第14話 エルフと光の塔の黄色い箱(4/4)

「もう最後の一口か…………あむっ」


 ベルは別れを惜しみながら、ハンバーグの最後の一切れを口に運ぶとゆっくりと噛み締めた。どんなに大事に食べ進めていても、その終わりはやって来てしまうのだった。


「はぁ……ごちそうさま……幸せな時間だったわ……あら? ゴーレムが居ない……何処行ったのかしら」


 お子様ランチに夢中になっていたベルがふと辺りを見回すと、ゴーレムの姿が無い事に気付いた。しかし、すぐにその姿は見つかる。小さなトレーを持ったゴーレムが丁度厨房から出て来るところだった。


「そろそろデザートのタイミングかと、こちらをお持ちしました」


 テーブルまで来たゴーレムはお皿と小さなポットをベルの前に並べる。


「え、デザート!? 貴方やるわね!」


「恐れ入ります」


「わぅ?」


 思わぬ幸せの延長戦にベルの表情がパッと華やぐ。しかもデザート、つまりこの国で二度目の甘味である。自分のドッグケーキを食べ終えていたテオは、何事かとベルの膝に乗ってテーブルの上を見る。


 それは真っ白な半球状をしており、微かな冷気を放ち小さな雪山のようだった。


「白い……氷みたい……あ、雪ってやつかしら?」


 ベルの育った大森林は温暖であり高い山も無かったため、雪を物の話にしか聞いた事が無かった。今彼女の目の前にある冷たく白い物体はまさにその話通りに思えた。


「いえ、こちらはバニラアイスでございます」


「当然のように聞いた事無い食べ物ね」


「牛乳を主な原料にして冷やして固めた甘いお菓子でございます。お好みでこちらのチョコレートソースをどうぞ」


 お好みで、と言われた小さなポットには黒っぽい液体が入っていた。


「ちょこれーと? ん、この匂い嗅ぎ覚えがある……あ! あの茶色い板のやつだ!」


 ベルがこの国へ来て、初めて食べた物の味や香りが鮮明に思い出される。単体でも信じられないほどに美味しかったあの食べ物を何かと組み合わせるとどうなるのか、ベルの期待が最高潮に達する。


「アイスが溶ける前にどうぞお召し上がりください」


「え? あ、本当だちょっと溶け始めてる……」


 ゴーレムに促されてお皿を見れば、白い小さな雪山が溶け始めているのが分かる。


「それじゃ、いただきます! あむ――」


 脇に置かれた小さなスプーンでひと掬いし、口に入れた冷たいお菓子は舌の上でふわりと溶けた。後に残るのは、その真っ白で無垢な見た目からは想像できないほどの牛乳の濃厚な味と甘くて芳しい香り。


「ん〜〜〜、あまくておいしい〜」


 一口目から脳を揺さぶってくるような甘味にベルは歓喜に震える。少し前までささくれだっていた心の中の何かが、急速に回復していくのを感じていた。


「甘いものは心に効くわね……」


「わぅわぅ」


 ベルのその様子を見ていたテオが膝の上で自己主張を始め、バランスを崩しそうになる。ベルは慌ててそれを抱きとめた。


「おっとと。忘れてないわよ。はい、それじゃテオもどうぞ」


「わっふ!」


「美味しい?」


「わん!」


 ベルとテオは仲良くアイスを分け合いながら食べていく。その仲睦まじい様子は姉弟や親子のようでもあった。




「そろそろチョコレートソースってのを掛けて見ますか……」


「ワンちゃん様はチョコレートを食べると体に良くありませんので、お気をつけください」


「え!? そうだったのね……そういえば、あの板の時もテオは食べなかったっけ。匂いで分かるの?」


「わう」


「それじゃこれは私だけの特権ね。うふふ、ごめんなさいね」


 ベルは小さなポットをつまみ上げ、黒いソースでまだら模様を作る様に白い雪山を染めていく。ついつい楽しくなってしまいポットの中身を全て使い切ってしまった。


「おお、なんか芸術的な感じ。どれどれ、ソースを絡めてー……あ〜む」


 途端、口に広がる懐かしさすら覚えるあの茶色い板の味と風味。甘味と甘味が合わさりくどくなりそうな所を、チョコレートの苦味が双方を殺す事なく上手く引き立てている。ベルにとって、これまでの人生で間違いなく最高のデザートになっていた。


