第6話 こんな結末は認められない
攻略も終盤。
『この先に進むと引き返せません。準備はよろしいですか?』
ラストダンジョン前で取り返しがつかない系の警告文が出たので引き返した。
現在はサブクエスト回りとレベ上げに勤しんでいる。
ある意味これもロールプレイングゲームではお約束だ。
「よし! 【プロティーンバー】が出た! これで三体目! やっぱりラストダンジョン前の狩場はレベル上がりやすいな」
『レベル九十九! あと一つ! あと一つで終わりです! 終わったらスタッフに絶対文句言ってやるんです! そのためにここまでたどり着いたんですから!』
花乃いろはのレベルアップボイスも気合が入っている。
いや気合ではなく私怨が山積みになっている。
だがそれも仕方がない。ゲームをやっていれば理解できる。
異変はレベルアップ三十になったときから始まった。
『やったね。レベル三十です。……え? ここからアドリブ? 台本が用意されてない? え? え? 今も収録中? 今のこのボイスもこのまま流すってなにを考えているんですか!?』
ここから花乃いろはとレベルアップボイスとの戦いが始まったのだ。
性格が真面目過ぎたのだろう。
『レベルアップおめでとうございます』
毎回これでいいのに面白さを追求してしまう花乃いろは。
わずか十秒ほどのメッセージでどれだけサービスできるのか。
そんな戦いが繰り広げられた。
なぞかけ。大喜利。モノマネ。
思いつくまま瞬間的にネタを繰り出すことを繰り返す。それは笑いのシャトルラン。地獄のレベルアップボイス収録だ。瞬発力と持久力が同時に求められていた。
この頑張りにスタッフも悪意で応える。
例えばレベルアップボイスの四十七と五十だ。
『レベル四十七……え……えーーヒポポタマスの真似! あっ!? 音声じゃ伝わらない!』
という謎のモノマネが披露されたかと思うと。
『レベル五十! なんと台詞が用意されてます! 勇者魔法のプレゼントですからね。勇者は【ヒポポタマスの真似】を覚えました。……ってなんじゃいっ! どんな魔法なの!? え? 内容は今から考えて実装するって』
などと前のレベルアップボイスをネタにしまくって、新しい勇者魔法を誕生させてしまう。収録時実装する予定がなかっただろうに。
ちなみに実装された【ヒポポタマスの真似】は強い。
敵から攻撃させなければヒットポイント全回復。攻撃されたらダメージは軽減されてカウンターが発動する。ヒポポタマスの激昂というカウンターでランダムに相手を四回連続攻撃するのだ。
かなり強いのだが攻撃が確定ではないので雑魚敵には使いにくい。また状態異常の耐性が下がるデメリットもある。バランスはとれていた。
そしてついに最後のレベルアップボイスが流れる。
『レベル百……おめで……おめでとうございます! レベル百です! カンストです! スタッフさんに何度も確認しました! カンストです! ……ん……ここまでレベル上げてくれてありがとうございます! クリアするだけならここまで上げる必要はない。ここまで上げる人なんていない。本当にこのレベルアップボイスの収録は必要なの? そんなことが何度も頭によぎりました。挫けそうになりました。ん……それでもついにレベル百です! このボイスを聞いてくださる方がいるかわかりませんが、ここまでお付き合いくださり本当にありがとうございます! ……グス』
花乃いろはは泣いていた。
俺もなぜかホロっときた。
君こそよく頑張ったと褒めてやりたい。ここまでレベ上げという単調な作業を盛り上げてくれてありがとう。そう感謝の言葉を送りたい。
レベルを上げて本当によかった。
心からそう思えた。
そしてラストダンジョンに挑むのだが。
「はぁっ!? いやそれはダメだろ! そんなことが許されていいわけがないだろ! なんだよこの糞展開」
俺はゲームに本気で怒っていた。
日常生活でもこんなに怒ることはない。それなのに激高していた。それぐらい喪失感に抗えなかったのだ。
ラストダンジョンに踏み入った瞬間、字幕が流れる。
【よく来たな勇者よ。この城は我が領域。この場所でならお前の力の根源たる異世界のミューズすら封印することができる】
『きゃあぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!』
【異世界ミューズ花乃いろはが封印されました】
【異世界ミューズに関わるボイス機能が全て封印されました】
【異世界ラジオ機能も封印されました】
これはシナリオだ。
そうわかっていても受け入れられなかった。
ラストダンジョンから出ることはできた。でも花乃いろはに関する機能は停止したままだ。コマンドがグレーアウトされている。
このとき初めて俺は邪神【ディソナンス】に怒りを覚えていた。
今まで色々なゲームをやってきた。様々なシナリオも見てきた。でもこれほどラスボスに怒りを覚えたことはなかった。
「……さっさと倒そう」
ミューズが封印された。街巡りをすればもしかしたらイベントが起こっているのかもしれない。けれどそんな気にはなれない。この冒険にはずっと花乃いろはの声があった。その声が聞けないこのゲームの世界を冒険したいと思えない。
この思考さえもゲーム制作者の意図通りなのだろう。
レベルカンストしているせいもあるがラストダンジョンは単調だった。味気ない。そう考えるのは普段からラジオを聞きながら攻略していたせいかもしれない。このゲームをしていて一番淡々と時が進んでいく。
そして邪神【ディソナンス】さえもあっさり倒してしまった。
呪いに侵された邪神【ディソナンス】は浄化されて赤ん坊の姿になりミューズ達に預けられる。
「え? これで終わり?」
画面上ではエンディングクレジットが流れている。
言葉は戻った。世界は救われた。人々は喝采に湧く。
各キャラの会話文の吹き出しが出ている。
登場人物が自由に言葉を発しているのがわかった。
ハッピーエンドだ。
この世界【サウンディア】は救われた。
ただ勇者は浮かない表情だ。俺もこんな結末を認めていない。
異世界ミューズ花乃いろはの存在をこのゲームの世界【サウンディア】の住人は誰も知らない。花乃いろはの声を聞いていたのはプレイヤーと勇者だけ。だから封印されたままでも【サウンディア】の物語はハッピーエンドだ。
だからこれは世界を救う勇者ではなく、プレイヤーに向けての演出だろう。
喝采に湧くハッピーエンドの世界がだんだん色褪せていく。
元気に話しまわるキャラクター達も灰色に染まっていく。
エンディング曲も物悲しい。
勇者は異世界ミューズの封印を解こうと、三柱のミューズを訪問して回る。けれどミューズ達は首を横に振った。
エンディングクレジットが流れ終わる。
その中に花乃いろはの名前は最後まで出てこない。
「……これで終わりなわけないよな」
勇者が一人で自室にいる。
そして字幕が流れた。
【異世界ミューズ花乃いろはの封印を解いてください】
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