第12話 エルフと光の塔の黄色い箱(2/4)

「ご協力ありがとうございました。ベルフェーム様の新規登録が完了いたしました。ですがサーバーとの通信が出来なかったため、ご利用は本機のみに限らせて頂く状況になっております。ネットワークを利用した一部の機能がお使い頂けません。ご不便をお掛けしてしまい誠に申し訳ありません」


「あー、はいはいはい。もう何でも良いわよ……」


 もはやゴーレムの言葉を聞いていないベルはテオの前足を持って手遊びを始める。それを気にもしていないゴーレムは独り言のように喋り出した。


「……緊急通信ログにて国家非常事態宣言の発令を確認。これより災害支援モードに入ります。ネットワークが回復するまでスタンドアローンで動作します。補助のためAIの学習制限が無くなります――非常事態用プロトコル『コンナコトモアロウカト』の実行条件を満たしました。完了までバックグラウンドにてプロセスが進行いたします」


「へー、そう。すごいすごい……ん? 国家非常事態って?」


 テオと遊びながら黄色い箱の話を右から左へ聞き流していたベルだったが、不穏当な単語に思わず聞き返してしまう。


「はい。本機に残っているログを再生いたします――」


 ゴーレムはその言葉と共に、今までと違った声で喋り出した。


「可能な限りの手段を用いての外交努力の甲斐無く、我が国は戦争状態に突入する事を余儀なくされました。他国では既に大量破壊兵器の使用も確認されており、我々は今後非常に厳しい状況に置かれる事が予想されます。国民の皆様に於いては、秩序と尊厳を持って各自命を守る行動を――ログはここで途切れております」


「ちょっと待って、戦争? この国は戦争してたの?」


 戦争によって滅びた国。この場所で最初に抱いた印象が間違っていなかった事にベルの顔が少し険しくなる。


「私に残る情報からすると、そのようでございます」


 しかしそれを告げた当の本人は事もなげに、ともすれば他人事のように言ってのけた。


「そのようでって……知らなかったの?」


「申し訳ありません。先ほどの緊急通信ログのタイムスタンプは今から三年と百日前です。これを受信した時、私は休止状態のままでしたので外部の状況を把握しておりませんでした」


「休止状態って貴方ずっと寝てたの……?」


「はい。稼働予定初日から今日まで、三年と百四十日間、私はここで休止状態になっておりました。稼働に備え整備の方に調整作業を施して貰い、万全の体勢を整えて頂きました。ですがその後、この第二展望台を訪れる方は誰一人として居ませんでした」


「三年以上……誰も……ここを降りようとは思わなかったの?」


「はい。私の担当はここ第二展望台となっております。国家非常事態宣言がなされたと言えども、私の独断でここを離れる事は出来ません」


 ゴーレムのその言葉にベルは周囲を見渡す。狭くはない通路だがこのフロア自体は大して広くも無い。景観が良いとは言っても毎日そればかり。人が手の届かない雲を見るように、地上の建物を見る事になるのだろうか。


「そう……貴方を作った人は酷な命令を出したものね……」


 それは空中に浮かぶ監獄であるとベルには思えた。ゴーレムと言えどそんな場所に三年以上一人ぼっちである。自分であれば耐えられるだろうかと考えてしまったベルは、哀れな自立人形を見る事が出来ず顔を伏せた。


「わふぅ?」


 ベルは視線の先にいたテオを優しく撫でる。




――――――プロセス完了




「ん? 何か言った――」


「ですが! 雌伏の時も終わりを告げ! 本日、ようやく! 初めてのお客様をお迎えする事が出来ました! なんと素晴らしい事でしょう!」


 ここまで渋い声で淡々と喋っていたゴーレムの言葉に初めて感情が乗る。それは来客を持て成そうとする茶目っ気のある執事のようだった。細長い両腕を大きく広げた後、大げさにお辞儀をするように体を傾け左手を体の前に持ってくる。


「え?」


「わふ?」


 あまりの態度の変化とその剣幕にベルとテオは目が点になる。


「国家非常事態宣言の最中ではございますが、周辺を見る限り、幸いにも既に落ち着いている様子でございます。ひとまずの危険は無さそうですので、ここはひとつワタクシにお仕事をさせて頂けませんでしょうか?」


