第5話 まさかのゲームオーバー

『最後のミューズは歌声のミューズ。実は力を奪われただけで封印されていません。その力を取り戻すのが勇者の役目です。邪神【ディソナンス】はいかにしてミューズの力を奪ったのか。古来より髪は女の命。髪には魔力が宿ると言います。歌声のミューズは全てを奪われて、絶望の中で打ちひしがれています。場所は歌声のミューズが最も輝ける場所です』


「髪を……いやまさか……嫌な予感しかしない」


 髪を奪われた女性ならばゲーム冒頭からいた。勇者の実家がある街のボロステージに立っている丸坊主の女性。あんな特徴的な女性を忘れるはずがない。

 嫌な予感がしているのはもちろん奪われた髪の方だ。


「……始まりの街に戻るか」


 その道中もラジオは欠かせない。

 今はゲーム内のラジオで悲恋が語られていた。


『さて今回のお便りはラジオネーム【俺の筋肉は不正の塊】さんからです。「俺に人を愛する資格はない。そう思っていたのに恋に落ちてしまった。思わず身を委ねたくなるような大胸筋。防具などいらぬとむき出しにされた三角筋。ビキニアーマーから伸びる思わずかぶりつきたくなるようなハムスプリングス。一目惚れだ」これは恋バナですよ。恋バナ!』


「……なぜその内容で恋バナと盛り上がることができる」


『あ……でも悲しい内容ですね。「やはり不正にまみれた俺の筋肉に恋をする資格はなかったようだ。彼女の手を取ったのは俺の恩人だった。出会ってすぐ実家に案内する荒業だ。やはり勇者は男の中の男だった」ふむふむどこかで聞いた話ですね』


「いや……そいつはまさか」


『「勇者に手を取られて彼女は変わった。あれだけ大きかった大胸筋は脂肪を蓄え、三角筋も全体的に小さくなって丸みを帯びた。大木のようなハムスプリングスも細くしなやかになってしまった。俺の愛したアマンダはたった一週間でいなくなってしまったんだ。勇者の好みの女性に作り変えられてしまった。失恋だ。でもアマンダの姿が変貌したことで、嫉妬の筋肉も湧かないことが救いかもしれない」恋は女を変えるって言いますからね』


「やっぱりアマンダじゃねーか! そしてマチョスのお便りだろ! このパーティーは三角関係になりかけていたの!? それと嫉妬の筋肉ってなんだよ!」


 こんな風にラジオでキャラクター間の物語が補足されていく。

 ちなみ歌声のミューズの傍で呑んだくれていた吟遊詩人は旋律が戻ったのにまだ呑んだくれている。楽器を壊したからだ。

 その男の横を通り、ボロボロのステージ上で打ちひしがれる丸坊主の女性の前に立った。


『歌声のミューズ【アフロディーテ】に【アフロなカツラ】を被せますか?』


「やっぱりか! どうして歌声のミューズだけ名前付きなんだよ! 絶対にアフロって言いたいだけだろ!」


 ツッコミながら迷わず『はい』を選択する。


 俺は本気で忘れていた。

 この【アフロなカツラ】には縮毛矯正が必要だったことを。

 画面上でアフロの【アフロディーテ】が立ち上がる。

 その目は紅く輝き――勇者が消し飛んだ。


「……え?」


 画面に浮かび上がる【ゲームオーバー】の文字。

 花乃いろはの解説ボイスが流れる。


『ウルトラソウル! ヘイ! 世界が滅びました。髪は女の命。髪には魔力が宿る。アフロは【アフロディーテ】の怒りの塊。そんなものをそのまま被せたら戻った力で世界に怒りのソウルミュージックを叫ぶに決まってますよね。アフロですよ。ソウルミュージックが似合います。ちゃんと冷静になれるように縮毛矯正にしましょう。美容院は旋律のミューズが封印されていたタンブリンの街にあります』


「縮毛矯正しないと滅ぼされる世界ってなんだよ!」


 そうツッコミを入れても先に進まない。

 確かに【アフロなカツラ】を縮毛矯正をかけることは何度も示唆されていた。

 無視していたのは俺だ。


「はあ……縮毛矯正に行くか。よく考えたら街で売っている【アフロなカツラ】でミューズの封印が解けるってなんだよ。まあ【アフロなカツラ】だから始まりの街で売っていても歌声のミューズが買わないんだろうな。美容院も二柱目のミューズの街にしかなかったし」


