祐樹と涼子

swayze

第1話 恋するピノキオ

昼間の社員食堂、午後の活力を求めて人々が集まってくる。

小鳥遊祐樹は昼食をトレーに乗せて友人たちと共にテーブルに着いた。

昼食の場において友人たちとする話題は多岐に渡る。

昨日見た動画の話、新規のプロジェクトの噂、学生時代の思い出、そして…


「おっ、来なすったぞ」

友人の一人が祐樹の後ろに目をやると、続いて他の二人もそちらを見る。

「イイよなぁ、天野部長…」

羨むように友人が呟いた。


社員食堂の入り口に佇むひときわ目立つ一人の女性が、人々の注目を集めている。


男性社員とそう変わらない長身、それでいて理想的な女性のシルエット。

やや幅広の肩は引き締まった腰の括れを際立たせるのと連動してヒップサイズも強調し、その下にすらりと伸びた長い美脚をタイトなパンツスーツが締め付けている。


切れ長の目、通った鼻筋、長い睫毛。

整った顔立ち、とだけ形用するのには憚られる氷を連想させる透明感のある美貌。

シルバーフレームの眼鏡の奥に知的な光を湛え、ほどよい厚みの唇に乗った薄い色のリップが色白の顔に軽くアクセントを添える。


そんな美貌も二の次にして目を引くのがブラウスを押し上げる豊かな胸である。

よく糊のきいた綿の生地はメリハリの付き過ぎた身体に追随することができず、肩から脇にかけてくっきりとシワを作ってしまっていた。

今にも弾け飛びそうなボタンとボタンの隙間からわずかに覗く肌に男たちの視線は集中する。


「フェロモン噴霧器」

「歩く今夜のオカズ」

「存在が条例違反」

友人たちが口々に言う。彼女『天野涼子』はその手のあだ名に事欠かない。


男性社員たちがどうぞどうぞと涼子に列を譲る。

わざわざ前の順番から抜け出して後ろに付くものまでいる。

そうして涼子の後ろに並んだ男性社員たちは列から頭だけはみ出して涼子の腰回りを凝視している。


大きくも引き締まった大臀筋によってかたどられた丸く厚みのあるヒップ。

かなりタイトに臀部の形をトレースしているにも関わらず下着のラインは出ていない、その下にTバックをはいているのを想像したのか皆どこか前かがみ気味になっている。


「なんか最近になってますます綺麗になってるよなぁ…」

「ああ、あの胸でパイズリしてもらえるなら俺死んでもいい…!」

「俺は尻に顔をうずめるだけでもいい…!」

友人たちが下世話な話をしているのを近くにいる女性社員たちが白い目で見ている。


「てか彼氏いるのかな」

「それがいないらしい、告白して撃沈した奴から聞いた」

「祐樹、お前部下なんだろ、俺の事紹介してくれ」

「やめとけって、以前大ヤケドしたやつがいただろ」

「ああ、あいつ、確か副社長の息子だったっけ。しつこく言い寄った挙句に…」

「備品室で二人きりになって」

「襲おうとしたら」

「肋骨と鼻折られた」

まるで漫才師のように掛け合う友人三人。


祐樹は彼女が空手の有段者で大学時代には国体選手だったという話を人づてに聞いたことがある。

上背もある彼女に対してそんなことに及べば結果は想像に難くない。


「それにあの若さで部長だろ?普通ありえねえって」

「男のアイデンティティクライシスっていうかさ、付き合う奴は大変だろうなぁ」

「俺付き合えたら一生ヒモとして養ってもらうわ」

重役の息子の鼻を整形して何もお咎めがなかったのも彼女の能力が評価されている証左であろう。

29歳にして経理部部長の職に就く彼女なしには会社は立ち行かないことは誰もが認める事実だ。


涼子が祐樹の正面側にある席に着くとそれを取り囲むようにファンの女性社員たちが陣取った。

「天野部長の顔見ながら昼食食えるとか今日はついてるな」

隣に座った友人がバンバン背中を叩いてくる。


背筋が綺麗なS字を描くように腰かけ、しなやかな指で器用に箸を使い魚を口に運び、女性社員たちの語尾を伸ばした問いに対して俗っぽさとは無縁の怜悧さで受け答えしている。姿勢、仕草、話し方、彼女の動作のすべてに知性と品を感じた。