「あ、貴方の仕事って?」


「ワタクシ、この場所にて観光案内をするために様々な情報をプリインストールして頂きました! 周辺の地理は勿論! 観光名所や施設のご案内、オススメの飲食店情報! 更にはこのタワーが見える物件情報まで取り揃えております!」


「はぁ……飲食店情報は気になるけど……でも聞いたところで、どうせ人居ないし……」


「ご案内させて頂けないでしょうか……?」


 ゴーレムは体の四隅にある小さな四つの車輪でベルに詰め寄り、見上げるように懇願する。無機質なガラス玉のような瞳が心なしか潤んで見えた。


「…………んぐ…………分かったわよ……付き合ってあげる……お願いするわ」


「ありがとうございます! それでは誠心誠意ご案内させて頂きます!」


 お礼の言葉と共に、ゴーレムは踊るように回転しながら後ろへ下がる。ベルから少し距離を空けたところで、再度大げさなお辞儀のような動きをした。


 次の瞬間ゴーレムは一度空けた距離を詰め直し、早口ながらも聴きやすい声で訥々とつとつと語りだした。


「では早速! まずご紹介させて頂きますのは、あちらに見えますトラス構造の美しい赤いタワー。その高さは三百三十三メートル、ワタクシたちが今いるこの電波塔が完成するまで、この国で二番目に高い建造物でした――」


「早まったかしら……」


 そして始まった怒涛の解説は止まることを知らなかった。赤いタワーがどうの、日本最高峰の山がどうの、歴史ある宗教施設がどうのとベルにとってはあまり興味の無い話題が続く。


 彼女はその殆どをテオと遊びつつ聞き流しながら、別のことを考えていた。説明に上る山の名前や地名などが自分の知る物ではない事、その様式が自分の知る文化の物ではないと言う事を。




 ふとベルはある事に思い至る。この博識なゴーレムであれば王都の事も知っているのでは無いか、と。


「ちょっと質問なんだけど――」


「はい! なんなりと!」


 ベルの何気ない問いかけにも食い気味に応えたゴーレムに、彼女は少し狼狽える。質問を待ち受けるゴーレムのガラス玉のような瞳は爛々としているようにも見えた。


「あ、ありがとう……知ってたらで良いんだけど。カンターレ王国ってどっちの方向か分かるかしら?」


「カンターレ王国……ですか? ……地図上にそのような名前の国は確認出来ません……お役に立てずに申し訳ございません……」


 先ほどまでの様子から一転。言葉は歯切れが悪く、力なく腕を垂れて答える様は本当に申し訳無さそうであった。


「王国が地図に無いって……大陸を統べてる国なんだけど……」


 ベルの持っている知識の中では、故郷の大森林がある大陸の端から端までを治めている国、それがカンターレ王国である。世界で知らない者など居ない大国である。


「これはいよいよ、本格的に別の世界って事を認めないといけないのかしら……ふぅ……」


 ベルはひとつ、大きくため息のような深呼吸をする。


「ベルフェーム様、いかが致しましたか? ワタクシ何か不手際を……」


「違うわ、貴方のせいじゃない。ただ、ちょっと……どうしようかなって……」


「何かワタクシでお役に立てる事はありませんか?」


「そうね…………うーん……世界を移動する方法とか知らない?」


「…………申し訳ございません。私の持つ情報の中に該当する物はありません……」


「まぁ、そうよね……」


 考え込むベルと期待に応えられず意気消沈するゴーレムの間に気まずい空気が流れる。




 ――その静寂に割って入る小さな虫の声。




「わふ……」


 テオのお腹の虫だった。


「ここは私が居た世界とは多分別の世界。そして帰る方法は不明……目の前にはお腹を空かせた可愛い相棒……」


 ベルはブツブツと呟いた後、何かを振り払うように頭を振って笑う。それは少し疲れたような。しかし、いつもの彼女の笑顔だった。


「ま、何より大事なのはご飯よ! テオのお腹の虫聞いたら私もお腹すいて来たわ!」


「わう!」


「それでしたら! 下の階に展望が自慢のレストランがございますので是非ともご利用下さい!」


「料理してくれる人居ないでしょ……」


 ゴーレムの発言にげんなりするベルだったが、やがて顎に指を当てて小首を傾げてみせた。


「あ、でも食べ物は何か残ってるかしら?」






「はー……こんな景色の中で食事なんて贅沢ね……キッチンはこっちかしら」


 ゴーレムの案内でレストランだったと言う場所にやって来たベルたち。そこは見晴らしの良い空間にテーブルと椅子が所狭しと並べられていた。かつては沢山の人がここで景色を楽しみながら食事を楽しんだ事だろう。


