大丈夫な事でしょうか?辛いなら詳しくはお聞きしませんが』

『話しますよ。私から言い出した事ですし』

『事の始まりは、中学生の頃にお付き合いを始めた元彼女の浮気現場を目撃してしまった事からですね』

『浮気、ですか...お辛かったですね。その元、彼女さんの浮気を知ったのはいつだったんですか?』

『ほんの2週間位前ですよ。一緒に帰ろうと探してたら、クラスメイトの男子と教室で不純異性交遊をしてました...朝からすいません』

『うわぁ...中々ヘビィな経験をされましたね。最近の未成年の性事情は社会問題にもなりつつあります。普通に考えたらアウトですし、大人で家族のある場合は慰謝料だけでも何百万ですし、犯罪ですからね』


 教室内では元彼女とチャラ男に視線が集まっていた。


「ねぇ、どういう事?」

「アイツがストーカーじゃなくて、オマエ等が浮気野郎って事かよ?」

「ていうか、教室でS○Xするとかあり得ないんだけと?」

「とんだビッチじゃねーかよ」

「な、何言ってんだよ!証拠も何も無いんだし、言い掛かりだ!」

「...」


 その問いかけに答えるかのようにリョウは語る。


『まぁ証拠も無いのに、なんて言われそうな気がしたので情事は撮影してあります。私は確認しておらず、所属事務所の担当弁護士さんに提出しましたが』

『成程。でも何故そこからイジメにまで発展したんですか?』

『実は翌日登校した時点から、靴箱にゴミを入れられ、靴は隠され、陰口を叩かれました。机には落書きをされて、浮気相手の間男には暴力をうけました。

 どうやら、私だけ不参加のクラスチャットで、私が間男のストーカーだと、元彼女と浮気相手が言いふらしたみたいで、クラスメイトもこぞって嫌がらせしてきましたね。

 酷い時は階段から突き落とされましたよ。教師にも見て見ぬふりされましたし』

『え?お身体は大丈夫なんですか?ていうか、それって嫌がらせの範疇を超えて傷害事件じゃないですか!』

『えぇ。病院で治療も受けました。診断書も取りましたし、これも弁護士の方に提出してあります。動画も有りますから、警察の方とも相談させて頂きましたので加害者の保護者方には今頃連絡がいってるかと思います』

