井の中の蛙とは呼ばせない!

藤原あみ

第1話 胸を熱くした日々に帰る決意

朝起きると最初にシャワーを浴び、朝食を食べ、お弁当を拵えると、化粧はせずに身支度だけを整え、軽自動車で出勤する。

勤務先に着くと、就業時間まで同僚と無駄話をし、淡々と仕事をこなしたら、昼休憩で、お弁当を囲み、また無駄話をする。この時間がわたしの唯一の楽しみだった。

夕方5時。残業がある時は6時まで仕事をし、帰り道にあるスーパーに寄ってから自宅に帰る。それが月曜日から金曜日までのわたしの日常だ。

「つまらん、このまま恋もせずに、朽ち果てるのを待つだけなのか」

わたし、菊池花は、地元の高校を卒業後、東京の大学を出て、外食チェーンを運営する企業に就職。希望していた食品開発部には配属されなかったが、思い描いた人生を、ほぼほぼ歩んでいたように思う。しかしそう思っていた矢先、全世界が新型のウイルスに侵され、そして長い緊急事態宣言が発令された。会社は希望者への早期退職を募る。当初、退職する気はなかったわたしだが、同期入社の同僚たちが次々と退職して行った。現場の運営管理を担当していたわたしにも、嫌な圧力がかかり始め、仕方なく、たった数年の短い会社勤めを終えた。退職金は5百万円だった。

「婚活でもしようかな」

スーパーの特売品を小さなダイニングテーブルの上に並べながら、そんなことを考えていた。今夜は豚汁。豚汁とは味噌汁でもあり、おかずでもあり、酒のアテでもあった。つまみを食べながら缶チューハイを飲む。これがわたしの至福の時間。医者に「死ぬぞ」と止められるまで、酒は辞めないつもりだ。

「いや、死んでもいいから、酒は辞められないな。アル中か、わたしは」

わたしの生まれは九州熊本。大学で家を出るまでは家族五人暮らしだった。父親は数年前に他界、50代後半の母親と、妹夫婦が同居してくれている。末娘の妹は地元の高校3年生である。特に歌がうまい訳ではないのに歌手を目指しているとかいっていたな。

東京の大手企業を辞めたわたしは実家には戻らず、縁もゆかりもない関西の工場で働くことを決めた。ハローワークでたまたま目に入ったのだ。長居するつもりはないが、故郷に帰る勇気もない。

「いまの時期なら、飲食業が大変なのは、みんな知ってるから、大手を振って帰っておいで」

という母の意見も聞かず、口やかましい近隣の人の顔だけが思い浮かび、身震いする程の気持ちで、工場を選んだ。電子関係のこの工場は、電子機器メーカーから請け負っている家庭用機器の組み立てをするのが主な仕事。とんでもない単純作業がわたし達の役目だが、何が嫌かというと、工場内はとにかく寒い。入社したのが五月だったので、真冬のいまは手足を折り曲げることが困難な程、着こむ。そうしないと凍死しそうなのだ。

「いる」

ドアをノックする音。隣に住む澄子だ。澄子はしょっちゅうわたしの部屋に遊びに来る。ひとりの時間を大切にしているわたしは、休みの前の日以外は、澄子の訪問を断っている。何故、澄子が隣に住んでいるのかというと、わたしの住んでいるこの部屋は会社の寮の一室だからだ。

寮は、会社から車で10分程の距離にある。わたしは自家用車で通っているが、澄子の様に車を持たない者たちは、会社のバスで通勤する。わたしはあのバスに乗り込む人たちの後ろ姿に哀愁を感じる。まるで人身売買でもされて行くような、就労という暗いトンネルの中に閉じ込められる人たち。

「はいはいなになに?」

この部屋にインターフォンはない。新築なのだが、木造二階建ての長屋造り。

一階と二階合わせて二十部屋の棟が、四棟、横並びに建っている。1LDKの冷暖房付。わたしの部屋は建物の真ん中あたりにあり一階部分だ。隣は澄子で、その隣は里香。向かいの部屋に住んでいるのは、道子だった。