(俺なんか絶対釣り合わないよな、あんな人)

憧れていても、それは決して届かない高嶺の花。

そこに手を伸ばすのは労力と時間の無駄というもの。

普段近い距離にいるだけに、祐樹は諦観していた。


遠目に見ているとふと、涼子がこちらを見た。

女性社員との会話が弾んでいたのか薄く微笑んでいるように見えた。

目があったのを気まずく感じ、水を飲んで席を立った。


------


午後の業務。

静かな部屋にカリカリというパソコンのタイピングの音と時折紙をめくる音だけが響く。


経理業務は会社にとって重要とはいえ会計ソフトなどが導入された現状のシステムにおいてはその人員規模は縮小の一途を辿っている。

それでも人の手による審査、確認は重要で、緻密さと正確さを必要とする作業である。


パソコンに向かい社内経費の用途を一つ一つチェックしていく。

涼子は部長のデスクに座り、書類の確認を行っている。


「…」

涼子の手が止まり、微かに目が険しくなった。

「小鳥遊、ちょっと来てくれ」


部長のデスクの前に来ると、涼子は書類に書かれた数字を指差した。

「ここ、合計の部分の桁が一つ違うぞ」

「え…そんな…」

それは先週先方の工場に提出した生産機械導入の見積り書の写しだった。


「…本当だ…」

顔から血の気が引いていく。

「一応向こうに連絡を入れて止めてもらうが、直接お詫びに行かないといけないな」

「本当にすいません…!」

「チェックで見逃した私にも責任があるから、一緒に謝りに行くぞ」

「はい…すいませんでした」


深く頭を下げる。今の自分には謝罪することしかできない。

入社して経理部へ来てから一度も大きなミスはなかった。

最終的には涼子の水も漏らさぬチェックがあるのでこのような事態は起きようがないと思っていた。祐樹は自分が情けなかった。


「…」

「小鳥遊」

「…」

「小鳥遊」

「…は、はい…!」

頭上から涼子の声がしているのに気付き、祐樹は慌てて顔を上げた。


「もうここにいなくてもいいぞ」

「えっ…」

背筋が凍り付いた。

『クビ』の二文字が頭によぎる。


「デスクに戻って自分の仕事をしてくれ」

「あっ…はぁ…ご迷惑をおかけします」


続く言葉に溜息が漏れた。

常に無表情の彼女の発言はその意図を読み取りにくい。

経理部で働くものはこの機械の如く感情の乏しい彼女とのやり取りをしなければならない苦労がある。


見た目は透き通った氷のように美しいが、その心もまた氷のように冷たい。

それが天野涼子である。


------


工場へ向かう電車は少し混んでいた。

「立っていよう、離れないように」

「はい…」

ドアの両端に衛兵のように涼子と向かい合って立つ。


日が改まってもまだ酷く気分が落ち込んでいた。血の巡りが悪く、体が重く感じる。

涼子に迷惑をかけてしまい申し訳ない気持ちで潰されそうだった。


自然と視線が下を向く。すると涼子のヒールを履いた足が目に入った。

元々祐樹より少し高い涼子の身長。

ヒールを履くと目線が少し見上げる程度の位置に来る。


(…電車でヒールは大変そうだな)