『教育委員会の方にもまとめて報告書を提出しました。教育委員会の方々は真摯に対応してくれましたよ?学校側へ特別監査を入れるとかおっしゃってましたし』

『成程ですね。学校側が隠蔽してると中々わからない問題ですからね。近年は事が大きくなってからの謝罪会見が多いですから』


 ◉校長室にて


「今しがた、木之下享君ことリョウさんのコメントについて詳しく事情をお伺いしましょうか、校長」

「...申し訳ありませんでした。事実確認は未だ取れてません。この事自体、教育委員長が来校されて初めて知りました...」

「謝罪で済む時期はとっくに過ぎました。今から20分以内に全職員を集めなさい。全校生徒は自習にして、教室に待機」

「はい、では失礼します」


《全職員は直ちに会議室に集まって下さい。全校生徒は教室にて自習をして下さい。繰り返します...》


◉享の教室・クラスメイト達


「職員会議だってよ...ヤバくね?」

「え?警察が家に来たって...」

「凄い勢いで親から着信が...」

「え?!ちょっと、何コレ?ネットニュースに私達の個人情報晒されてる!」

「ヤバいヤバいヤバい!」

「何でよ!どうして私達が責められなきゃいけないのよ!」

「ちょっと!カオリ(元彼女)!!どうなってんのよ、アンタが木之下にストーキングされてるって言ったじゃない。なのに中学から付き合ってたってどういう事よ!!」

「おい、タカシ。間男はオマエじゃねーか!」

「どうしてくれんだよ!家に警察来たって、親から連絡きたぞ!オマエが騙したからじゃねーか!」

「え!?折角合格したオーディション白紙になった!...え?おそらく何処の事務所も貴女を採用する事は将来無いでしょう?...イャー!」

「...享が、リョウ...?」

「あ、あぁ、イヤ、あの木之下が、その...」


◉番組スタジオ


「今頃、この放送を見てるクラスメイト達は元彼女と浮気野郎を糾弾してるんでしょうが、勘違いしないで欲しいですね」

「と、いうのはどういう事でしょうか、リョウさん」

「確かに、原因は2人にあったと思います。そもそも私ときちんと別れてから付き合えば良かっただけで、そうすれば浮気にもならなかった。

 しかし、そんな2人の言い分しか聞かずに勝手に私を悪者扱いし、嫌がらせをしたのは周りの全員であり、それを黙認したのは教師です」

「確かにそうですね」

「扇動されたからといって、人に危害を与えて良い何て事は決してありません。また、今回は学校という狭いコミュニティで起きた、カーストなどという下らない価値観で、人を人とは思わないような行動をする。

 たかだか30人程度の集団で上位だの何だのを、さも自分が特権階級にでもいるかの様に振る舞う様子は見ていて三流以下の役者以外の何ものでもありませんでした。

 私へのイジメは、学校という舞台でさぞかし正しき行いで私という悪者を罰するという愉快な断罪劇だったのでしょう」

「実際はクラスメイト達が断罪される、と」

「いいえ。私はそんな三文芝居に乗っかるほど安い役者はやっておりません。彼らが勝手に幕開けさせたモノは彼ら自身で閉幕を迎えて頂ければ良いと思います。演劇にも、社会にもルールが有ります。ルールを破る者にはきちんとペナルティが有るのは当たり前の事だとはおもいますが」

「学生だから、未成年だから、では無いという事でしょうか?」

「少年法等で守られているなんてのは、今のネット社会の世の中で、何を、どこまで、守られるのでしょう?ましてや、それを盾にしてやりたい放題出来る、何て勘違い甚だしい。

 未成年であっても信賞必罰がなくては、世の中がおかしくなりませんか?勿論、未成年が故に保護者や周りの大人の責任も有ると思いますが」

「一人の大人として耳が痛いお話です。では、リョウさんは今後どういうカタチで今回の件に関わっていかれるのでしょうか?私も俳優・リョウの一ファンとしましては気になる所です」

「特には何も。必要に応じて話し合いの場には参加させて頂くかも知れませんが、それだけです。通っていた高校は退学手続きもしていますので、成人までは俳優業をやっていきます」

「これからは様々な場面でリョウさんが活躍される、という事ですね。それは楽しみです」

「ありがとうございます。成人を迎えたら、前々からお話を頂いていたハリ○ッドでの活動を視野に入れています」

「!!なんと!リョウさん、初耳ですよ!という事は海外に移られるんですね。寂しい気持ちもありますが、まだ日本にいる間は沢山お芝居や、トーク番組にも出演を期待しています。勿論、当番組でもお待ちしています」

「はい。こちらこそよろしくお願いします。本日は突然私事で変な話をさせて頂きありがとうございました。TVを御覧のファンの皆様も、失礼致しました。これからも俳優業に精進して参ります。応援宜しくお願いします」

「ありがとうございました。本日のゲストは俳優・リョウさんでした!またのお越しをお待ちしております。それではCMです」


◉職員会議・教師達


「だそうだ。今のコメントにもあったが、俳優のリョウこと木之下享君はこの学校を退学する手続きを、正式に代理人の方から教育委員長である私に通達がきた」

「貴方達は理解しているのか?話し合いもさせて頂けないという事がどういう事かを?

