第13話 エルフと光の塔の黄色い箱(3/4)

 ベルは膝の上のテオを撫でながらゆったりと椅子に腰掛け、窓の外の景色を眺めて優雅な気分に浸っていた。この時間が続くなら食事はもうちょっと後でもいいかなと思い始めていた頃。


「もう出来たのかしら。案外早いわね」


 キッチンの方からハンドベルを鳴らすような音が何度か聞こえた後、例のゴーレムが料理を載せたトレーを持って近づいてくるのが見えた。




「大変お待たせいたしました」


「そうでもないわ」


 料理を全く揺らす事無く滑るように近づいて来たゴーレムは、出来立ての湯気が上る料理を恭しくテーブルへと置いた。それは可愛い模様が描かれたひとつのお皿へ複数の料理が盛られた物だった。その中の料理のひとつには何故か小さな旗が立っている。


 料理に続けてスプーンや水の入ったコップが瞬く間に並べられ食事の用意が整った。


「へぇ、思ってたより豪華な感じね。料理出来ないなんて言ってたわりに、凄いじゃない!」


「恐れ入ります。ワンちゃん様にはこちらのドッグケーキをどうぞ。専用に味付けされておりますので、きっとお気に召していただけるかと」


「テオ用の料理もあるなんて気が利くわねー。それもケーキだなんて羨ましいくらいだわ」


「わぅ!」


 小さなお皿に盛られた白いケーキには骨型の焼き菓子が乗せられていた。それを見たテオはベルの膝から飛び降り、今にもケーキに齧り付かんばかりだ。


「非常事態宣言の最中でございますので、こちらの食事は支援物資として無償で提供させて頂きます」


「良く分かんないけどタダなのは助かるわ、ありがとう。ちなみにこれは何て言う料理なの?」


「こちらはでございます!」


「おこさま……らんち? ……子供用って事? この国の子供はこんな良い物食べてたの……?」


「はい。当店を訪れるお子様に大変ご好評を頂いていたようでございます」


「はぇー、羨ましい話ね……って、大人が食べても良いの?」


「はい、全く問題ございません! むしろ子供の頃を懐かしんで頼む方もいらっしゃるくらいです」


「まぁこんな美味しそうな料理なら大人でも食べたくなるわよね」


「わぅ、わう!」


 おあずけ状態で待ちきれなくなってきたテオがベルの足に絡みついて主張する。


「あぁ、ごめんねテオ。そうね、そろそろいただきましょうか!」


 いつもの通り、ベルは胸元で略式の祈りを捧げる。


「それじゃ、いただきます!」


「わぅん!」


「当店自慢の素晴らしい景色と共に、どうぞお召し上がり下さい!」




「さぁて、どれから食べようかしら……迷うわね」


 目の前の丸いお皿にはいくつかの浅い仕切りがあり、それぞれの料理を区切っている。どの料理も見た目華やかで香り良く、味の保証はされているも同然だった。それゆえに最初の一口をどれにするか、ベルを悩ませ困らせている。その隣でテオは尻尾を振り乱しながら、骨型の焼き菓子をバリバリと齧り始めていた。


 お皿にいくつかの料理が並ぶ中、一際ベルの目を惹いたのは、茶色いソースが掛けられた肉料理と思われる物だ。肉の焼けた香ばしい匂いと、様々な物が溶け込んでいると思われる複雑な香りのソースが否応無しに食欲をそそる。間違いなくこの料理がお皿の主役だと確信させる存在感を放っていた。


「ううん〜……決めた! 主役っぽいコレからね!」


 お皿を前に考え込んでいたベルはようやく最初の標的を決め、脇に用意されていたスプーンを手に取った。


「このスプーン変な形してるわね、スプーンとフォークの合いの子みたい」


 それはスプーンの先端が三又に割れた形をしていた。


「先割れスプーンと言う物でございます。ナイフとフォークの扱いに不慣れなお子様でも容易に食事が出来るように設計された素晴らしい構造の――――」


「へー。……ぅわ! お肉柔らかっ!」


 脇に控えたゴーレムが解説を入れてくれるが、ベルはそれを聞き流しつつ先割れスプーンを肉料理へと突き立てた。殆ど抵抗も無く、スプーンによって軽く切り分けられた肉の柔らかさに彼女は感動する。