ふとそんなことを思う。

涼子は座席の端にもたれかからずマネキン人形のように真っ直ぐ立っている。

電車の進行方向は祐樹の背中側。

急ブレーキがかかれば涼子はバランスを崩しこちら側に倒れこんでくるだろう。

そうなれば自分が受け止めなければならない。


「私の足がどうかしたか」

怜悧な声が頭の上から聞こえた。顔を上げると涼子がこちらを見下ろしていた。

「あ、いえ…ヒールだと大変そうだなって思って。じろじろ見てすいません」

「そうか」

涼子はそれだけ答えるとまたマネキン人形のように正面を向いて、なにも言わなかった。

祐樹はまた目が合うのが気まずくなり、再び視線を落とした。


------


「申し訳ありませんでした!」

「大変申し訳ありません」

涼子が工場の重役二人に深々と頭を下げるとだぷんと胸が垂れ下がる。

「いやいや、こちらこそ大物…じゃなくて大事にならなくてよかった」

「そちらにはいつも良くしてもらってるし、またお願いするよ」

祐樹は謝ることに夢中で涼子の胸を見ている余裕などなかった。

一方で迷惑を掛けられたはずの重役たちの顔はどこかホカホカした表情であった。


------


「すいません、自分のせいでこんな事…」

「気に病むな、反省して次に生かしてくれ」

珍しく慰めの言葉を掛けられるが、その顔は相変わらず無表情のままである。

それを見て祐樹はより惨めな気分になった。


「…」

「…小鳥遊、今から会社に帰るのも遅い時間だし飲まないか、この辺りにいい店を知ってるんだ」

「えっ」

涼子の意外な行動に、喜びよりも困惑が先に来た。

プライベートの話すらまともにしない彼女から個人的な誘いを受けるなどとは夢にも思わなかったからだ。


「嫌か」

「いえ、嬉しいです。ご馳走に預かります」

「そうか、こっちだ」

いつもと違う涼子の様子に違和感を覚えながらも、祐樹は奥まった路地に導かれていった。


------


涼子に連れてこられたのは本格的な居酒屋で、寿司が時価で提供されているような祐樹が入ったこともない高級店だった。

客層は皆男性で普通のサラリーマンを思わせる風体の人間は祐樹以外一人もおらず、会社の重役や政治家が接待に使っているような厳かな雰囲気が漂っている。


しかし、祐樹にはそんなことよりも気になることがあった。


涼子の目の前に徳利とお猪口に注がれた焼酎がある。

「…部長って確か飲めないんじゃなかったでしたっけ?」

祐樹は彼女が飲み会で酒を飲むところは一度も見たことがなかった。

それどころか社内祝賀会で社長に酒を勧められても断ったことがあるとすら噂に聞いていた。


「ん…まぁ、な」

涼子はらしくなく歯切れが悪い。

膝に手を置いたまま目の前に注がれたお猪口をただ見下ろしている。

唇がわずかに動いていて何かをブツブツ呟いているようにも見える。


「部長…?」

祐樹はただならぬ雰囲気に気圧されていた。

特殊な宗教にでも入っているのか、何かの儀式でも始めるのか。

涼子は深く息を吸い込む。ブラウスのボタンがギチギチ悲鳴を上げている。


そこから意を決したように目を見開きお猪口をつかみ取ると一気に焼酎をあおった。


「…!」

涼子の色白の頬が墨汁を垂らした紙のようにみるみる朱に染まっていく。


「…大丈夫ですか?」

エメット・ブラウンの如く一直線に床に倒れたりしないだろうか。

映画のワンシーンを連想し心配になる。


「小鳥遊!」

「はい!?」

突然の怒号に思わず体が畏まる。


「とても美味い、もっと注いでくれ!」

「は、はい!」

見たこともないテンションの高さの涼子に気圧されて祐樹は一も二もなく徳利を傾ける。


それを続けて三杯、四杯と黙々と飲み干す涼子。

徳利を一つ空ける頃には涼子の美貌はすっかり桃色に上気していた。


「君は本当にお酌ガ上手だナ」

「あ、ありがとうございます…」

「んん?君のは全然減ってないじゃないカ!勿体なイだろう!」

「いや、自分あんまり飲めなくて…」

「飲めないなら私が飲んでヤるから注ぐんダ!」

ビッとお猪口を眼前に突き出される。

酔いのせいでところどころアクセントがおかしくなっている。


その後もぐいぐいと飲み進めるつれて涼子のテンションは指数関数的に上昇していった。


「んふ~、君はこうヤって見るとケっこう童顔なんだナ」

(ち、近い…)