 木之下君の御両親と御祖父母が大層御立腹でな。こんな学校に大切な御子息を通わせたくないそうだ」

「そんな...確かに有名人ですが、いきなり教育委員長に話をするなんて」

「ん?何だ、貴方達は木之下君の家系の事を知らないのか...愚かな。

 しょうがないから説明しておくが、今更だという事を踏まえて聞きなさい。のかをね。


 木之下君の御父様は木之下ホールディングスの代表取締役だ。名前くらい子供でも知ってる大企業だな。


 御祖父様は木之下財閥の木之下幸三氏だよ。

 現役は引退してもその名前を聞けば、総理大臣すら直立不動でお迎えすると言われている、木之下幸三氏だ。

 そのお孫さんが、享君だよ。


 そんな、そんな方々から話が来たんだよ、直接私の所にな、、だ!」

「「「...」」」

「...まぁ良い。先方はこの件に関して『今後一切関わらない、謝罪も不要。不愉快だ』との事だ。良かったな、謝罪会見は無しだぞ」

「「「...(それは、良かった)」」」

「(本当に良かったと思ってる表情をしやがって)...これからの事を話そうか。

 この件に関して教育委員会からの指示は、木之下享君が受けたいじめ被害に関する報告書の提出、だ。この調査には外部監査が入る。有識者による第三者委員会が発足され国会で審議にかけるそうだ。その際のこの学校に対する罰則は無し...良かったな。そして、教育委員会からの罰則も無し、だ」

「教育委員長、罰則が無しというのは...」

「今回は特例措置だと思ってもらって良い。木之下家が今後一切関わらない、とおっしゃってる。総理大臣はじめ内閣府、文部大臣はこの御言葉の重さを理解している。勿論、私もな。

 君達も後々理解する日が来るかもしれない。だがな、努努ゆめゆめ忘れる事無いようにな。君達が踏んだ尻尾は虎なんて生優しいモノでは無いんだよ。

 貴方達はこの学校から去る事は許されない。

 文部科学省と教育委員会はこの学校の人事に関する全てを強制的に凍結させた。私ですら関わる事は出来ない程の効力だ。校長、先程私が言った『とっくに過ぎた』いうのはこういう事だ」

「私達はどうすれば...」

「何度も言わせるな。調査報告書の提出が私からの指示だ。安心するが良い、君等の教師人生は続く。善し悪し関係なくな」

「そんな...どうして、こんな事に」

「木之下享君は2週間に渡りイジメ被害を受けていたそうだ。時には大怪我して病院にもかかる程だったそうだ。君達は本当に気付かなかったのか?担任は無視したらしいな?愚図が。保健室にも行ったんではないか?養護教諭は知っていたんじゃないか?学年主任はクラス単位のイジメに気付かなかったんなら職務怠慢もいい所だろうが」

「そんな、たった2週間の事に気付かなかったくらいで...」

「この馬鹿者めが!!たった2週間だと?お前みたいな傍観者の2週間と被害者の2週間を同じだと思ってるのか!お前みたいな人間がいるからいじめ被害の犠牲者が増える事が判らんのか!」

「ひッ」

「...あぁ、成程。今なら木之下氏の気持ちが本当に理解できる。君達は、本当に、心から、不愉快だ」

 ...会議は以上、もう通常業務に戻りなさい。

 校長、監査の方々は数日以内に来校されるだろうから対応すること。監査が終わる迄は警察も動かないだろうが傷害事件として扱われる事になるから該当生徒は警察に連行される。ちゃんと覚えておきなさい」


 誰一人として声をあげることは出来なかった。


「そうそう、この学校からの大学の推薦や特待措置は全て白紙だ。就職求人も殆ど来ないと思っていた方が賢明だろうな。

 『今後一切関わらない』とはそういう事だ。全てが、因果応報だろう」


◉その他のクラス


「何だよコレ...ウチの学校にリョウが居たと思ったら、イジメ被害を受けて退学?なんでリョウが退学しなきゃいけないんだ?加害者こそ退学だろ」

「あ、ヤバいかも。学校の情報がネットで拡散されてる...これってさ、私達の将来的にもマズいんじゃない?」

「あ、他校のツレからメッセきた。オイッ!?マジかよ!この学校が出身校になると進学不利?就職は壊滅的...」

「親から連絡がきた!イジメに関わってたら勘当!?関わってないなら直ぐに転校!?」

「もしもし、父さん。転校したいんだけど...え?難しい?なんで!え、そんな...木之下財閥が...何て馬鹿達なのよ!!よりによって木之下家に喧嘩を売るなんて!」

「な、なぁ。木之下家って何だよ。リョウの実家の事か?」

「木之下ホールディングス。貴方だって聞いた事くらいあるでしょ、その上に在るのが木之下財閥。日本でトップクラスの名家で各界に多大な影響力を持ってる...それこそ総理大臣ですら頭が上がらない何て言われているほどね。