「お肉ってこんなに柔らかくなるものなのね……あーむっ!」


 ベルは感動もひとしおに、掬い上げた肉を早速口へと運ぶ。目を閉じ頬に手を当て噛みしめれば、すぐにも新たな感動がやって来る。


「んん〜〜〜! フワって、ジュワッって、ホロッて!」


 感動に次ぐ感動に堪らなくなったベルの足がバタバタと揺れる。ふわりと舌に着地した柔らかい肉は、旨味と共に肉汁を溢れさせながら口の中に押し寄せ、ホロリと崩れ去った。下味の効いた肉にやや苦味のある複雑な味わいのソースが非常によく合っていた。


「おにく……んまぁ…………」


 あまりの美味しさにベルの顔がだらしなく緩むが、それを見咎める者は居ないので彼女は気にしなかった。


「これは他の料理も期待大ね……」




 主役の隣ではオムレツらしき物が大きくスペースを取っている。黄色い楕円形の山の中央には赤いソースが掛けられ、白地に赤丸が描かれた小さな旗が立っていた。その不思議な盛り付けは、見た者をワクワクさせる力を持っているようだった。玉子特有の柔らかく甘さを感じる匂いと、赤いソースの酸味のある匂いが混ざり合い、その味をベルに期待させる。


「そう言えばこれ、なんで旗が立ってるの?」


 ベルは運ばれてきた時から気になっていた事をゴーレムに尋ねてみる。


「様式美でございます。今回は定番の日の丸をチョイスさせて頂きました。何でも一部の方はこれらの旗をコレクションして――――」


「なるほどねー。……さっきの茶色いソースも美味しかったし、ここは……」


 いまいち要領を得ないゴーレムの話を聞き流しながら、ベルは大胆に山の中央、赤いソースのかかった部分をざっくりと切り取った。


「あら、オムレツかと思ったら中に何か詰まってる」


 スプーンで削り取った断面を覗き込むと、赤い粒状の物と細切れの肉や野菜が、薄い玉子焼きの掛け布団に包まれていた。


「色が違うけど昨日の白い粒状のやつに似てるわね……匂いも……どこかで……あ! 前にスープにして食べた赤い野菜かな」


 以前に食べた物の味を思い出しつつ、ベルはスプーンを口へと運ぶ。


 「ふむふむ。あの白いやつに赤い野菜の色が付いてる感じなのかな――はむっ」


 まず口に当たる薄焼き玉子の柔らかい食感。それを追ってくる香ばしい匂いに、例の赤い野菜の特徴的な酸味のある香り。玉子に包まれていた具材はパラパラとほぐれ、それぞれの食感の違いが楽しい。


 そして舌の上に広がるのは、ほどよい塩気に野菜の甘みとほのかな酸味。渾然一体となったそれらを薄焼き玉子が包み込み、ベルの口の中へと幸せを運んで来ていた。


「はぁぁ……このお布団で眠りにつきたい……」


 肌寒い日の朝に毛布にくるまり惰眠を貪る。ベルはあの幸せにも似た気分を料理と共に味わっていた。




「さてさて……こっちの麺料理はどうかしら」


 幸せの黄色い布団の上のスペース、そこには赤い麺料理が綺麗に巻かれるように盛られていた。スプーン使って掬い上げようとすれば、細長い麺は零れ落ちてしまうと思われた。


「スプーンじゃ食べにくそう――あぁ!」


 ベルの懸念をよそに、差し込んだスプーンを持ち上げても麺は滑り落ちずにいる。先端の三又になった部分が上手く麺を絡み取っていた。それを見たベルは思わず歓声を上げてしまった。


「この先っぽの部分で取りやすいようになってるのね。へぇ、考えるわねー」


 ベルは先割れスプーンを目の前まで持ってくる。赤く染められらた麺には肉や野菜など沢山の具が絡んでおり、先ほどの赤いソースに似た匂いがこちらからも漂って来る。


「ナポリにケチャップを使ったパスタ無いのにナポリタンと呼ばれているのは何故か、という話がナポリタンにはつきものですが。ナポリ風という意味のナポリテーヌというトマトソースのパスタ料理が元になっているという説が――――」