頭部を両手で固定され、造形をまじまじと確認される。

頬を引っ張られ、顔中をもみくちゃにされた。

祐樹にはもう憧れの上司の痴態にドキドキする余裕もない。

涼子の行動はますます予測不能になっていく。


「暑イな~、脱イじゃお」

ジャケットを脱ぐと、今度はブラウスのボタンに手を掛けた。

店内の男性達の視線が涼子に集まる。

慌てて涼子の手を押さえつける、憧れの胸の感触に感動している暇はなかった。


「ちょっと…部長っ…ダメですって…人が見てますよ」

「離セ~胸が苦しイんダよ~」

涼子はいやいやと駄々っ子のように身をよじって祐樹の手から逃れようとする。


「お~君は手もトってモ綺麗なンダな、お酌モ上手な訳ダ」

そうかと思えば感心したように手に頬ずりされる。

言動に全く脈絡がなくなっている。


「小鳥遊~こレからは好キナだけ私ノおっパい見てイいかラな~トくベつダぞ~?」


マネキン人形のような彼女が『おっぱい』などと言うのも衝撃だったが、胸を顔に押し付けてきたのには流石に引いてしまった。

祐樹はクールで上品な天野涼子のイメージをこれ以上崩さないでほしかった。


「部長、いい加減にしてください」

「オお、君ハ怒ッタ顔も素敵ダナ」

「部長、お店の迷惑になるからやめてください」


「…なんデ君は私ヲ見てくレないんダ?」


突然、火が消えたように涼子のテンションが下がった。

飲む手が止まり、肩が震えているように見える。


「もう出よウ」

涼子は俄かに席を立ち会計をさっと済ませると速足で居酒屋を後にした。


------


帰りの駅へ向かう道は人もまだ多く行き交うのに静かに感じた。

涼子は徳利を四本も開けたとは到底思えないしっかりとした足取りで前を歩いているが、どこか上の空のようにも見える。


「…」

「…部長、そこ気を付けてくだ…あっ」


そう言った瞬間にはすでに、涼子のヒールの踵はグレーチングの隙間に捉えられ、尻もちをついていた。


「…」

「大丈夫ですか…ちょっと失礼します」

祐樹は涼子の足首を痛めないように慎重に救出する。


「…君は本当ニ優しいナ」

「放っておけるわけないでしょう」

「君とずっトこうしテいたイ」

「…もう大丈夫そうですね、行きましょう」

無事を確認し背を向けて駅の方へ歩き出そうとした、その時…


ドンッ…


突然、体に衝撃を感じた。


その直後、ふわっといい匂いのする何かが、体を包み込んだ。

背中に何か圧迫感を感じる。


「小鳥遊…」


女性の声が耳元で響いた。

そこで初めて涼子に後ろから抱きつかれているのだと理解した。


背中が熱い。そこから彼女の心臓の鼓動が伝わってくるのがわかった。

涼子は語るように話し始めた。


『初メて君と会っタトき、君かラ光ガ出テいルようニ見えたンだ。』


『その光ガなんトなク気になっテ、君を目デ追うよウになッた。』


『そノうち、君を見てイると胸が暖かクなるよウな感覚ヲ覚えるのニ気づイた。』


『ソれがどこカ心地ヨく感じて、続けテいたラ…』


『いツの間にか、ずっト君と一緒に居たクなっていタ…』


『君と一緒に居るト、胸がきゅウっとなっテ苦しくなルんだ…』


『エレベーターに乗るトきは、君が乗り込んでコないかトいつも期待しテた…』


『初めて二人きりになれた時は、嬉しクてどうにかなりそうだった…!』


『今日電車に乗って向かイ合っていたとき…ずっとこうしていたい、永遠に駅に着かなければいいのにと思った…!』


『でも、君に近付きたいのに、どうやって距離を縮めたらいいのか分かラなかった…』

 

『君にどんな表情をしたらいいのかもわからなくて…』


『気付いて欲しくて…食堂でいつも見える所に座ってた…』


食堂でのことを思い出す。

思えばいつも涼子は自分の正面に見える位置の席に座っていた。

あの時見た薄く微笑んだように見えた顔、いつも氷のように無表情の彼女がたまに目があったときだけはいつもあの表情をしていた。

あれは彼女の精一杯の笑顔だったのかもしれない。


「ミスを見つけた時、チャンスだと思った…

 

 二人で謝りに行って、その帰りに二人きりになれると思った…


 飲みに誘ったとき、君が断らないだろうか不安だった…』

 