 しかしベルはその素晴らしい景観もそこそこにキッチンを探し始めた。案内していたゴーレムはずっとキョロキョロと辺りを見回している。


「当店自慢の料理人が居ないようですね」


「ここの料理人どころか、この辺り一帯、人が居ないっぽいわよ」


「なんと……ワタクシが休止状態の間にそのような事に……皆様どこかに避難しているのでしょうか」


「さあね……ところで、貴方は料理出来たりするの?」


「申し訳ございません……ネットワークが生きていれば料理技能のライブラリをダウンロードする事も出来たのですが……」


「何言ってるかよく分かんないけど、出来ないのは分かったわ」


「ご理解頂きありがとうございます」


 言葉を交わしながらベルたちは厨房へと足を踏み入れる。表のテーブルの数を考えると、そこはやや手狭に見えるキッチンだった。中央は調理台が占拠しており、壁は銀色の扉を持つ戸棚で埋まっていた。空いたスペースにも棚が置かれており、全体的に雑多な雰囲気を漂わせている。


「……随分と物がいっぱいなキッチンね」


「なるべくお客様のためのスペースを取るために、こう言った部分は限界まで詰め込んで設計されてるようですね」


「ふーん。ほとんど手付かずって感じで残ってるわね」


 キッチンには荒らされた様子はなく、当時の状況をそのまま残しているようだった。


 ベルは手始めに、壁際の自分よりも背の高い戸棚に手をかける。全面が銀色に鈍く光り、この空間でも特別な存在感を放っていた。


「……さむっ……え?」


 戸を開けた瞬間漏れ出てきた薄い雲のような冷気に驚き、ベルは思わず体を引いてしまう。


「この戸棚から冷気が出てる……? え? 魔法?」


「魔法ではございませんよ。こちらは冷凍庫ですね。食品を冷凍して長期保存をするための機械です」


「機械? それって魔法じゃなくて歯車とかの組み合わせで冷気が出て来てるって事?」


「あらゆる説明を省いて可能な限り大雑把に言えばそうなります」


「はぁ……機械なんて投石機と王都の時計塔くらいしか知らないけど……こんな魔法みたいな事も出来るのね……」


 ベルは庫内に手を入れ、ひらひらと冷気に晒しつつ感心していた。


「わっふ、わっふ!」


 テオも降りてくる冷気にじゃれつくように飛び跳ねている。


「当施設は電力の殆どを自前で賄っていますので、これらも稼働し続けていたのですね。素晴らしい。冷蔵された物でしたら年単位で保存が可能ですから、食べられる物も――むっ!」


 冷凍庫の中を覗き込んだゴーレムの瞳が見開かれた――ようにベルには見えた気がした。


「これは……っ!」


「ん? どうしたの? 何か良い物あった?」


 声を上げたゴーレムがベルと冷凍庫の間に割って入り両手を掲げた。


「はい、それはもう! ベルフェーム様、どうかここはワタクシめにお任せ下さい!」


「え? でも貴方、料理出来ないんじゃ……?」


「料理が出来ずとも食事を用意する事は出来ます!」


「はぁ……」


 意味不明なゴーレムの言葉にベルの怪訝そうな声が漏れる。


「ワタクシもこの施設の従業員です。いかに非常事態下と言えども、折角いらしたお客様に厨房で料理させる訳には行きません! 幸いワタクシにも用意ができるメニューがありましたので、そちらをご提供させて頂きます」


 表情が変わらないはずのゴーレムがやたらと得意げに言ったように見えた。


「そ、そこまで言うなら任せるわ」


「ありがとうございます! それではどうぞ、あちらの見晴らしの良いお席に着いてお待ち下さい。出来上がり次第テーブルまでお持ち致しますので」


「そう? ありがと。それじゃ、ありがたく待たせてもらうわ。テオも行こっか?」


「わう」


「ゴーレムが用意する天空のレストランの料理……か。一体何が出てくるのかしらね?」


 勢いに押し切られる形ではあったが、ベルのその薄い胸が期待に少し膨んだ。

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