「澄ちゃん、きょうは未だ水曜日だから、一緒にお酒、飲めないよ」

「ええやん、田舎から美味しい日本酒送って貰ったから、一緒に飲まへん、花ちゃん、日本酒好きやろ?」

「それなら尚更よ。日本酒なんて飲んだら、明日、仕事に行けなくなっちゃう。明日まで待とう。楽しみが増えるじゃないの」

玄関ドアの横にあるキッチンの窓越しに押し問答を繰り返し、漸く納得した澄子は一升瓶を胸に抱えて自室に戻って行った。

「やれやれ」

こんなやり取りが、ほぼ毎日繰り返されるのだから堪らない。澄子はわたしより1つ若い。結婚歴もあり、壮絶な離婚劇もあったらしい。腕に大きなリストカットの痕が残る。

「もう真っ暗だな」

リビングの大きな窓から見える景色は竹製の塀だが、敷地内の床は石畳になっていたので、なんとも風流だった。入社前、この寮を内見させて貰ったのが、この会社に就職する大きな決め手になったのかも知れない。

「いまがいちばん日が短い時期なんだね。なんだか寂しい」

冬の日照時間は短い。午後六6時は真っ暗だった。


「うるさいなー」

ベットの布団の中から手を伸ばし、サイドテーブルにあるスマホのアラームを消した。

「寒い、寒すぎる」

実はわたし、東京でも社宅に住んでいた。千代田区にある社宅は近代的でとても快適。冬の寒さを感じたことなどなかった。なのに、この木造二階建ての長屋はとにかく寒く、夏場はとにかく暑いのだ。きっと安普請なのだろう。

「早く起きないと」

工場の始業時間は8時45分。現在6時。寝た時と同じ、外は日の出前で真っ暗である。シャワーを浴び、作業服に着替える前に朝ご飯を食べる。わたしはとにかく大食漢で、朝ご飯抜きなんて信じられない。今朝は白ご飯と焼き魚に、自家製のぬか漬け。昨日の豚汁が残っている。改めて味噌汁を作る必要はない。楽ちんだ。

「ごちそうさまでした」

7時半、これからお弁当を拵え、7時50分に家を出る。

この生活を約8か月続けている。給料は以前の会社の3分の1。泣きたくなるが、家賃は2万円だし、贅沢をしなければ退職金や預金に手をつけずにやっていける。


昼休憩、いつもの様に、いつものメンバーで、いつものテーブルを囲んでお弁当を広げていた。うちの工場は、労働者の殆どはお弁当を持参し、年配社員に限っては仕出し弁当を配給されていた。食堂にはカップ麺の自動販売機しかなく、工場付近は一面が田圃でレストランらしきものはない。弁当を作り忘れたら、カップ麺を食べる破目になるのだ。それだけは避けたい。虚しすぎるからだ。

「今夜さ、みんなで近所の居酒屋に行かない?」

澄子はテーブルの上で腕を組んでそういった。ダイエットをしているらしく、ランチは抜いていた。

「近所って」

里香が聞いた。下がった眼鏡の位置を直す時に、鼻に皺を寄せる癖がある。

「ああ、駅の近くの、大きな狸の置物がある店?」

そういったのは道子である。美形な道子は、北川景子に似ていた。本人に言うと照れて顔を真っ赤にするが、「あの人、だれだっけ?わたしに似てるっていってくれた女優さん?」と何度か問われる場面があったので、まんざらではないらしい。普段はとても静かな人だ。

「そうそう信楽焼の店、行かない、花ちゃん」

「そうね、明日からお休みだし、行こうか」

きょうは12月30日木曜日、明日から正月休みに入る。年始の仕事始めまで、4日間の休暇なのだが、派遣社員のわたし達は自給で働いているので、休みが多くなればなる程、給金は減らされる。とはいっても派遣社員になってはじめてのお正月で、はじめての居酒屋だ。なんだか心がウキウキしてきた。

「里香ちんと、みっちゃんは?行くでしょう?」

「別に行ってもええで」

この4人の中で里香だけは派遣ではなく正社員だった。澄子と気が合うらしく、しょっちゅうふたりは寮の部屋で酒盛りしている。この中ではいちばん年が若く、25歳と聞いた。