 酒を飲めば気も大きくなって素直になれると思ってた…でも…ダメだな私は…君に 迷惑を掛けてしまった…」


「そんな…」

祐樹は胸がしめつけられた。

勇気を出して酒の席に誘ったこと、得意でない酒を飲み無理におどけていたこと。

いつもと違う彼女の様子、それが自分と近づきたいがためであったこと。

鈍感な自分が恨めしくなり自分を殴りたい気分になった。


「酔いが冷めそうだ、そろそろ言わないと」

涼子は深く息を吸い込む。


「祐樹…君の事が好きだ」


ぎゅっと力を込めて抱きしめられる。

肩を抱く涼子の腕が震えているのを感じる。


「パソコンに向かう真剣な横顔が好きだ。


 朝挨拶する明るい笑顔が好きだ。


 エレベーターで見るたまに寝ぐせのある後頭部が好きだ。


 電車で私を心配してくれていた顔は一生の宝物だ。


 好きで好きで好きで好きで、もう胸が苦しくて堪らないんだ…!」


涼子の張り裂けそうな思いの丈が、奔流となってぶつかってくる。


「…だから、迷惑でなければ…」


声のトーンが小さくなり、不安の色が混じる。


「私の事を…愛して欲しい…」


不器用で、真っ直ぐすぎる愛の告白。

そのいじらしさに祐樹の心臓は震えた。


「俺も…」

そこからは言葉が出なかった。

どんな男も即答する申し出。

しかし祐樹は不安だった。

この女性に自分などが釣り合うのか。この女性を自分は幸せにできるのか。

きっと彼女は一生をかけて一人の男を愛するだろう。

そんな女性の人生を自分は背負うことができるのだろうか。


「…」

それと同時に思いがよぎった。

もし自分がこれを断ってしまったらこの先この人はどう生きていくのだろう。

一生愛を知らず独りで生きていくのか、それとも別の男性を好きになりに同じようにアプローチするのだろうか。祐樹はそのどちらも想像したくなかった。


「祐樹…」


不安げな声が、祐樹に言葉を紡がせた。

「…俺も…好きです…涼子さん」

なんとか絞り出せた、蚊の鳴くような、町の喧騒に容易にかき消されそうな声。


しかし涼子にとってはそれで十分だった。

「ああっ…私っ…幸せ…っ!」

とろけそうなほどの歓喜に震える声。


締め付けていた腕がほどけ、代わりに唇に感じる柔らかい感触。

小鳥遊祐樹のそれに、天野涼子の唇は重ねられていた。


「祐樹…私…祐樹のものになりたい…」


その意味を理解して、祐樹は小さく頷いた。


------


五月のホテルは冷房の季節にはまだ早くすこし肌寒く感じた。

それでも肌に汗の玉が浮くほどに二人の情熱は滾った。


「んむっ、あむっ…」

舌を絡める深いキス。

お互いぎこちなかったそれは時間と共に徐々に息の合ったものになってきた。

祐樹をきつく抱きしめる涼子の巨乳はまるでパン生地のように胸板に押し付け捏ねられ形を変えていた。


「んむっ…ぷはっ」

口を離すと唾液が橋を掛ける。それが切れるのを二人はじっと観察する。


「…皺になるのはよくないな…」

ジャケットを脱ぐのも忘れていたほど二人はキスに夢中になっていた。

祐樹はジャケット、スラックス、それからネクタイを外す。


「祐樹…」

ワイシャツを脱いだところで涼子に名前を呼ばれ、手を止めた。


「…!」

視線を上げると下着姿になった涼子の姿が目に飛び込んできた。

薄暗い部屋で涼子の白い肌を上下揃いの黒い下着が際立たせていた。


まず目に付いたのは言わずとも胸である。

谷間部分がカットされたブラがただでさえ大きな胸をさらに寄せ上げ、カップの中に胸の脂肪をぎっちりと押し込んでいた。


腹直上部から服横の筋肉が鍛えられており、平野と豊かな山脈の間に魅力的な傾斜を作る。


腹筋は薄く割れており、その下部の領域をローライズのボトムスが小さくデルタを型取る。


臀部は女性らしく大きいが、大腿、脹脛の筋肉まで隈なく鍛え上げられて引き締まり上半身にボリュームがあるため全体的に逆三角形の印象を受ける。

しかし男性の力強いそれとは異なり全体として豹のようなしなやかな躍動感を与えるものとなっている。


「ごめん、私ごついだろ?」

申し訳ないように肘を抱く涼子、

その腕は三角筋や上腕二頭筋が軽く盛り上がってはいるものの、首筋や関節に至るまで、なおも女性的な曲線を失ってはいない。


「そんな…とっても素敵です…」

Tシャツにトランクス、靴下だけと言う情けない恰好の祐樹はそう答えるのがやっとだった。


「君のせいでずっと胸が苦しいんだ…ホック、外してくれるか?」

そう言われて背中に手を回そうとする祐樹を涼子が止めた。

「フロントホックだ」

涼子は胸を突き出してここだとアピールする。


祐樹はぎこちなく手を伸ばしそこに触れる。

祐樹はできるだけ胸自体に触れないように慎重に留め具を外した。


溜まった圧力が解放されカップがぶるんと跳ねる。

涼子は肩にかかっただけになったブラをめくり取った。


「…」

祐樹はごくりと息をのんだ。

筋肉の下地の上に築かれた脂肪の城はワイヤーの支持をを失ってもなお堅牢にその形を保持し、その先端にあるやや大きめの乳輪と小さく形のいい乳首の存在感も薄れるほどの勇壮さを醸し出していた。