 今回の被害者がそのお孫さんで木之下享君こと俳優のリョウ。世間の人気者であり、世の中の支配者の直系。

 木之下家が今後一切関わらないと言ったそうよ。裏を返せばという事よ。木之下家の《許さない》に逆える存在が日本にいるのかしら?」

「も、もしかして物凄くヤバい状況ってことか?」

「終わってるわよ、とっくに...」

「そんな、学年も違うのに同じ学校ってだけで何で俺達まで...」

「悪いのはイジメがあったクラスだろ!」

「そんな事私に言わないでよ!....って、そういえばリョウがさっき言ってた、信賞必罰...いや、そういう...だけど...」

「な、なぁ。何かあるのか?俺達に出来る事がさ?」

「そうね...これは私の考えだけど」


◉享のクラスの保護者達


「馬鹿息子が!!何て事をしてくれたんだ!」

「アナタ、何をそんなに大声で。学校のイジメ問題なんて世の中沢山あるわ。確かに有名人のリョウをイジメていたのは不味かったかも知れないけれど、被害者本人は断罪しないって言ってたじゃない。クラスの保護者達で落とし所を話し合いすれば良いでしょう?」

「お前も馬鹿か!違うな、アイツもお前の教育の賜物だな」

「アナタ、いくら夫婦でも失礼よ」

「...お前はイジメ被害者のリョウの本名を知ってるのか?」

「えぇ。確か木之下君でしょ?だから何なの?」

「何なの、だと?そうだよ、木之下君だ。木之下享君。お父さんはあの木之下ホールディングスの代表。お祖父さんは木之下財閥の木之下幸三氏だ。そこまで言えば解るか?私達のかわいいかわいい馬鹿息子は天下の木之下家に唾を吐いて喧嘩を売ったんだよ。怪我までさせてな」

「...私達どう」

「どうにもならん!私の勤務先を知らん訳ないだろ?木之下グループだぞ?グループ会社の社員の息子が天上人の溺愛する御令息をイジメて怪我までさせて。俺が逆の立場なら今直ぐにでも解雇させてやるよ」

「そんな...まだ家のローンだって」

「お前は未だに木之下君への謝罪すら出ないのか...」




「カオリ...何て事を...」

「学校での淫行、しかも浮気してまでとはな...。

 本当に我が娘の事とは信じ難いが...彼は、木之下君は一度挨拶してくれたあの気の良い男の子で間違いない。俳優の事を黙ってたのはカオリの事を考えてくれていたんだろうにな」

「しかも、彼のせいにしてイジメまで」

「木之下君の言う通り〈信賞必罰〉だ。私達親にも責任がある。家族でこれからの事を話し合っていくぞ」

「そう、ね...私達大人が子供達を導いていかなきゃいけないんだものね」

「その通りだ。被害者である彼は心身共に大きな傷を負ったんだ。私達よりずっと辛い思いをした筈なんだ。私達が被害者面していてはいけない」

「そうね、私達は加害者。無責任な大人でいては駄目ね」



「ウチの子が傷害事件の罪!?え?証拠もある?そんな...学生達の悪ふざけの範疇じゃ!い、いや、そんなつもりで言った訳ではありません!え、えぇ、わかりました。夫と共に向かいます。場所は...」



「は、白紙に、ですか!?そんな...あの子の将来が...い、いえ、そういうつもりは有りません!申し訳ございま、あ、ちょっ(ガチャ...ツーツー...)あぁ!そんな!」