昼休憩も終わり、それぞれが持ち場へ戻った。きょうわたしは1階の職場から2階へ移らされた。社員が働く事務所と同じ空間だからだろうか。暖房が良く効いていて暑いくらいだ。

「おーい、なんやこりゃ!」

この持ち場を担当しているリーダーが声を荒らげた。歳は50代くらいの禿親父だ。怒られた外国人労働者の女性は哀しくなる程頭を下げている。

「いつも言うとるやろうが」

この持ち場は女ばかり6人で回している。わたし以外は全員が外国人で、日本人の夫を持つ人が大半だ。日本語もかなり上手である。

「ほんまにー、何遍いわせんねん。アホか」

余りの暴言に、わたしは社員のいる事務所を見た。敷居はないので、声は丸聞こえの筈であるが、だれも知らん顔をしている。

「あの」

わたしは思わず、声を掛けた。

「なんや」

リーダーはこちらを睨む様に見てから、腕組をした。

「怒鳴るってあり得なくないですか」

「なんや」

リーダーは手の届く場所にあった、何かの部品を取り、それを床に投げつけた。大きな音が響き、流石に社員の男がやってきた。

「どうしたん?」

にやにやしている。

「どうしたも、こうしたも、なんか……」

普通に話すことが苦手なのか、リーダーは口籠りながらわたしの方を指さした。わたしは辞めてもいい覚悟でこういった。

「桑田さんが、怒鳴りちらすんです。声、聞こえてませんでしたか?」

桑田とはリーダーのことだ。

「ああ、そうね、まあ。余り怒鳴らんようにね」

男は桑田の上司なのか、見た目は随分と若そうだ。桑田の肩に手を置いて、2,3度、叩いた。桑田は唇を尖らせて頷いている。

「君は、なんだっけ?」

「菊池です」

「菊池くんも、そう怒らんときや」

「わたし、怒ってなんかないです。桑田さんが理不尽な態度なので、どうしたものかと思っただけで」

「わかるわかる」

「菊池は、怒鳴るのはあり得えんとかいいよる」

桑田が口出した。わたしも引き下がれない。

「暴言を吐くと、労基に訴えますよ。労基には逮捕権もあるんでね」

「な、なんやあいつ」

桑田は我儘な子供のようにジタバタと動き出した。

その日、わたしはそのまま早退することとなった。喧嘩両成敗ということで、何故かわたしだけが帰宅する事と。

「納得いかへんよねー」

居酒屋で、結構、酒の入った澄子がそういった。わたしと桑田の悶着の話題はすぐに工場内に広がり、わたしが説明をしなくても、みんな知っていた。

「わたしは多分、次の契約はないかもね?」

今回は3月までの契約だった。年度末を終えて暇になる4月からの契約延長は見込めないと、そう諦めていた。

「最悪、年始からもう来ないでと言われるかもな?」

枝豆を口にくわえた状態で里香がいった。

「そんなことある。許せないよ、悪いのは桑田やん。わたし直談判するよ」

道子はテーブルを叩いて怒っていた。このメンバーの中で最も正義感が強く、信頼できる友人だ。わたしは道子のことがいちばん好きだった。

「いいよ、いいよ。辞めたら他の仕事を探すだけだし」

「花ちゃんは、大手企業にいたんやし、こんな工場で終わるのは勿体ないな」

「澄ちゃん、そうはいうけど、わたしの持ってる資格といえば、趣味で取った簿記検定2級くらいだよ」

「ええやん、わたしは何にも持ってない」

「里香ちんは未だ若いんだし、資格が欲しかったら取ればいい。わたしは30歳だからねー」