「揉んでくれ」

「…はい」

祐樹は脳の血流が減りうわごとのように返事をするだけだった。

涼子は呆けている祐樹の手を取って自分の胸に押し当てた。


居酒屋で不可抗力的に触った時とは違う皮膚の感触。

掌でカップ全体を包み込むように軽く触れる。


「んっ…」

キスの吐息とはまた違った涼子の鼻に掛かった呻き声。


「んん…ふっ…」

両手で全体を摩擦するように撫でてみる。シルクの如くなめらかな柔肌が指に吸い付く。


「じれったいな…」

そう言われたので今度は少し強めに握ってみる。

乳首を掌で隠すように鷲掴みにする。

ムニュウっとなんとも言えない心地よい感触とともに祐樹の手から逃げ出そうとする乳肉。


「あはっ、んあっ…!」

息が上がってきた涼子。たまらないのか、立ったまま腰を上下に揺らしている。


「乳首も、乳首も触って…!」

それに応えて今度は人差し指の先端で乳首を擦る。

そのまま親指も使って両方の乳頭を摘まむようにして擦り合わせる。


「ああ…ハァッ…!」

涼子の声が切羽詰まったものになり、腰を激しくグラインドさせる。


「いいぞ…そのまま…!」

吐息の間隔が狭まり、腰の揺れがさらに激しくなる。


「ああ…あハァッ…!」

短く喘ぎ、一瞬びくんと体が跳ねた。


「はぁ…はぁ…気持ち良かったよ…祐樹」

涼子は痙攣と呼吸の乱れが収まると、熱っぽい表情で祐樹を見つめた。


「私がしてあげる…」

涼子は祐樹のトランクスをずり降ろすと既に固くなっているソレを舌で舐め始めた。


「痛かったらゴメンな、あむっ」

祐樹は自分の目が信じられなかった。

「あむっ、ぺろっ、んむっ…れろれろ…」

日ごろ冷静に無感情に部下に指示をだす天野涼子の口が、男性器を頬張っている。


時折歯が当たり鈍い痛みが走る、しかしそれすらいいアクセントに感じるほど涼子の舌使いは情熱的だった。

幹全体を包み込むように舐め上げたかと思うと、時折裏筋を舌の先端で細かくつつく。

その様と普段のクールビューティとのギャップに否が応にも興奮を煽られる。


「んちゅぱっ、れろれろれろれろ」

「涼子さん、イキそう…」

「…ちゅぱっ…待て」

涼子がペニスから口を離すと亀頭と舌の間に官能的な唾液の糸が伸びた。


「私の中で出してほしい…」

「でも…」

「心配ない、大丈夫な日だ、君が望むならアフターピルも持ってる」

こういう場では男がリードするべきであるのに、祐樹は受け身になる事しかできない。


着ているものを全て剥ぎ取り二人はベッドの上で折り重なった。


「祐樹、私、初めてなんだ…」

「…!」

先ほどのフェラのぎこちなさからうすうす感じてはいたものの、これほどの美人が手つかずなことに祐樹は驚きを隠せなかった。


「引くよな…29でバージンだなんて…」

「…俺も、初めてですから…」

「祐樹も…嬉しい…」

涼子の声が幸せそうにとろけた。

それは祐樹も同じ気持ちだった。

自分が初めて体を重ねるのが彼女なだけではなく、彼女が初めて体を重ねるのも自分、祐樹はその両方が嬉しかった。


「入れます…」

「来て…」

祐樹はペニスの先端を彼女の秘部に押し当て…


ずぷっ…


「あぐっ…」

亀頭の侵入に苦しそうにうめき声を上げる涼子。少し痛みがあるようだ。


「大丈夫ですか…?」

「平気だ、全部入れて、お願い…っ!」

『お願い』と彼女に懇願されて祐樹は止めるわけにはいかなかった。


そのままゆっくりと腰を進めていき、己の全てを彼女に埋め込んだ。

「んんん…はぁっ…」

凄まじい締め付けの膣内に息まで苦しくなる。