「はぁ……口の中が幸せすぎて……このアイス? より先に私の脳みそが溶けそう……」


 脳より先に溶け出した表情に気づかないまま、大事に大事にアイスを食べるベルだった。




「ごちそうさまでした。ふぅ……」


 目を閉じて余韻に浸っているベルの脇から、水の入ったコップがそっと差し出される。


「如何でしたでしょうか?」


「ありがとう。最高に美味しかったわ……」


 差し出されたコップを受け取りながら、ベルは至福の時間をくれたゴーレムに感謝を告げた。


「それはそれは、何よりでございます」


 それを受けて恭しく礼を返すゴーレムの動きは誇らしげであった。






 食休みとしてテオを撫でつつ外を眺め、充分に一息つけた頃。


「それでは! この後もまだまだご紹介させて頂きたい所がございますので是非是非!」


「はいはい、お願いするわ」


 あれでも食事の間は邪魔をしないように気を遣っていたのか、ここまで比較的に静かにしていたゴーレムの語調が元に戻ってくる。その勢いにも慣れ始めて来たベルはゴーレムの提案を受け、塔の案内を続けて貰う事にした。


 その後はゴーレムの案内でお土産コーナーなる場所を見て回り、塔の形を模したお菓子やキーホルダーなる物を手に入れたり、ガラス張りの床にびっくりさせられたりなど、楽しい時間を過ごしたのだった。






「以上で展望台のご案内を終了させて頂きます。お付き合い頂きまして誠にありがとうございました」


「えぇ、ありがとう。貴方もお疲れ様、楽しかったわ」


 なんだかんだと楽しませてくれた賑やかな案内役をベルは素直に労う。


「勿体ないお言葉です! それでは僭越ながら、一階までご案内させて頂きます」


「あー、帰りもあの長い階段かぁ……」


「わぅ……」


 永遠にも思えた階段を思い出して、ベルとテオは憂鬱な気分になる。


「階段? ベルフェーム様たちはエレベーターをお使いにならなかったのですか?」


「えべれーたー? なにそれ?」


「こちらでございます」


 ゴーレムに案内され、窓の無い小さな小部屋へと入るベルたち。壁の上部は金色の見事な装飾で飾られ、狭いながらもただならぬ雰囲気を感じさせた。


「え?」


「わぅ?」


 ゴーレムが壁を何度か突いたと思うと、その場所が光り扉が閉まる。


「え??」


「わぅ??」


 少し間妙な音がしたかと思うと勝手に扉が開き、乗る前に見たフロアと違う光景が広がる。そこはこの塔の階段を上る前に見たフロアだった。


「えぇぇ!?」


「わっふ!?」


「一階に到着致しました――どうかなされましたか?」


「え? え? 私たち、さっきまで、居た所は?」


 ベルは驚きのあまりに口をパクパクさせ、片言になりながらも何とか疑問を投げかける。


「さっきまで居た所は地上三百五十メートルの展望台になります。こちらのエレベーターならばそこまでの所要時間は、なんと! 僅か五十秒! 一分にも満たない時間で行き来が可能なのです!」


「へ、へぇ……これも、機械なの?」


「はい! 左様でございます!」


「そう……機械って凄いわね……」


「ありがとうございます! 我々は人間の役に立ってこそですので!」


「あの地獄のような苦労は一体何だったの……」


「わふぅ……」


 心底嬉しそうに答えるゴーレムの横で、ベルとテオはこれ以上無いほどに脱力していた。






「それでは、ワタクシはここまでで御座います。本日は当施設にお越し頂きまして誠に有難うございました。ワタクシも最期にこの様な楽しい仕事をさせて頂けて――」


「何言ってるのよ。こんな所で一人ぼっちになるくらいなら私たちと行きましょうよ」


 ゴーレムは塔の入り口付近で立ち止まり、別れの挨拶を述べようとする。ベルはそれを遮りゴーレムに向けて手を差し出した。


 ベルはこの短い時間の間に、会話の出来るこのゴーレムを友人のように思い始めていたのだった。そんな彼を、恐らく訪れる者はもう無いだろうこの塔で、一人ぼっちにさせる事がベルには忍びなかった。


「え? いえ、しかし……ワタクシの独断で此処を離れる訳には……」


「独断じゃ無ければ良いの? 誰かがお願いすれば良いのかしら?」


「……現在はネットワークの不通によりスタンドアローンモードを余儀なくされ、管理権の更新もなされておらず事実上の空白……更に非常事態宣言の最中ですので……その時点のご利用者様の意向を優先しつつ……」