そうこうしていて3時間が過ぎ、寮に戻り、飲み直そうと話していた。寮から店までは徒歩圏だった。

「あれ、わたし、あれ」

わたしはカバンの中を探っていた。カバンといっても近所への買い物用の小さな物で、中にはエコバックと現金だけの入ったガマ口財布、携帯電話だけだ。

「どうしたの?」

澄子が聞いた。

「わたし、お財布、忘れちゃったのかな?」

いや、そんなことはない。店に来る道すがら、お金を下ろそうと、銀行のATMに寄っている。

「ないの?」

道子は席の周辺を探してくれている。

「家からここまでの間に落としたんじゃない。わたし探してくるよ」

「え、いいよ。いいよ」

わたしの制止も聞かず、里香は店を飛び出してしまった。それから30分、財布は見つからず、わたしたちの座っていた場所は個室だったこともあり、財布は道に落としたのだろうという結論に至った。わたしは銀行のカードを止め、現金5万円を失くしたショックに打ちひしがれた。

「なんで5万円も下ろしちゃったんだろう」

明日は大晦日。お正月の買い出しに出掛けるつもりだった。いつも持ち歩かないATMカードも止まり、銀行も休み。他にクレジットカードはあったが、先日、不正利用が発覚し、カードは止められ、新しいカードが来るのを待っている状態だ。わたしの手持ちは小銭も合わせて1万円弱。ICOCAに2万円近く入っているのと、スーパーのポイントが9千円はある。これでどうにか3日まで飢え死にしなくて済む。寧ろ一人暮らしには立派な正月が迎えられそうだ。


「どうして財布が消えたんやろね」

明けて元日。わたしは道子の部屋で昼からお酒を飲んでいた。

「さあね、道で落としたんだろうね」

落とす訳がなかった。店に入り、席に座る時、携帯電話を取り出した。その時に財布の存在を確認している。そして財布の入ったカバンの上に上着を置いたのだ。お会計のドタバタの時まで、一度も場所は移動していない。

個室は丸テーブルを挟んで、左手前から道子、澄子、わたし、里香。わたしと澄子はトイレの度に、人にどいて貰わなければならない位置だった。

「昨日さ、澄ちゃんがいってたやん」

「ああ、前にも財布が無くなったって」

わたしたち4人は昨日、澄子の部屋で年越しをした。

「そう、里香ちんの実家で、ホームパーティーをしていたら、澄ちゃんのお財布が消えて、里香ちんの部屋にあった里香ちんの財布もなくなっちゃったって、盗まれたんかな」

「その日は大勢の人が出入りしていたらしいよね。ふたつも財布がなくなるって普通ないし、盗まれた可能性が高いよね」

指一本で缶ビールを開けたわたしは、道子の部屋の窓から里香の部屋を見た。里香と澄子は実家に帰っていて不在だ。

「昨日さ、里香ちん、大盤振る舞いしてくれて驚いた。伊勢海老やで」

道子は少々大袈裟に腕を広げて、伊勢海老の大きさを表した。

「うん、あれは立派な伊勢海老だった。高かったと思うよ」

「デザートもいっぱい買いに行ってくれてたやん」

日付が変わる前に、里香はコンビニに走り、デザートを沢山購入しプレゼントしてくれたのだ。

「お金持ちやん、里香ちん」

道子はうつむき加減でそういった。道子の言いたいことはわかっている。わたしも同じ思いだからだ。財布は道に落とした訳でもなく、突然、消えた訳でもない。隣にいた誰かがわたしのカバンから財布を抜き取ったのだ。隣に座っていたのは澄子と里香。澄子は腕をテーブルに置く癖があり、終止喋っていて、みんなの注目を浴びている。