腰を引くと中の壁が吸い付くように縋ってきて射精を煽る。


何度か短く出し入れを繰り返すと涼子の痛みの表情が和らぎ、それに代わって快感の色が浮かんできた。

「はぁ…はァッ…!」

ハスキーでよく通るアルトの声は、普段のものより僅かに高い。

鼻に掛かった声のボリュームが上がるのに合わせて祐樹は腰の動きを速めた。


「ハァっ、はァッ…あアっ!」

痛みが去り、快楽が涼子の体を支配する。

「涼子さん…俺、もう…」

「いいよ、中に出して…全部祐樹で満たして…!」


その言葉に、祐樹はこれ以上ないほど腰の動きを速めた。

涼子の狭い膣内が火傷しそうなほど祐樹のペニスを摩擦する。

呼吸の間隔が短くなり、息が荒くなる。


「ああ…あアッ!あハァッ!!祐樹っ、祐樹っ、祐樹ぃいい!!」

背中が痛くなるほど強く抱きしめられる。

ペニスを食いちぎりそうなほどの締め付けに、祐樹も我慢の限界を迎えた。


「あァッ!祐樹っ!ゆうきぃっっっっ!!!!」

「…涼子さん…っ!」

溶けあって一つになってしまいそうなほどに強く抱き合い、二人は同時に頂点に達する。


体内に感じる愛の証。触れた部分から全身にその熱さが染み込んでいく。

「ああッ!ああァッ!!!あァァッッッ!!!」

身体に幸福を直接注ぎ込まれたかのような快感に涼子の全身は打ち震えていた。


「ハァ…ハァ…」

繋がったまま見つめあい、口づけを交わす。

幸福感だけが、二人を包んでいた。


------


「…私は、自分が人を愛せないんじゃないかと思っていたんだ」

息を整えまどろんでいた祐樹に、涼子が静かに語り始めた。


「…高校の時、同じクラスの男子に『俺と付き合ってください』と言われた。

 

 私はそれに『いいよ』と答えた。

 

 彼の事は名前しか知らなかったけど、付き合ってるうちに好きになるかもしれないと考えたから。


 一緒に映画を見たり、食事をしたり、手をつないだりもした。


 ある日『お前は心がない、ロボットだ』と言われて別れた。

 

 その後も何人かに告白されて付き合ったけど、全員キスもしないうちに離れていった。別れの文句は皆同じだったよ」

「涼子さん…」


「君を好きだと気付いた時、初めて体に血が通ったような気分だった…君とオフィスで仕事をしている時間が幸せだと感じた…恥ずかしい話だな、人を愛せない冷血女が、この年になって初めて誰かを好きになった…機械のようだった私を君が人間にしてくれたんだ」


言い終わると、涼子の表情が曇った。

「すまない、こんな女の責任を君に負わせてしまった」

「責任だなんて…部長が俺なんかに…」

「私は祐樹がいいんだ、祐樹じゃなきゃダメなんだ」

真っ直ぐな瞳で見つめられる。しかしまた表情に影が差す。


「だから怖かったんだ、もし君に拒絶されたらと思うと…

 こんなに誰かを好きになるなんてもう一生ないと思ったから…」

握った手から震えが伝わってくる。


「…この気持ちは心にしまっておこう、このままずっと上司と部下のまま君の傍に居られればいいと思ってた、だけど…私もらしくないミスをしたものだな」

そう言った涼子は見たこともないほど優しく温かい微笑みを浮かべていた。


祐樹と涼子、二人だけの時間が流れている。

薄暗いホテルの部屋、脱ぎ捨てられたスーツ、つないだ手と手。

街を走る車の音が時折、遠く響くのが聞こえた。


ベッドに横たわったまま、涼子の透き通るブラウンの瞳がいつまでも輝いていた。

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