 このゲームのシナリオふざけている。

 ふざけてはいるがフラグ立てなど親切設計だ。

 理不尽さはない。花乃いろはのラジオで振り返ることもできる。常にヒントは与えられている。無視しなければ今回のようにゲームオーバーにはならない。

 反省しながらタンブリンの街の美容院にたどり着く。


 縮毛矯正には【ゴールデントリートメントスライムのトリートメント】が必要だった。

 古来より【ゴールデントリートメントスライム】は美容品として女性に人気が高く、乱獲されて現在では絶滅危惧種だ。大変珍しい。【ゴールデントリートメントスライム】を誘き寄せるためには始まりの街の呑んだくれている吟遊詩人の音楽が必要となる。チェーンクエストの発生だった。


 これは旋律のミューズを解放しなければ発生しなかったイベントだろう。他にも音や曲の復活をトリガーに発生したイベントがあるかもしれない。そう思い直して一度訪れた街を順番に探索する。やはり変わっていた街並みに増えていたイベント。この辺りも昔ながらの王道ロールプレイングゲームを踏襲しているようだ。

 ミューズが解放されれば世界が広がっていく。サブイベントが発生し、装備は充実していく。音を取り巻く状況でゲームの世界の変化を楽しめるように作られていた。


 ちなみに絶滅危惧種を誘き寄せた花乃いろはには狂気を感じた。


『仲間の鳴き声と勘違いした寂しがり屋なゴールデントリートメントスライムが誘き出されてきました。仲間になりたそうにこちらを見ている。トリートメントにしますか? それともトリートメントにしますか?』


 まさかの一択に泣きたくなる。

 美を追求する女性とはこうも恐ろしいのか。

 そんな悲しい犠牲により【アフロなカツラ】は【女神のストレートロングのカツラ】に変化したのだ。


『歌声のミューズ【アフロディーテ】が解放されました』


『世界にボイスパーカッションが取り戻されました』


『世界にハミングが取り戻されました』


『世界に鼻歌が取り戻されました』


『世界に歌声は取り戻せませんでした』


『言葉は世界に戻りませんでした』


『言葉は不和を司る邪神【ディソナンス】の領分でもあります。邪神【ディソナンス】は言葉に疲れていた。言葉があるから争いが生まれる。言葉がなければ静寂と平穏が訪れる。そう思いたかった。しかし現実はそうではない。言葉を失い、人々はバラバラになりました。相互理解を失いました。言葉がなければ誤解が解けない。罵る声はなくなったが争いは増えました』


「なんか壮大な話になってきたな。誤解から生じるサブクエストが多かったのはこのためか」


『大事なのは相手を理解しようとする心です。まずは相手のことを知る。その結果として分かり合えないならかまいません。分かり合えるまで努力する必要はないです。分かり合えない。その理解を得たならば離れた方がいい。相性が悪いのに接し続けるから攻撃してしまう。争いが生まれる。言葉は理解のためのもの。優しい防壁であるべきです。罵詈雑言で攻撃するためのものではありません』


「優しい防壁ね。言葉を奪われた世界だからな。俺も言葉には気をつけるか」


『一度吐き出された汚い言葉は消えません。いつまでも穢れとして残ります。穢れはいつか呪いとなる。邪神【ディソナンス】は呪いに侵されました。相手を理解する心を失った。ただ言葉を憎むようになった。だから言葉を奪った。そんなことをしても意味はない。言葉を失った世界は優しい防壁を失っただけ。邪神【ディソナンス】を救いましょう。呪いから開放して、優しく包んであげてください』


『開放された三柱のミューズより聖剣【クチクラ】がもたらされました』


『聖剣【クチクラ】は剣でありながら盾である。あらゆる悪意を退ける神の優しい防壁。邪神【ディソナンス】を優しく包んであげましょう』


「……おいシナリオ。せっかくのいい話なのに最後に名称でボケるな! 聖剣【クチクラ】で神の優しい防壁とか駄洒落じゃねーか!」

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