 ゴーレムは俯くように下を向くとブツブツと呟き出す。その様子に手を差し出したままのベルは段々と焦れて来る。


「あぁ、もう。 ごちゃごちゃ言ってるけど、来れるの? 来れないの!?」


「極めて特殊な条件下に於いて、現在のご利用者様の命令を上位にする事が可能ですので……」


「つまり!?」


「……ご命令とあらば!」


 俯いたゴーレムが真っ直ぐベルを見た。


「なら、一緒に来なさい!」


「はい! かしこまりました!」


 ゴーレムの視線を真正面から受け止め、ベルは高らかに宣言するよう命令した。その剣幕に押されてかゴーレムの右腕は敬礼の形を取っていた。




「それじゃ改めて。はい」


 ベルは差し出したままだった右手を促すように上下に振る。


「……?」


「握手よ握手。手出しなさいよ」


「私のようなモノにも握手を求めてくださるとは、ベルフェーム様は寛大なお方ですね」


「これから一緒に行くんだから友好の証よ。あとベルフェームは止めて。ベルで良いわ」


「はい、かしこまりました……ベル様」


 自身に向かって差し出された右手をゴーレムは三本の指で大事そうに握った。


「今更だけど、こっちの子はテオよ」


「うぅー」


 ベルの紹介を受けたテオはゴーレムを見て唸っていた。


「何で唸ってるの?」


「わう!」


 ライバルの出現にテオは危機感を覚えたようだった。




「そういえば、貴方の名前を聞いてなかったわね……と言うか、名前あるの?」


「申し訳ございません。稼働初日に一般より公募されたワタクシの名前の発表があるはずだったのですが……生憎と……」


「あら……」


「ちなみにワタクシの正式な型名はMAA-SP 2032Jでございます」


「ビックリするくらいピンとこないわ」


「ベル様の呼びやすいように呼んでいただければ、それで」


「そう? 何が良いかしら……ドドメルキ……ペムンシュカ……」


 悩みだしたベルの口からは、以前テオに付けようとして使わなかった名前が並んで行く。テオはその様子を見て意地の悪そうな顔をしていた。


「あ、あの! ワタクシ、介助用サポートロイドですので、それにちなんだ名前などが良いかなと……思う次第で御座います! メディちゃんとか、助け君とか……!」


 ベルの口から上る文字列に危機感を覚えたか。ゴーレムは前言を撤回して提案を差し挟み、僚機の名前を例に出した。


「えぇ? 呼びやすいようにって言ったくせに……知らない言葉にちなんでって言われても……さぽーとろいどさぽーとろいど……さぽーと……ろいど……ろいどって何?」


 再び悩みだすベルを祈るように見つめるゴーレム。


「んん〜〜……もう端折って短くしてとかでどうかしら?」


「――! それはもう! 素晴らしいかと存じます!」


「あら、これで良いの? まぁ呼びやすいしいっか。それじゃ貴方は今日からロイって事で。 よろしくね、ロイ!」


「わふぅ」


「はい! よろしくお願いいたします! ベル様、テオ殿!」


 新しい仲間に笑顔のベル。無事に無難な名前に決まり安堵する様子を見せるロイ。テオはどこか残念そうだった。






 そんな和やかな様子のベルたちの遥か上空。彼女たちを見下ろすモノがあった。


「人の気配があるから何かと思って来てみたら……」


 その声は光の塔の先端に据え付けられるように浮いた青い菱形の水晶から響いている。それは綺麗な立方体をしており、塔のてっぺんでゆっくりと回っていた。


「よっと」


 椅子から降りるような気軽さの声と共に、水晶は塔の先端から転げ落ちる。途中で支柱にぶつかり小さな悲鳴が聞こえた気がした。


 やがて展望台の上まで数百メートルほど落下した水晶は――気付けば白いローブを纏った人の形を取っていた。それは少年のような少女のような中性的な雰囲気をしており、幼さなさが残る顔立ちをしている。肩の辺りで切り揃えられた銀髪は透き通り、青く輝いているようにも見えた。そのおでこは何かにぶつけたように赤い。


 落下の勢いは何処へやら、ふわりと展望台の屋上の端に座って地上を見下ろし、おでこをさすりながら足をぶらぶらさせている。この場所で無ければ普通の子供に見える事だろう。


「引き継ぎの時の説明じゃ、人類は居ないからある程度好きにして構わないって話だったんだけど……置いてけぼりでも食らった?」


 その子供のような人物は小首を傾げながらベルを見る。常人ではとても見る事の適わない距離にも関わらず、その目は彼女の特徴的な長い耳を捉えていた。


「そもそもここは人間しか居ない世界だったはず……あれはエルフだよね? んー……どっかで誰かが事故らせたかな……?」


 幼い顔に愉悦が滲み、口角がつり上がる。風貌に似合わずどこか妖艶ですらあった。


「んふふ……楽しくなって来たぞー」


 その子供は楽しそうにベルたちを見送る。足をぱたぱたとさせ展望台から落ちそうな勢いで体を左右に揺らしながら――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

腹ペコエルフの廃墟探訪 〜突撃となりのパントリー〜 ふたつき @kareoji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