お姫様は、精霊長の心を解く

 このままでは、ウィリアム様が死んでしまう。


 そう思った途端不思議な事に力が湧いて、私は思いのまま声を上げる事が出来ました。

 驚いた顔で私を見る精霊長とウィリアム様に思わず視線を鋭くしてしまって、もう止まらない思いをぶつけます。


「どうして、おふたりが傷つけ合わなくてはいけないのですか? 先代王様が罪深いからその子孫も生きているだけで罪があると言うのなら、土地が飢えた事で亡くなった命も彼らにだけ責任があるのですか? 精霊長様、貴方はご自身でおっしゃったでしょう。責任を放棄した罪があると!」


 こんな事言いたくはありません、でも、こんなの間違ってる、と。がそう囁くのです。


「罪のない生き物達の命を、の命の為に殺した。憶測ですが、お婆様がこの土地を守り愛したのは人間のお爺様や精霊姫様の為だったとしても、その責任の一端でも償おうとしたのではありませんか?」

「……たったひとりじゃない。大切で大きな、命だよ」

「それは誰にとってそうです。周りや本人が大切でもない命と考えていたとしても、この件に関して世界は、そうとは限らないでしょう。精霊長様が特に精霊姫様が好きだったとしても、精霊の皆様だって好きなのは変わらないように。命の尊さは己の尺度を離れれば、本来は平等のはずです」


 それが分からなくなるのは、地位や年齢や種族などの不平等な差異があるから。社会や文明があるから分からなくなり、争いや差別が生まれるだけ。

 精霊は世界そのものを生き物の体に例えたら、細菌や神経とか体に何かしら働きかけるきっかけ——だけれど、その行動に責任が無いのかというとそうではない。

 あの時ウィリアム様の様子を見ながら、精霊長様ご本人が吐露したのです。


「精霊長様。もう、やめましょう。わざと恨まれるような事をするのは」


 するりと、そんな言葉が出ました。


「アイ、リーン……? いや、ここにいるのはボクらのお姫様、ソフィアの、はず」


 信じられないといった様子で精霊長様が先代精霊姫様の名前を呟きます。ああ、もしかしたら精霊長様の魔法を解けたのは、そのアイリーン様がお力添えしてくださったのかもしれません。

 彼女は双子のようだったと精霊長様がおっしゃったように、アイリーン様にとっても精霊長様は大切な方だったのなら。きっと、もう良いと、伝えたいのではないでしょうか。

 だから、間違ってる、なんて囁きが聞こえたのです。


「私は、アイリーン様を知りません。でも、こんなの間違ってる……そんな声が聞こえます。どちらも悪いのにどちらかが責められるなんて、精霊長様が憎まれ役を買って出るなんて、認めたくないのだと」

「それは、アイリーンを殺した男を、その周りを許せっていうのかい?」

「いいえ。きっと、精霊長様自身を許して欲しいのだと思います」


 胸があたたかい。そっと手を添えると、ふわっと優しく紫色の光がひとつ、胸から飛び出していきました。

 ふわふわ、くるくる、精霊長様の周りを飛び回る姿は精霊様のようです。


「本当に、アイリーン……君なのかい? どうしてお姫様の中に? いやそんな事より、君はもう別の場所で転生する事を待っている身だとばかり……その姿はまるで、精霊だ」

「まるで? その光は、精霊とは違うのですか」


 ウィリアム様が驚いたようにおっしゃいました。すると、紫の光はウィリアム様の周りも飛びはじめます。

 精霊長様は、視線を迷わせるように言葉を紡ぎました。


「それは、たましいだよ。ボクら精霊や人間が命と呼んでいるものの正体。けれど魂が聖域の力を溜めて形を成せば、精霊になる」

「先代精霊姫様は精霊になる事を望んで聖域で力を蓄えていた、けれど精霊長様を止めるためにお嬢様に力を貸した……そういう事でしょうか」


 アンの問いに紫の光がその場にくるくると円を描いてから、私の元に戻ってきました。

 両手を器のようにすると、紫の光は腰を落ち着けるように留まります。そして私にも力を貸して欲しい、とまた囁き声が聞こえたので、紫の光──アイリーン様に魔力を注ぎました。

 春の日差しのようなあたたかさを感じながら、私は魔力を注ぐ事に集中します。


『──精霊長様、私の大切な精霊さん。この声が聞こえてますか?』


 穏やかな、それでいて明るい声がします。ああ、やっぱりあの囁きはこの方だったようです。


「うん……聞こえる、聞こえてるよ、アイリーン。ボクの、大切なお姫様」

『よかった、聞こえてなかったらソフィアさんに悪いところでした。ええと、皆さんもう分かってしまっているかもしれませんが……私は精霊姫、アイリーン・クエールです』


 と言っても生きていた頃の話ですけど、と恥ずかしそうにしているアイリーン様。そんなところも少し可愛らしいなと思いつつ、力を注ぎます。


『そちらのお姉さんがおっしゃってたように、私はこっそり精霊になろうとしてました。精霊になったら驚かせちゃお! ……なんて。でも、その前に精霊長様がイーリスを苦しめてしまった事を悔いていて、チトセ様のお孫さん……ソフィアさんの為にもその死をもって償おうって考えてた事も知って。すごく、悲しかった。そりゃ間違った事をしたのなら反省してもいいけれど、精霊だって間違う事あるんだって、前を向いて欲しかったの』

「アイリーン。でもボクは」

『一緒に考えようよ。きっとチトセ様も知恵を絞ってくれるから……だから、もうソフィアさんとウィリアムさんとでお話させてあげよう?』


 アイリーン様がそうおっしゃると、精霊長様はその場に崩れて──泣いてしまわれました。


 精霊のお姫様が、精霊長様のお心を解かしてくださったのです。

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もふもふ令嬢は好きな人に好かれたいだけです! ろくまる @690_aqua

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