「「「これから、どうしていけば...」」ー



◉学校・各クラス


「皆もう知っていると思うが、2年2組で1人の男子生徒へのイジメを始めとした傷害事件があった。これから事件の調査が」

「先生!私達はどうなるんですか!?」

「どう、とは何の事だ?」

「私達が知らないとでも?この学校に在籍しているという事でどう扱われるかを!」

「その件についてはこれから調査が行われるのでその後に学校側か」

「そんなんじゃ遅いんだよ!」

「そうよ!もう家族から連絡が何度もきてます!調査なんて待ってたら私達の将来が駄目になる!」

「被害者からは何も要求されていない。それはみんな聞いただろう?傷害事件の該当者は後日警察が来る事になる」

「学校はまだ、解らないのかよ!そんな悠長な事言ってらんない状況なんだよ!」

「ねぇ、みんな!先生達に任せてたら私達終わりよ!何をしなくちゃいけないのか話し合いをしましょう!」

「お前達、何を勝手な事を言っ」

「先生は黙って!ていうか、私達話し合いますから出てって下さい!居てもらっても邪魔ですから」

「そうだ!何もしてくれないならどっか行ってくれよ!」

「お前達、教師に向かって何て言う口を...」

「生徒の事を考えていない人は教師とは呼びません!リョウの時みたいに都合が悪くなれば見て見ぬふり、そんな大人の意見なんか聞かない!」

「「「そうだ!出てけ!」」」

「ッ!!...勝手にしろ」



 その日、各クラスでは生徒が主体となり今後の事を話し合う為、まともに授業が行われる事はなかった。

 また、話し合いの内容はクラス毎にかなり温度差があり、有意義な話ができたクラスは一握りだった。勿論、享がいたクラスは話し合いなんてレベルの事は起きなかった。



 ネットは更に炎上した。享の通っていた高校は悪い意味で全国に名前が知り渡る事となる。

 来年からの受験の志願数は絶望的なものになる事が簡単に予想されていた。



 享は宣言通りドラマや映画、トーク番組などに出演し、精力的に活動していく。

 その合間に警察、弁護士、学校の監査委員と話し合いを行なった。

 暴力をふるった浮気間男ことタカシは警察に捕まり、そのまま少年院行きとなった。

 元彼女はどうやら教室の一件で妊娠したらしく、中絶して高校を退学したらしい。この2人はクラスメイトだけでなく学校中の生徒達からバッシングを受け、逃げるように学校を去っていった。

 階段から突き落としてきた生徒は傷害罪で警察に連行されたが、木之下側の代理人を通して示談となった。示談金等を一切拒否するかわりに今後一切の接触禁止を約束させられた。

 尚、この生徒の親は木之下グループに勤めていたみたいだが、事件が発覚した時点で懲戒解雇され、遠くの地方へと引っ越していった。

 その他のクラスメイト達は今も学校に通っているが、学校中から白い目で見られてかなり肩身の狭い思いをしており、どうやらネット上で色々と晒されたようで進学や就職が絶望的となっていた。


 ただ、享と違うクラスの生徒の中には、教師に頼らずに学校からイジメや暴力問題を無くしていこうと、風紀委員会を設立し学校内の問題解決の為に立ち上がった生徒達がいた。

 これについては享自身も驚き、あの学校の生徒を一括りで見ていたことに少し反省した。

 そして、この事を祖父との食事の際話題にすると、後に木之下幸三が『件の学校は不愉快だが、中には将来性のある若者がおるようだ。一括りに偏見の目を向けるのは我々大人の悪い癖かもしれんな。儂もそんな若者に逢いたいもんだ』と、どこぞの会合の席で話したものだから、各業界の面々がそんな生徒に接触を図った。中には上手く将来を掴んでいく者も出てきたり、と享も安堵した。






「お前達はソレが正しいと思って行動したのだろうが、残念ながら世の中は正しいとは思ってくれなかったみたいだ。

 本当にくだらない三文芝居に付き合わされたこっちの身にもなってくれよ、全く。


 未成年だから、学生だから、なんて何も特別じゃない。

 良い事すれば報われるし、悪い事をすれば罰を受ける。小さな子供でも理解している話だよ。いや、悪い事をした事を理解したらきちんと『ごめんなさい』と言える子供達の方がまだ立派なのかもな。


 これからの人生、苦難が多いと思うが頑張って生きてくれ。

 自分達で選択し行動した結果なんだから自己責任だと俺は思うよ。

 ハッピーエンドか、それともバッドエンドかは分からないが、君達の人生のEnd rollに俺の名前が上がることを、俺は許さない。


 と、俺は決めたんだから」

 

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