最終話 名前呼んで。語りかけて。共に旅をした。

 実家の自室。

 エンディングクレジットで必死に異世界ミューズの封印の解き方を探し回っていた勇者はその方法を見つけていた。


【異世界ミューズ花乃いろはの封印を解いてください】


【封印を解くには異世界ミューズ花乃いろはの本当の名前を呼ぶ必要があります】


【花乃いろはは本当の名前ではありません】


【名前だけで結構です】


【漢字で入力してください】


 そんな字幕が流れて文字入力画面が表示される。

 わざわざ漢字を求めるのはちゃんと解けというメッセージだ。


「本当の名前か。ラジオで語っていたか? ……覚えがないな」


 ラジオの内容を全て覚えているわけではない。

 それでも本名を漏らしていたら覚えているはずだ。

 そんな記憶はない。


「あーわかんね! ネットで検索するか?」


 いつものようにスマートフォンで検索をしようと動いた。

 わからないことを検索する癖が身についている。

 それなのに今回は手が止まる。

 調べたらわかるだろう。でも調べたくない。

 この謎だけは自力で解きたかった。


 思い出すのはこのゲームを始める前に見たレビュー。

 異様に多かった【ネタバレ厳禁】の文字だ。

 たぶんこの最後の謎解きについてだったのだろう。

 多くの人がこの謎に挑み、自力で解いている。

 彼らのレビューの多くは満足感と感動に溢れていた。

 解けないような理不尽な謎ではないのだ。

 むしろ簡単なのだろう。ゲーム制作者からの最後の挑戦状と見ていい。

 ならば絶対にゲーム内にヒントが残されているはずだ。


 もう一度ゲーム画面を見る。

 灰色の世界。

 勇者の自室の会談は降りることができない。

 できることは限られている。

 タンスと衣装棚とサイドテーブルを調べることぐらいだ。


「このゲームは他人の家を物色できないから、自室ぐらいしか調べることができないんだよな。しかもアイテムとかはゲットできなくて説明音声が流れるだけで」


 内容はなんだっただろうか。

 勇者を操作して自室を物色する。

 当然だが花乃いろはの説明音声は流れない。


【タンス】【衣装棚】【藍色の花が飾られている】


 特別なことは表示されなかった。

 けれど頭の片隅に引っかかるものがあった。


「いや……まさか。確かレビューにもあったな」


【冒頭ですぐにわかるからネタバレは書くな】


 確信はなかった。

 このゲームの進行はかなり丁寧だ。シナリオこそ奇抜だが、攻略方法に理不尽な点はない。わかりやすい遊び心満載のゲームだった。

 ネットで調べないとわからないような攻略は絶対にしない。

 久しぶりに真剣にやりこんだゲームだ。傾向は掴めている。

 画面のモノトーン演出にも喪失感以外の意味があるはずだ。答えにたどり着けるようにという粋な計らいに違いない。

 このゲームの制作陣から「わかるよな?」と言われた気がした。全ての演出が一つの答えを教えてくれている。


「よし。入力するぞ」


 ひらがなを二文字を変換して漢字一文字する。

 わざわざ【名前だけで結構です】と表記してあったのも迷わないためだろう。

 一回きりのチャンスではないと思う。

 だがこの謎は一発勝負で解きたかった。

 それだけ熱中していたから。いつの間にか真剣になっていたから。

 ゲームでこんな緊張感は久しぶりだった。

 決定のボタンを押す指は震えたままだった。


 画面が変わる。

 灰色だった世界に色が戻る。

 花乃いろはの声が戻ってきた。


『花乃いろは! 復活です!』


「……よかった」


『最後の謎解きのクリアおめでとうございます。このボイスが流れているということはあなたが真剣に私を救おうと考えてくださったからですよね。すでに世界【サウンディア】は救われました。シナリオは終わってます。報酬アイテムもない。私の復活はゲームとは関係ありません。それなのにあなたは最後の謎解きまでクリアしてくれた。本当にありがとうございます』


「……こちらこそありがとう」


 花乃いろはのメッセージはゲーム内の台詞ではなかった。呼びかけが勇者でもプレイヤーでもない。

 

『あなた』


 そう呼びかける声がこのゲームの本当の終わりを感じさせた。


『あなたと私の冒険はいかがだったでしょうか。私は楽しかったです。収録は大変でしたし、ボリュームにも驚きました。こんな奇抜なゲームは初めてでしたから。私も収録中あなたと一緒に異世界を旅している気になっていました。【サウンディア】には色々な人がいて、それぞれドラマがある。その面白さをあなたに伝えるのは私しかいない。だからできる限り楽しんでいただけるように語りかけました。あなたも楽しんでくれましたか? ……私は楽しかったです』


「楽しかったよ……楽しかったんだよな……本当に」


 久しぶりの感覚だった。

 子供の頃に初めてロールプレイングゲームに触れたときのような充実感がある。

 いつしかやらなくなったジャンルだ。ゲームが作業に感じられて遠のいていた。それなのにこのゲームはずっと楽しかった。

 それはずっと一緒に旅をした仲間がいたから。

 ずっと語りかけてくれていたから。

 ゲーム内の仲間は勇者の仲間だ。

 でも俺の仲間はずっと花乃いろはだった。


【異世界ミューズ花乃いろはの封印が解かれました】


【異世界ミューズ花乃いろはの歌声が解放されます】


【本当のエンディングが解放されました】


【このゲームに本気で向き合っていただき本当にありがとうございます。制作一同】


 遅れて表示される字幕。

 字幕で伝えられたメッセージはとてもシンプルだ。

 花乃いろはが復活したのにボイスではなく字幕だ。

 本当に制作一同からの言葉なのだろう。こいつらこそゲームに本気で向き合っている制作している連中に違いない。


『今から私が歌うエンディングソングが流れます。お恥ずかしながらちゃんと収録したものではなく、本当に今から私が歌います。音を外してもそのままエンディングとして流れるらしいです。わざわざエンディングのコメントのあとに歌わせるんですよ。このスタッフは本当にもうどうしようもないですね。だから拙くても許してください。これでこのゲームは本当に終わりです。最後まで付き合っていただき本当にありがとうございました』


 そして花乃いろはがエンディングを歌い始めた。

 本人が宣言した通り、少し音が外れた。

 後半はもうグダグダだ。

 だって泣き声や嗚咽が少し混じっている。

 俺も画面がぼやけてちゃんと見れていない。

 でもエンディングクレジットに花乃いろはの名前を見つけた。本当の名前も記載されていた。

 見逃すはずがない。

 こんなゲームは初めてだった。


 俺はゲームをクリアしただけ。

 なのに褒められた。感謝された。誰かと本気で向き合った。


『あなたと私の冒険はいかがだったでしょうか』


 その言葉が胸に響いた。

 世界を救ったのは俺の操作する勇者だ。

 でも冒険していたのは確かに俺と花乃いろはだった。

 シナリオに従うだけの勇者の物語じゃなかった。

 いつも花乃いろはが俺に向けて語りかけてくれた。ゲーム内の話なのにゲームではない。

 いつの間にか俺と花乃いろはの冒険になっていた。


 だから花乃いろはをラスボスに封印されたときの喪失感が酷かった。

 だから花乃いろはがいないラスボス戦はつまらなかった。

 だから世界が救われて訪れたハッピーエンドで感動できなかった。

 だから最後の謎解きに本気で向き合っていた。


 世界よりもずっと花乃いろはを救いたかったから。

 これは誰が何と言おう俺と花乃いろはの物語で。

 花乃いろはは間違いなく俺のヒロインだった。

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