 聞いてもいないのに長々と喋り出したゴーレムを無視し、ベルは料理を口へと運ぶ。


「あむっ――ちゅるっ」


 ベルは細長い麺を吸い込むようにして口の中へ、そのせいか良い香りがより強く感じられた。味の方向性は先ほどの玉子料理と同じく、塩気、甘み、酸味を上手く調和させた物だった。それでも使われている食材の違いにより確固たる独自性を持った料理であると感じられた。


「当然のようにこれも美味しい……」




「さて、最後はこれね……」


 そしてベルを困惑させるのは麺料理の横にあるふたつの物。少々トゲトゲしい黄金色の衣を纏い、細長く人差し指ほどの長さのその物体には赤い尻尾が生えていた。それはベルにかつて森の沼で見たクレヴィースを思い出させる。物は試しと、幼い頃友人と一緒に食べたその泥臭い味は彼女のトラウマになっていた。


 しかし、目の前の料理から美味しそうな香ばしい匂いが漂いベルを誘ってくる。


「ちなみになんだけど……」


「如何しましたか?」


「これって沼で獲れた食材だったりする……? ハサミのあるエビみたいな……」


「いえ。こちらはバナメイエビを使用していますので、歴とした海の生き物ですよ」


「ほっ……」


 ゴーレムの言葉に露骨に安堵するベル。ここまで美味しい物揃いの中、不味い物が出てくる心配はあまり無かったが、幼少期のトラウマはどうにも払拭し難かった。


「ハサミのあるエビのような生き物と言えば、ザリガニやロブスターが有名ですね。ちなみにロブスター――別名オマール海老とも呼ばれていますが、彼らは脱皮の際になんと内臓まで入れ替えるそうです。そのため永遠に生きられるのでは無いかとも言われておりまして、推定百四十歳を超える個体が――――」


 ゴーレムの語りを葉擦れかさざ波とでも言わんばりの様子のベルは、スプーンを縦にしてエビの真ん中を切る。鋭くも無いスプーンで簡単に切れる事は最早当然のように思えて来ていた。


 スプーンの先端を突き立て、目の高さまで持ち上げ一呼吸。


「ええい、ままよ!」


 トラウマを振り切ったベルは大きく開けた口に料理を放り込んだ。


 前歯を突き立てればザクリと小気味好い音を立てる。途端に香ばしさと共に海産物特有の香りが広がった。衣の脂っこさとエビのさっぱりとした旨味の相性がとても良い。更に衣のサクサク感とエビのプリプリした歯ごたえのギャップも堪らない。


「ん……凄い美味しい……ザクザクした食感も良いわね……あ、そうだ」


 ベルはふと、この料理の脇に添えられた物を見る。


「これ用のソースかしら?」


 そこにはエビの料理に添えるように、小さく盛られたソースがあった。ベルは試しに、その細切れの具材を黄色いソースで和えたような物を付けて、再度エビを口へと運ぶ。


「んん〜〜〜! これは――」


 玉子を材料にしていると思われる酸味の効いた濃厚なソースが加わる事で、この料理は一段上へと進化していた。衣の脂っこさはソースの酸味が打ち消し。芳醇な風味とその濃厚な味わいは、やや淡白なエビの味を補って余りあった。


「これは……私としたことが……見誤っていたわね……」


 当初ベルはこのお皿の主役は最初に食べた肉料理であると見ていた。しかし、実はこのエビ料理との二枚看板だったのだと理解する。


「舞台の主役は一人とは限らない……やられたわね……」


 目の前のお皿を壮大な演劇の舞台になぞらえ、鷹揚に感心してみせるベルだった。




「そういえば、さっきナポリタンがどうのって言ってたけど。これって個別に料理の名前があるのかしら?」


「はい。こちらからハンバーグ、オムライス、ナポリタン、エビフライとなっております。いずれもお子様に大変人気の料理です」


「ふんふん、なるほどねー」


 ゴーレムは皿の上の料理をひとつずつ指さしながら、どのような料理なのか詳細を説明していく。ベルはそれらを聞きながらも、食べる手は止まらなかった。

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