4 癖

「どうだ、例のはあったか?」


「はい、ありました!ADD社の製品カタログと、教授のPCには、ADD社からの購入履歴も残ってます!」


 鼻息を荒くして、さらに榊巡査からの報告が続く。


「しかし驚きましたよ!教授は大学にある、開発中のスーパーコンピュータを使って、恐らくADD社のプログラムデータに不正に改良を加えていたようですよ」


「俺はそうだろうと思っていたよ。直ぐに鑑識に大学のスーパーコンピュータの解析をさせるんだ。俺はADD社に通報する」


「やっぱり!・・・これで僕も分かりましたよ。盾ノ内さんの目の前に居るのは、ADD社のアンドロイドですね!?」


「あぁ、そうだ。こいつは恐ろしい代物だぞ。マシーンなのに人間を心底愛して、且つ、その人間の命令で、その人を殺しやがった。それにしっかりとした自我も持ち始めている。つまりこちら側と平然と問答をこなしている。考えられない機能を備えているぞ」


「本来ならばそれはあり得ませんよね。アンドロイドは命令には忠実ですが、殺人や暴行などの行為は行わないように、その手の指示にはエラーが働くようにプログラムされてますからね。それに、性的な、いかがわしい指示や行動を起こさせる命令や、アンドロイドに危害を加えようとした場合は、ADD社に自動通報されますから・・・もしかしたら、そんなシステムも解除していたのかも知れませんね」


「だろうな・・・。よし、とりあえず現場は任せたぞ。俺はADD社に連絡して、このアンドロイドを停止してもらう」



 明応大学の理工学部に勤務している神原栄教授を殺害したと訴えて来たのは、アンドロイド、いわゆる人造人間であった。


 盾ノ内刑事らが生きているこの時代は、世界人口よりもアンドロイドの方が数が多くなっている時代に入っているのだ。


 このアンドロイドを製造している大手企業のひとつが、ADDカンパニーである。


 ADD社が製造しているアンドロイドは、生活支援型のアンドロイドなので、人間の身辺補助がメインになる。


 主に男性型と女性型があるが、性能に差は無い。


 もちろん必要用途によってニーズは様々で、肌などの質感は人間と遜色なく、平均的な体型に作られている。


 指示命令系統は、プログラムされた人物以外は反応はしない。なので盾ノ内刑事はADD社へ連絡をして、遠隔操作でこのアンドロイドの機能を緊急停止させた。


 これ以外のアンドロイドの細かな性能、タイプに関しては、この物語とはあまり関連がないので割愛させて頂く。



 ADD社が、この女性型アンドロイドを回収しに警視庁へ来たのは、昼を過ぎた頃だった。


 恐らく、神原教授は理工学の研究において、このアンドロイドの知能を司るコンピュータに、大学にある研究用のスーパーコンピュータを駆使し、違法と知りつつプログラムを不正に改良を加えた疑いがあると、当初から盾ノ内刑事は睨んでいた。


 だが、人間が機械的な「物」を愛するという、いわゆる変態的な「癖へき」は古今起こり得てはいるが、逆に機械の方が人間を愛するという、それも、よりによって心底愛してしまい、殺害せしめてしまうという現象は、決して起こり得ないはずだった。



 神原教授が行った違法改良は、実験的になのか、自慰的のためなのか、その両方なのか、はたまた、それ以外なのかは分からない。


 ただひとつ言えるのが、その改良によってアンドロイドに「自我」が生まれたことが、重大な危険因子であった。


 危険因子が、それが今回たまたま「愛情」のほうにスイッチしたのだが、もしも「狂気」や「暴走」のほうに切り替わった場合を考えると、それは人間社会にとって、とてつもなく大きな脅威になってしまうだろう。


 なにせ、先ほども説明したが、今の時代は、世界人口よりもアンドロイドの方が、圧倒的に数が多くなっている時代なのだ。





 神原教授の違法改良について、盾ノ内警部にして、いくつか思い当たる節はあったが、いかんせん神原教授の人格までは、今の時点では知るよしも無く、残された家族の気持ちをおもんぱかると、警部は同情の念を禁じ得なかった。


 しかし、数多くの事件を見てきた警部なので、おおよその予想は立てられるが、どうせ人間がやることである。


 自らの「欲」がそうさせたのだろう。所詮、人間というものは、いつの時代になっても根幹は変わらない。


 それは盾ノ内も、よく分かっていた。





 ようやく一旦の帰宅にありつけた盾ノ内は、通勤途中にある、自宅近くの小さな公園にさしかかっていた。


 傍らの古木に、ヒグラシがカナカナカナとお腹を鳴らして、そろそろの日没を告げている。


 公園には夏休み中の子供たちが、日没を未練がましく遊んでいた。そこへ「ご飯が出来ましたので、帰りましょう」と、エプロン姿のアンドロイドがやって来た。


 子供はアンドロイドと手をつないで、オレンジ色の中の住宅地へ入って行った。





「ただいま」


「お帰りなさい。お仕事お疲れさまでした。ご飯にしますか?お風呂にされますか?」


「また直ぐに戻らないといけないから、風呂に入って着替えて直ぐに出るよ」


「かしこまりました」


 そう、盾ノ内 壮一(独身)五十七歳も、ADD社のアンドロイドオーナーのひとりなのだった。


 しつこいようだが、今の時代では各家庭にアンドロイドが一機あっても珍しいことではない。


 盾ノ内はアンドロイドのことを「エイミ」と呼ぶが、これはこの女性型アンドロイドの呼び名(十七年前に別れた女房の名前)である。


「はい、どうかいたしましたか?」


「君は、俺のことを・・・」


「はい?・・・」


「いや、なんでもない。風呂に入ってくる。あぁ、今よりもう少しエアコンを効かせておいてくれ、暑くてかなわん」


「はい、かしこまりました」





 数日ぶりのシャワーを浴びて、彼はガシガシと頭を洗っていた。


 すると背後からエイミが声をかけてきた。


「お着替えは、こちらにご用意してありますので」


「ありがとう!・・・あ、そうだ。エイミ?」


「はい、どうかいたしましたか?」


「君は、俺と一緒に暮らしていて幸せかい?」


 するとエイミは即答した。


「申し訳ございません。おっしゃっている意味が分かりません」とだけ言って、脱衣所を離れて行ってしまった。





 しばらく手が止まってしまった盾ノ内だったが、またシャンプー洗いを再開した。


 そして、こう思った。


「いやいや、やはりこれが普通なのだよ。アンドロイドなんて、そもそもこんなものだ」と。



 しかし彼は、今なら少しだけ神原教授の気持ちも分からなくないと、教授がアンドロイドの深みにはまった人間味にだけは共感していたのだった。





 2222 ~The world 200 years from now~ 今から二百年後のお話


 ※2022年制作





 終わり

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2222 紀 聡似 @soui-kino

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