「もういいよ。きっと道に落としたんだよ、みっちゃん」

わたしは道子に犯人の名前を言わせる前に、この話を終わらせた。


仕事始めの正月三日、午前5時半。「不正な発信者」と、目覚ましアラームの前に携帯電話に告げられた。

「だれだ、不正な奴は」

寒い室内に手を伸ばし、スマホを取った。

「ごめんね、こんな時間に」

「えっ、えっ?」

わたしは上体を起こし、スマホを右の耳から左に変えた。聞き覚えのある声、懐かしい上司の声だった。退職と同時にスマホの記録から消した上司。

「新年、どうも」

「あっうん。おめでとうござます」

上司は50代の女性だった。わたしに退職の最後通告をした人。

「大切な話があるんだけど」

「そうですか」

「だから、どうしても今日中に、菊池さんの出勤前に連絡を取りたくて」

「はい」

「時間、大丈夫?」

「少しなら」


電話のせいで、出勤時間が少し遅れてしまった。駐車場で道子の車を探したが、もう出勤しているらしい。里香の車はあった。

工場に着くと、わたしは道子の職場へ向かった。作業着姿の道子は、始業前ということで、椅子に座り、足を組んで寛いでいた。

「おはよ、花ちゃん」

軽く手を振り、わたしに笑顔を振りまいた。わたしは道子に顔を近づけた。

「みっちゃん、この工場すき?」

「うーん、そうでもない」

「他府県に行くのは抵抗ある?」

「ないよ」

「接客業以外なら大丈夫?」

「ええ、どうしたのー」

道子は組んでいた足を並べ、膝に手を置いた。道子は以前、大坂のケーキ屋で正社員として働いていたが、接客に悩み、心を病んでしまった。

「東京のね、有楽町に新しいお店ができるの。テイクアウト専門のからあげ屋さんなんだけど、そこの店長にならないかって、前の会社からオファーがあって」

「ええ、凄いやん」

「基本はふたりで回すんだけど、どう」

「わたし」

「うん、うん、接客はわたしがするし、みっちゃんは唐揚げを揚げてくれたらいいんだよ。だめかな。遠いかな東京」

道子は立ち上がった。少女の様に瞳をきらきらと輝かせて。

「行きたい。ここで終わりたくない」

「そーかー」

わたしは道子の両手を取った。

「前にわたしが住んでいた社宅に入れるし、とっても便利で都会だよ」

「いいな、いいな」

「愉しくなるねー」

「うん。それでいつから?」

わたしは道子の手を離し、咳払いをした。

「きょう、工場を辞める」

「きょう?」

「突然なのは、わかってる。でも、まあパワハラ事件もあった事だし、派遣会社には、もう伝えたから。後は、みっちゃんだけ。どうする3月いっぱいまで働く?。その後からでもいいんだよ。待ってるから」

そうわたしが言い終わると、道子は急に走り出し、彼女の部署の担当リーダーの元へ行った。

「花ちゃーん、行くよー」

そう叫んだ道子は、わたしの手を掴み、工場から徒歩5分はある駐車場まで走った。車の前に来ると道子は膝に手をついて、息を整えた。

「無理させちゃったかな」

「ううん、いいの。これでいいの」

道子は曲げていた腰を伸ばした。

「わたし、ケーキ屋さんで働いている時、最初の頃は夢を持っててん。でも次第に打ち砕かれて、2年以上も引きこもりになって、去年の夏に、この工場に入った。だけど、つらくて、つらくて。このまま、この生活で一生終わっちゃうんやろなって、そう思いながら生活しててん。しかも派遣で。ずっと派遣のままで。あの年下のブサイクに顎で使われながら」

年下のブサイクとは、道子のリーダーのことである。意地の悪い女で、いつも嫌味を笑顔でいっている。

「花ちゃん、いい、わたし、普通に夢を見ても?」

「当然だよ」

「わたし、また正社員になれるん」

「そうだよー。わたしたち、正社員に復活したんだよ。だれに聞かれても、正々堂々と胸を張れるんだよ」

「復活か。やった」


2022年の年明け、わたしたちは非日常への扉を開いた。工場での日々は確かに安定していたが、道子とわたしは心の中で首を振り続けていたのかも知れない。工場で働くことに違和感のない澄子や里香を卑下する訳ではない。ただ、わたしたちには合わなかっただけなのだ。東京への再出発は、並大抵のことではない。苦しい事、つらい事、たくさんあるだろう。でも、このまま田圃の真ん中を行き来し人生を終えることに納得していなかった。もしかしたら、夢を砕かれ、帰郷する破目になるかも知れない。しかし、このまま黙って朽ちて行くのだけは、絶対に嫌だった。








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井の中の蛙とは呼ばせない! 藤原あみ @fujiwarami1999

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